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灯火  作者: ねろ
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火上忍・『一幕』

目の前にいるのは«化物»だった。

曰く、例の«名もなき組織»による調査対象には、大きく三段階に分類されるらしい。


一つ目が«怨霊»。

今回の本筋である──«沈黙室»を何らかの方法で利用した、殺人犯こと最藤 涼も、ここに相当する。

自殺者の未練や悲しみ、怨恨などの思い────どこにもやり場のない情念が顕現して、この世界に何らかの影響を及ぼすものだ。

しかし名前からも分かる通り、その影響は総じて悪であることがほとんどである。

分かりやすい例を挙げるなら、今回──というより、この一連の事件において、最藤が殺した人間は『家族』と『数名の生徒』だった。

その動機は言わずとも明らかだろう。


二つ目に«化物»。

ランクとしては«怨霊»より上だ。

先述した人間のどす黒い魂が集まり、世に存在する万物──例えば植物や動物、はたまた無機物などに憑くことで暴走する怪物。

つまり«怨霊»との最大の差異は、質量を有していることだ。

異形とはいえ、しかし確かにこの世に存在する『もの』。

知性を有する個体は極めて希少で、意思の疎通は困難とされる。

もし奴らが人間と遭遇した場合、その顛末は大抵『死』に帰結する。

人間が喰われるか。

あるいは──────能力を持つ人間に殺されるか。


そして三つ目、«地獄»。

全ての元凶。


«等活»。

«黒縄»。

«衆合»。

«阿鼻»。

«叫喚»。

«大叫喚»。

«焦熱»。

«大焦熱»。


────これらを総括して八大地獄などと呼ばれたりするのだが、とにかく«怨霊»よりも«化物»よりも上位の存在で、腐敗し、穢れ、薄汚く澱んだ現代の人の命を跡形もなく抹消するためにこの世に訪れた鬼神。

人間に対抗するために人間の姿をしており、各々の能力、個性がある。

仮に彼ら八人のうち、誰か一人とでも遭遇した場合。

これは«化物»と異なり、二つなどとそんなに『多い』選択肢は有り得ない。

行き着く結末は一つ。

間違いなく我々人類が死ぬ。




そしてたった今、火上忍の眼前で暴虐の限りを尽くしている化物──«影千切(かげちぎ)り»は、名の通り人の影を喰らうといったものだった。


「この畜生がァァァァッ!!」

その小さな体躯からは想像もつかぬほどに咆哮した悪逆は軽く跳び、«影千切り»の上に跨った──────が。


「!?」

彼は狼狽した。

振り下ろした短刀«篝火»が、化物の巨大な体に刺さることはなかったからだ。


「というより────」


「沈んで、消滅している……っ!」

まるで足を踏み入れた泥濘のように、その刃先から体内へ取り込まれて食われていった。


「な……なんでっ!?果実の武器は«妖殺(あやかしごろ)し»でしょう!?」

不明里も困惑しきった様子で叫ぶ。その顔は蒼白だったし、彼女は先程の攻撃によって腕を負傷しているようだった。

彼女の白い肌を、幾多もの生傷と鮮血が這っている。


「わからねえよ、クソッ……多分こいつが元々、直接エサを体内へ取り込むっつー生態だからだろ!」

悪逆は言って、«影千切り»から飛び降りた。このままだと彼も食われかねない──かといって距離をとり続けていても危険は増大し続ける。

接近もできないのだから、火上自身も«蝋燭»を使うのは避けたかった。彼の身体を炎と化す能力は、接触して初めて意味を成す。


「うざってえ……«彼岸花(ヒガンバナ)»!」

悪逆は舌打ちをして、妖刀«篝火»を掌へ戻す──代わりに小さな黒い筒のようなものを取り出した。


「下がれ、お前ら……そして喰らえド畜生ッ!!」

またもそう叫ぶと、悪逆は口元へその筒を寄せ、思い切り吹いた。

まるで風船を膨らませるかの如く、呼吸の続く限り。

そして次の瞬間には、何やら小さな黒紫色が、そんな不吉な色をした種が飛び出した。


「伏せろッ────────!」

彼の短い声は、瞬時に巻き起こった激しい火花のような閃光と、灰色の深い煙幕と、そしてその中部から巻き起こった爆発によってかき消された。

それは所謂『超爆弾』だった。


「…………………………。」


「……………………………………………。」


「…………………………………………無事かよ、お前ら。」

爆音は数秒で止み、濃い煙が立ち込める。しかしその問いかけに答える者は誰もおらず、代わりにある声が耳に入った。



「あ────────」


「あ──あ────────」

訥々とした、途切れ途切れの静かな呻き。


「…………………………………っ!!」

その煩雑な視界の先をいち早く見据えたのは不明里だった。

«蝋燭»が──少年・火上忍が、«影千切り»に拘束されていた。

そしてホーム天井の蛍光灯に照らされて伸びた自身の影を、ゆっくりと足先から食われている。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

火上は叫ぶ。

苦痛のあまりに目を強く瞑り、身体を捩らせていた。

彼の身体も、啄まれた影に応じて次々と断裂し、血液が小さく噴出していく。


「てめえ!!」

悪逆は駆け出すが、地を這う«影千切り»の後脚で一蹴される。


「悪逆さん、証子さん……逃げろ…………っ」

火上は呟いた。

叫ぶほどの体力を既に喪失していた彼は、できるだけ腹に力を入れて、しかしほとんど独白のように呟いた。指先すら動かそうとは思わなかった。


「今逃げれば、死ぬのは僕だけで済みます────友人の無事を見届けられないのは残念だが、しかしこの犠牲によって彼を救ったと言うのなら、これもまた悪くない美談だ…………。」

何も思わない少年。

空虚であり、空洞の少年。

自分の命を含めて物事を公平に判断できるのは、しかし彼の異常性をこの上なく正確に明示していた。

彼は普通のふりをして普通に生きる、異常そのものだった。

死ぬことへの恐怖も、犠牲になることへの不安も、彼には。

ない。


「大丈夫、僕はまだあんたの組織には入ってすらいない──ただ高校生が、化物に喰われて死んだだけ。喪失でも、損失でもない。」

«影千切り»には勝てない。

一番早くこれを悟ったのは火上自身だった。そこには戦闘経験や知識の有無などの差はなく、ただ単に諦めただけ──『人生』を、『生きること』を、諦めただけだった。

見切りをつけるのが早い。

諦めが良い。

だから彼は決断をした──これも火上忍の人生で何度目かは分からないが──彼は自殺という決断をした。


「最初から」


「僕なんて人間は」


「いなかったんだ」

そんな細々とした独白は、一人の少年の最期を悟らせるには充分だったし、それを見ている不明里に決断を迫るのにも事足りた。


「…………果実、逃げよう」


「はあ!?……おい、ちょっと待てって!なんでだよ!」

不明里は悪逆の手を強引に引き、急いで地上へと脱出する。途中から彼女もその手を離したものの、しかし悪逆も半ば不本意ながらに己の意思で脱出を試みていた。


やがて崩落した駅に静寂が訪れ、不明里 証子と悪逆 果実は『どこにもいない少年』のために«怨霊»・最藤 涼を殺しに行く。


こうして、何にもない少年の何でもない命は終わりを見る。

自殺への成功に、若干の安堵と後悔を抱きながら。




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