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灯火  作者: ねろ
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火上忍・『新たなる仲間、不明里 証子』

別に何も無かった。

決して何かがあると思ったわけではないけれど。

安全で健全なホテルである。


「泊まり込み、ですか」

部屋に到着し、手持ち無沙汰で部屋の隅に座り込む火上に対して不明里はそう言い放つ。


「そう。殺すにも情報が必要でしょ。とりあえず二日間、いろいろ考えたいこともあるからね。」


「そうですか……いや、それは別に構いませんけれど。僕はお金なんて持ってないですよ。」


「……ちゃんと払うから安心しなさいな。おじさんが。」

安心しろと言われて安心できたことのない火上忍にとって、その事も無げに言い放たれた言葉は、彼を安心させはしないものの、しかし他の人々が安易に投げかける言葉に比べれば幾分かマシではあった。

少なくとも、却って不安になることはなかった。


「ええと……証子さん。いくつか質問しても?」


「どうぞ」


「おいくつですか」


「絞め殺すわよ」

全然どうぞではなかった。


「いや……ちょっと待ってください。僕は見た目で女性の年齢を見分けることが得意なわけではないし、何ならそういうことを直接的に質問するのが無礼だということも弁えているつもりです。」


「ですけど、もしかしてあなた……僕より歳下じゃありません?」

スレンダーな体つきではあるし、言動もどことなく大人びている。だから火上忍より歳下なのであれば完全に年齢離れしていると言わざるを得ないが、しかし。


「顔つきが幼いってんでしょ、どーせ。言われ慣れてるもん。私は十五だけれど、あんたよりはある意味先輩だから。」

いじけたように言って、俯きながら火上と反対側の壁に凭れるように座り込んだ。


「…………。」

こうもされると、多感な少年としては返答に窮してしまう。


「まあ、本題はそこではないんですけれど……あなたは何なんです?何故僕の世話係みたいなのを?」


「おじさんの言いつけだから仕方がないでしょ。何なんですと言われても、«蝋燭»の世話係、«蝋燭»のお目付け役、«蝋燭»の監視人、«蝋燭»の案内人、«蝋燭»の先輩────今の私は、全部あんたありきの存在なのよ。」


「«詐欺師»とか言ってたじゃないですか」


「……そうだけど。あれは二つ名みたいなものよ。私も言わば被災者、元は東京の女子校に通っていたけれど、お父さんやお母さんも死んじゃったし。友だちも。先生も。」


「死ねばいいのに──ずっとそう思ってた。私なんかがって。私なんかが生きてていいわけないのに。私なんか死んでしまえばいいのにって。そう考えるとすごく辛かった。でも考えざるを得なくて、それがまたすごい辛くて。」


「そんな時に、«詐欺師»の能力が目覚めたの。目覚めたというより、芽生えた。」


「……それで、何か変わりましたか」


「うん──変わったよ。変わった。全部全部全部、変わって変わって変わり果てちゃった。大切にしたかったものも、大切にできなくなっちゃった。」

そんなことを次第に激化する独白のように吐き捨てて、不明里は泣き出した。

幼い子供のように泣きじゃくって、顔を赤くして、時折咳き込みながらまた泣きじゃくった。

冷酷さも冷徹さも、当初火上が彼女に抱いていたクールさなんてものもあったものではなく、ただ堰を切ったように彼女の悲哀は溢れ出す。

そして空っぽの少年は、そんなふうに悲しむことのできる彼女を羨ましがるのみだった。


「私って、何なんだろう、ほんとに──────。」


「私はあんたが羨ましいよ。おじさんが言うには、空っぽって言っていたけれど、でも空でも確かにそこにいるじゃない。言葉で表せなくても、確かに存在を実感しているじゃない。」


「私は違う。存在を存在として定義できない。自分自身を言葉でしか表せない。」

火上忍は数分前の彼女の言葉を思い出す。


世話係。

お目付け役。

監視人。

案内人。

先輩。


そしてその全てが、僕ありきのもの。

火上忍はなんだか虚しくなって、泣きたくなった。

泣かなかったが。

それ故に«偽物»で。

それ故に«詐欺師»。

ならば不明里 証子は、自分よりよっぽど不幸なのかもしれない────火上はなんとなく思った。


「……別にいいんじゃないですか」

返答には散々困窮したが、しかし最終的に火上の口から出てきた言葉はそんなものだった。

それを受けて、不明里は懐疑的にこちらを見つめる。

泣き明かしたその目は、既に真っ赤になっていた。


「そもそも、自分が何なのか分かってるヤツなんていませんし。大概«偽物»で、大体«詐欺師»ですし。僕に言わせりゃあ、むしろ«本物»なんていねーよって感じなんですけどね。」


「それでもあなたが自分を駄目だと思うなら、自身の存在をあくまで欺瞞であり、あくまで虚偽であると思ってしまうなら、まあ────そうだな。」


「僕と友だちになりませんか」


「……何言ってんの。そんなこと、あっていいわけないじゃん。」

彼女の涙ぐんだ声は、いつの間にか怒りを増していた。


「そうなんですかね。知りませんけど。でも世話係とか監視人とかより、«蝋燭»の友だちって方がよっぽどいいんじゃないですか?少なくとも、僕は困った時にあなたを必要としたい。」


「言葉でしか定義できなくても、存在としてのあなたを必要としたい。」


「…………………。」

不明里は黙り込み、それから赤く腫らした瞳を擦って顔を伏せた。


「まあ、先輩だろうと友だちであろうと何だろうと、いずれにせよ今の僕にはあなたが必要ですし。じゃあ僕のための証子さんでいてくださいよ。」

火上忍はその場で思いつくだけの『それらしい言葉』を列挙した。

空洞の少年、己の気持ちが分からない以上、人の気持ちなど分かるはずもない──しかしだからこそ彼は遠慮なくものを言うことができるし、適当に誤魔化すことも繕うことも可能だ。

しかし彼が不明里を不憫だと憐れんだその心は多分«偽物»なんかではないのだから、これだけ言って断られてしまったら素直に諦めようと火上忍は思っていた。


「…………ほんとに、何言ってんの、きみ」


「────ほんと、おかしいよ……うっ、うう…っ。」


「……まあ、自覚はありますけど」


「うわあああああああああああああああああああああああああん」

彼女は泣いた。

既に涸れ果てたかと思った涙をまた流し、彼女は顔も隠さず泣いた。

声を上げて。

泣いた。


「ほら、泣かないでくださいよ……いや、いっそ泣いてもいいですけれど。」

それから彼女──本物の«偽物»・不明里 証子が泣き止むまで、火上忍はずっと傍にいた。

何も言わず。

何もせず。

もう彼女を羨望することもなかったし、自分を蔑むこともなかった。

およそ数時間に亘って、ある一人の不幸な彼女が過去の痛みを拭い去るのをひたすらに聞いていた。

友だちとして。

仲間として。

ただ時折ハンカチを差し出してやったり、飲み物を買ってきたりしてやる分だけ、火上忍も空洞とはいえ空虚ではない──それなりに人間であるということか。




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