吹っ飛ばされた魔王
シオとクリムが全部のシュークリームを詰め終わると、
「馬車まで運んでちょうだい」
「その必要はないわ」
アンの言葉に、王女が目をむいた。
「勇者アン。どうしてその必要がないなどと、王族でもないあなたが言うの?」
「だってこれは」
そこで言葉を切ると、アンはショーケースの方へ歩み寄り、並べられた紙袋を無作為に一つ選び取って、中からシュークリームを取りだすと、豪快にほおばった。
「何をしてるのっ、あなた。それは私の――」
「私のものよ。全部ね」
不遜にもそう言い切るアンに、王女は頬を痙攣させる。
「王族の所有物を盗んだあなたに未来はないわよ」
「未来なんてなくてけっこう。私、現在進行形しか信じてないの」
「そう。でも残念ね。あなたという存在はすぐ過去形になるわ」
王女は胸元から笛を取り出した。ただの笛じゃない、魔力が込められている。
笛を吹くと、店の床に魔法陣が描き出された。
「さあ、出てきなさい。私のかわいいマリアンヌ」
魔法陣からまず現れたのは、いかつい竜の頭だった。
まずい。
ドラゴンなんて出てきたら、店が壊れる。クリムはすぐ魔法陣に手を触れ、召喚魔法を打ち消した。
「あ、ありがとう、クリム。助かったんだなあ」
そう言ったシオは腰をぬかして床にお尻をついていた。これ以上、あの老人の寿命を削るのは避けたい。
「どうしてよ、どうして、出て来ないの」
王女は笛を吹きまくっているし、アンはこの隙にとシュークリームを食べまくっている。
「マリアンヌさえ召喚できれば、私の勝ちなのに」
「はあ? 私、竜なんかに負けないわ」
「嘘よ。マリアンヌには血統書がついているのよ。人間が血統書付きのドラゴンに勝てるわけないわ。あと私のシュークリーム食べないでくださらない?」
アンは手を止めない。
「王族の所有物を盗むなんて死刑よ。判例でそうなっているわ」
指先についたクリームをなめとり、次々とシュークリームを手に取っていくアン。
「ねえ、聞いてますの? ねえってば」
なおも無視してシュークリームのおいしさに頬をゆるめているアン。王女はキレて店を出て行ってしまった。
嵐は過ぎ去った。
クリムはもはやこの店の店員になったような錯覚に陥っていた。
「お嬢ちゃんもお食べ」
シオが執事の回復をしている女の子にシュークリームをわたす。
「でも、この人、鼻血」
シオが店の奥から薬箱を持ってきて、執事の鼻血を拭ったり、殴られた顔に回復の薬をぬったりする。クリムも手伝う。
「ふう」
二人が一息ついたところで、通りの方からトランペットのファンファーレが鳴り響いた。
なにごとかと出てみると、通りを埋め尽くすほどの甲冑の兵士たち。空にはドラゴンが舞っており、その背にはやはり兵士たちがいる。
ファンファーレが終わると、通りの兵士たちは休めのポーズを取り、ひときわ大きな兜を来た兵士長が前に出てきた。
「シュクルー王国第二王女殿下ラステカ様の命により、我等、王都魔法軍が勇者アンを大罪人として捕えに参上した。おとなしくついて来るなら、手荒な真似はしな――」
無論、アンは兵士長を殴り飛ばしていた。
「店の中へ」
クリムはシオと少女を店内へ押し込み、自分は外に残った。
地上にいる全兵士がアンへとなだれ込む。が、そのすべてをまるで紙屑同然に吹き飛ばすほど、魔法で強化されたアンの身体能力は絶大だった。
蹂躙されていく兵士たち。
強すぎる。
相手になっていない。
アンの優勢のまま、戦いは終わるかと思っていたクリムだが、瞬間、アンの体を鎧のようにおおっていた魔力が消えるのを感じた。
まさかガス欠?
「このっ」
アンが何かを踏んづけている。それは、まず最初にアンに殴られ、吹っ飛ばされた兵士長だった。戻ってきたのだ。地を這うようにして。その手はアンの足首をしかとつかんでいた。
「離れなさいっ」
アンはかなり焦っている。それもそのはず、今のアンは強化魔法を使えていない。
兵士長の魔法は無効化魔法だった。
強化魔法さえ封じれば、アンなどただの人である。
勝負はついた。
空からドラゴンが大きく息を吸う音が聞こえた。
「まさか」
アンに向かってブレスをするつもり?
そんなことをしたら、このお菓子通りまで焼失してしまう。兵隊だってただではすまないはず。いや、防火魔法をほどこした鎧を着ているのか?
とにかく時間がない。
クリムは動いた。
「アンッ」
宿敵である勇者とアイコンタクトを交わしたクリムは、アンの足首をつかんで離さない兵隊長に触れ、彼の無効化魔法を無化魔法で打ち消した。即座にアンが強化魔法で兵隊長を殴打した。
竜が口を開けようとしている。牙と牙の隙間からちらちらと紫色の炎が見える。
「飛ばしてっ」
言いながらアンの方を振り返ったクリムは、腹に強烈な一撃をもらった。アンの拳はクリムを一直線に空へとかっ飛ばした。
竜が轟く。その口を裂けんばかりに開き、すべてを焼き払う紫炎を、地上へ向かって放射した。
が、その火焔の光線は空のある一点でふっと途切れ、消え去った。その一点にはクリムがいた。無化魔法で竜の炎を消したのである。
魔王クリムは、お腹の痛みに身をよじり、顔を歪めながら、落下を始める。
まぶたを閉じる。
こんなところで死ぬなんて、思ってもみなかった。
死を覚悟したクリムは、走馬燈を見ようとしたが、見れなかった。
死は、訪れなかった。
代わりに誰かに受け止められた。
目を開けようとしたが、まぶたが持ち上がらない。全身が痛い。
「どうしてそんなにまでして、自分以外の人のために戦うの? バカじゃないの。理解できないわ。ほんとバカ」
その声を最後にクリムの意識は途切れた。




