ギルドメンバーカード
城づくりはベルギーヨたちに任せ、魔王クリムは再び王都に来ていた。
今日の目的は勇者暗殺ではない。勇者を倒す、そのための布石である。
「クリムちゃん、来てくれたのね」
ギルド「スイートパルフェ」のエントランス、受け付けの机の奥からナコが両手を差し出して握手を求めてきた。
「嬉しいわ。さっそく手続きしましょう」
今日はギルドメンバーになるための手続きをしに来たのだ。
依頼掲示板や協議台がある大ホールへ行って、円卓についた二人は、書類を書き進めていった。
が、書けない箇所にぶち当たった。
「あ」
クリムはシュクルー王国の国民ではないから、戸籍も個人登録番号も持っていないのだ。
「番号、忘れちゃった?」
「実は持ってなくて」
「もしかしてクリムちゃんって不法入国者?」
クリムは何も言えない。
「何か事情があるのね。そういうことなら戸籍と個人登録番号の欄は記入しなくていいわ」
「え?」
「あなたが悪い人じゃないってことは、ちょっと話しただけでも分かるから」
魔王なんですけど。
「ほんとは書類なんていいのよ。緊急の連絡を取るときのために書いてもらってるだけ」
「でもこういうのって国の労働管理局とかに提出しなくちゃいけないものもあるんじゃ」
「あー、大丈夫大丈夫。ウチのギルドって国の下についてないの。独立国家みたいなものよ。無法地帯。なんていったってウチの勇者は、王族だろうが何だろうがおかまいなしに敵に回すから」
ナコの水色の瞳は透明度の高い湖のように澄んだままだ。
クリムは疑問だった。王族がそんな独立国家みたいな組織の存在を許すのだろうかと。だから訊いてみた。
「最初はね、解散しろってうるさかったわ。でも解散命令のたびにアンが王族のお城を壊して回ったり、私もちょっとだけ、ちょっとだけよ、その、魔法で、ね、威嚇みたいなことをしたら、解散命令は出なくなったわ」
どうやらこのギルド全体の戦力は、国のそれをはるかに上回るようだ。圧倒的武力があれば、国の言うことを聞かなくてすむというのは道理だろう。
「これで面倒な書類はおしまいね」
ナコが書類を机についてトントンとし、きれいにそろえた。
「じゃあ、ギルドメンバーカードを発行してくるから、少し待っててね」
ナコが席を立ちかけたそのとき、クリムはどうしても引っかかっていることを尋ねた。
「あの、どうして私をギルドへ誘ってくれたんですか?」
「いけない?」
「そんなことないですけど、どうしても分からなくて。ここのギルドはメンバーが少なくて困っている感じもしませんし」
今もたくさんの冒険者が机を囲んで会議している。
「私を登用するメリットなんてあるのかなって」
「メリットって言葉は使いたくないんだけど、そうね、私ね、アンのお姉さんと友達でね、あの子のこと、頼まれたから。だから、かな」
「えっと、すみません、よく意味が」
「アンにはあなたみたいな子が必要なの。よかったら、友達になってあげて」
クリムは今一つピンとこなかったが、うなずいておいた。
カードを待っている間、人の出入りは激しく、クリムは色々な人から声をかけられた。ウチのパーティーに入らないかという誘いもあったが、断った。魔王であることがばれた時、迷惑をかけることになりそうだから。
勇者アンを殺したら、ここのギルドに用はない。そんなことを思うと、自分もたいがいの人でなしだななどと思うのだった。
「あなた、なんでここにいるのよ」
クリムと冒険者たちの輪の中に入って来たのは、燃えるような赤髪をストレートに垂らした、勇者アンだった。今日も腰には聖剣を携えている。
「クリムちゃん、ウチのギルドに入ってくれるんだって」と青年冒険者が言った。
「あなたに聞いてないわ」
「おっかないなあ」
アン以外の冒険者たちは、申し訳なさそうに笑いながら、その場を離れていった。
「で、なんでここに?」
「ギルドのメンバー登録をしに」
「そう。やっぱりあなた、私のストーカーなのね。職場まで同じにするなんて、常軌を逸しているとしか言いようがないわね」
「私、ストーカーじゃないもん」
「じゃあなんなのよ」
「それは」
魔王だよなんて言えない。
「あ、アン、来てたのね。クリムちゃん、カードができたわ」
ナコからギルドメンバーカードを受け取る。カードにはクリムの顔写真と名前などの基本情報、それから、大きくSと書かれていた。
「はあ? この子がS?」
素っ頓狂な声を上げたのは、アンである。
「だって竜の炎を消したのよ」
「別に、そんなのすごくもなんともないと思うわ。単なる無効化魔法でしょ」
「何言ってるの。いい? 無効化魔法で消せるのは魔法だけよ。つまり、魔法以外のものを消すことはできない。竜の炎は、竜の灼熱の胃袋から吐き出される自然物なのよ。それを消したと言うことは、クリムちゃんが使った魔法はただの無効化魔法じゃない。私の予想だとあれは、この世のあらゆるものを無にする禁断の魔法、む――」
「わー」
クリムは大声をあげた。
「ナコさん、あんまり暴露しないでください」
「あ、ごめんなさい」
っていうか、この人、魔法の深淵に精通しすぎではないだろうか。そもそも無化魔法の存在を知る者すら、世界では珍しいというのに。ギルドの受付嬢とは思えないほどの知識と考察だったと、クリムは恐れおののいた。
「じゃあクリムちゃん。手始めに依頼を一つやってみましょう。アン。クリムちゃん、初めてだから、色々と教えてあげて。最初の依頼が終わるまでは付き添うこと。いいわね?」
「なんで私がっ」
「いいわね?」
ナコが笑顔を作った。すると、あろうことかあのアンが言葉に詰まった。
「返事は? アン」
「わ、分かったわ」
どういうわけか、アンはナコに対しては強く出れないようだ。




