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超絶やさしい魔王とクズの極み勇者  作者: 仙葉康大
第一章 魔王と勇者
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吹っ飛ばされた魔王

 シオとクリムが全部のシュークリームを詰め終わると、


「馬車まで運んでちょうだい」

「その必要はないわ」


 アンの言葉に、王女が目をむいた。


「勇者アン。どうしてその必要がないなどと、王族でもないあなたが言うの?」

「だってこれは」


 そこで言葉を切ると、アンはショーケースの方へ歩み寄り、並べられた紙袋を無作為に一つ選び取って、中からシュークリームを取りだすと、豪快にほおばった。


「何をしてるのっ、あなた。それは私の――」

「私のものよ。全部ね」


 不遜(ふそん)にもそう言い切るアンに、王女は頬を痙攣(けいれん)させる。


「王族の所有物を盗んだあなたに未来はないわよ」

「未来なんてなくてけっこう。私、現在進行形しか信じてないの」

「そう。でも残念ね。あなたという存在はすぐ過去形になるわ」


 王女は胸元から笛を取り出した。ただの笛じゃない、魔力が込められている。

 笛を吹くと、店の床に魔法陣が描き出された。


「さあ、出てきなさい。私のかわいいマリアンヌ」


 魔法陣からまず現れたのは、いかつい竜の頭だった。

 まずい。

 ドラゴンなんて出てきたら、店が壊れる。クリムはすぐ魔法陣に手を触れ、召喚魔法を打ち消した。


「あ、ありがとう、クリム。助かったんだなあ」


 そう言ったシオは腰をぬかして床にお尻をついていた。これ以上、あの老人の寿命を削るのは避けたい。


「どうしてよ、どうして、出て来ないの」


 王女は笛を吹きまくっているし、アンはこの隙にとシュークリームを食べまくっている。


「マリアンヌさえ召喚できれば、私の勝ちなのに」

「はあ? 私、竜なんかに負けないわ」

「嘘よ。マリアンヌには血統書がついているのよ。人間が血統書付きのドラゴンに勝てるわけないわ。あと私のシュークリーム食べないでくださらない?」


 アンは手を止めない。


「王族の所有物を盗むなんて死刑よ。判例でそうなっているわ」


 指先についたクリームをなめとり、次々とシュークリームを手に取っていくアン。


「ねえ、聞いてますの? ねえってば」


 なおも無視してシュークリームのおいしさに頬をゆるめているアン。王女はキレて店を出て行ってしまった。


 嵐は過ぎ去った。

 クリムはもはやこの店の店員になったような錯覚に陥っていた。


「お嬢ちゃんもお食べ」


 シオが執事の回復をしている女の子にシュークリームをわたす。


「でも、この人、鼻血」


 シオが店の奥から薬箱を持ってきて、執事の鼻血を拭ったり、殴られた顔に回復の薬をぬったりする。クリムも手伝う。


「ふう」


 二人が一息ついたところで、通りの方からトランペットのファンファーレが鳴り響いた。


 なにごとかと出てみると、通りを埋め尽くすほどの甲冑(かっちゅう)の兵士たち。空にはドラゴンが舞っており、その背にはやはり兵士たちがいる。


 ファンファーレが終わると、通りの兵士たちは休めのポーズを取り、ひときわ大きな兜を来た兵士長が前に出てきた。


「シュクルー王国第二王女殿下ラステカ様の命により、我等、王都魔法軍が勇者アンを大罪人として捕えに参上した。おとなしくついて来るなら、手荒な真似はしな――」


 無論、アンは兵士長を殴り飛ばしていた。


「店の中へ」


 クリムはシオと少女を店内へ押し込み、自分は外に残った。


 地上にいる全兵士がアンへとなだれ込む。が、そのすべてをまるで紙屑同然に吹き飛ばすほど、魔法で強化されたアンの身体能力は絶大だった。


 蹂躙(じゅうりん)されていく兵士たち。

 強すぎる。

 相手になっていない。


 アンの優勢のまま、戦いは終わるかと思っていたクリムだが、瞬間、アンの体を鎧のようにおおっていた魔力が消えるのを感じた。


 まさかガス欠?


「このっ」


 アンが何かを踏んづけている。それは、まず最初にアンに殴られ、吹っ飛ばされた兵士長だった。戻ってきたのだ。地を這うようにして。その手はアンの足首をしかとつかんでいた。


「離れなさいっ」


 アンはかなり焦っている。それもそのはず、今のアンは強化魔法を使えていない。

 兵士長の魔法は無効化魔法だった。

 強化魔法さえ封じれば、アンなどただの人である。

 勝負はついた。

 空からドラゴンが大きく息を吸う音が聞こえた。


「まさか」


 アンに向かってブレスをするつもり?


 そんなことをしたら、このお菓子通りまで焼失してしまう。兵隊だってただではすまないはず。いや、防火魔法をほどこした鎧を着ているのか?


 とにかく時間がない。

 クリムは動いた。


「アンッ」


 宿敵である勇者とアイコンタクトを交わしたクリムは、アンの足首をつかんで離さない兵隊長に触れ、彼の無効化魔法を無化魔法で打ち消した。即座にアンが強化魔法で兵隊長を殴打した。


 竜が口を開けようとしている。牙と牙の隙間からちらちらと紫色の炎が見える。


「飛ばしてっ」


 言いながらアンの方を振り返ったクリムは、腹に強烈な一撃をもらった。アンの拳はクリムを一直線に空へとかっ飛ばした。


 竜が(とどろ)く。その口を裂けんばかりに開き、すべてを焼き払う紫炎を、地上へ向かって放射した。


 が、その火焔の光線は空のある一点でふっと途切れ、消え去った。その一点にはクリムがいた。無化魔法で竜の炎を消したのである。


 魔王クリムは、お腹の痛みに身をよじり、顔を歪めながら、落下を始める。

 まぶたを閉じる。

 こんなところで死ぬなんて、思ってもみなかった。

 死を覚悟したクリムは、走馬燈を見ようとしたが、見れなかった。


 死は、訪れなかった。

 代わりに誰かに受け止められた。

 目を開けようとしたが、まぶたが持ち上がらない。全身が痛い。


「どうしてそんなにまでして、自分以外の人のために戦うの? バカじゃないの。理解できないわ。ほんとバカ」


 その声を最後にクリムの意識は途切れた。


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