乾杯
また一つ、街が滅んだ。
空へと伸びあがる業火を背景に、木製のジョッキをぶつけ合う魔王たち。人間の血とか涙を、のどを鳴らしつつ一気に飲むと、誰かが誰かを殴り、歓声があがった。
そんな野蛮な光景が繰り広げられている廃墟、その片隅に、女の子がいた。宇宙よりも深い黒髪、雨に濡れた紫陽花のような双眸、フリルのひだの中まで漆黒の洋服。この少女、名をクリムという。
お酒はまだ飲めない。
騒ぎたいような気分でもない。
街を侵略したあとは後味の悪さに、心が、月の裏側のように荒み切っている。
「どうした? 顔色が優れないようだが」
クリムの肩に手を置いたその人こそ、すべての魔王を統べる者、魔帝ススパイだった。といっても、見た目はただの骸骨である。服は着ていない。ススパイはその体に肉がついていた頃から全裸であることを好んでいた。
部下の顔色をうかがう魔帝がおかしくてクリムは微笑する。
「お気遣いありがとうございます、魔帝様」
「クリムよ。お前はもういくつになった?」
「恥ずかしながら、十五年も生きてしまいました」
「ちょうどいい頃合いだな。クリム、お前にはシュクルー王国の都シュガデルフィアを落してもらいたい」
クリムは目をみはった。
シュガデルフィアといえば、千年以上、魔王の侵攻を退け続けた不落の都ではないか。
「新米の自分には荷が重すぎます」
「何もお前ひとりに任せようと言うのではない。すでに三人の魔王がシュガデルフィア攻略に乗り出している。だから手を貸してほしいのだ」
逡巡したが、他にも仲間がいるなら、何とかなりそうだ。
クリムは胸に手を当て、
「分かりました。魔王クリム、微力ながら全力をもって王都の陥落に尽力いたします」
「おおやってくれるか。これで安心だ」
ススパイは手を打ち鳴らし、部下のアンデットに空のグラスを持ってこさせた。
「乾杯しよう」
クリムとススパイは空のグラスをかかげ、打ち鳴らした。するとグラスの中にどこからともなくトマトジュースが湧き出てきた。
これこそ魔帝ススパイの魔法だ。
どんな物質でもあらゆる場所に出現させることができる魔法。
無から有を創り出すその魔法は、創造魔法といった。
誰かに何かを与える魔法。
素晴らしい魔法だ。
だからこそクリムは、自身の魔法を恥じるのだった。