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灯火  作者: ねろ
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火上忍・『作戦決行、ただし無計画』

まあ、しかし。

火上忍からすれば、そんなことすらもどうでもいいことだったかもしれない。

いずれにせよ確かなのは、彼は今躊躇いもなく最藤 涼を殺そうとしているということだった。


「そんなことでまた来たのかい」

はあ、と呆れ返ったように溜め息をついたのは城崎だった。

齢十六の殺人犯がこの街にいることも、増してや患者の少年がそれを殺そうと計画を立てていることも、この世界から隔絶された闇医者からすれば" そんなこと "で片づいてしまうのである。

実に簡素な人生だった。

しかし決して簡単ではないのだが。


「何かあったら連絡しろって言ったじゃあないですか」


「何も無いって言ったろう、きみ」


「鵜呑みにしてどうするんです」


「言っといてなんて開き直りだよ……あーあ。いいかい火上くん。僕は今日、大切な大切な予定が入っているのさ。妻と娘に会いに行くんだよ。六年ぶりにね。」

椅子から立ち上がり、わざとらしく両手を広げて説明し始める城崎。


「へえ……ああ、そういえば前に聞きました。フラれたんですよね。」


「随分簡潔にまとめてくれるじゃないか……プレゼンには向いてないね、君は。史実だし事実だし現実だが真実ではないよ。紆余曲折を経て別居せざるを得なくなっただけだ。」


「……まあ、けれどそうだよ。だから今日くらいゆっくりさせてくれ。最愛の妻と愛しき娘、彼女らと共に一時を過ごさせてくれ。」


「駄目です。ここで断ったら僕と漆峰は死ぬ。僕としちゃあ死ぬ分には別に構わないが──しかし漆峰(あいつ)はそうもいかないだろうし、僕だって負けるのは嫌だ。」

死ぬのはいいが敗北は嫌いだ。

生きていても尚死にたがりの少年は言った。


「はん。傲慢だぜ。」

同情も憐憫も、人としての良心を期待するには«蝋燭»は強すぎた。

強すぎて、空っぽすぎたのだ。

城崎はそのことを再認識した上で、しかしこいつは面白い、と意地の悪い笑みを浮かべて嘲った。


「負けるのは嫌だ、ね──しかし考えようによっては、君は既に負けているかもしれないんだぜ?それも敗北なんて言葉じゃ物足りない、大敗北を喫している。」


「……何に、ですか?」


「命だよ」

火上忍にとって見慣れた診療所、その空虚な部屋に静寂が飛び交った。

体感ではなく明らかに十数秒、両者は沈黙したまま互いに視線を向けている。

城崎は火上を見下していて。

火上は城崎を睨みつけていた。


「…………人生に、と言った方が正確かもしれないがね。生きることは戦いみたいなもんだ。そしてそれは大概負け戦だ。命が傷ついて、摩耗して、すり減って、最後には何も残らない。どう考えても敗北にしか行き着かないじゃあないか。」


「じゃあ君、人生において、生きることにおいて、果たして勝利って何だ?何をすれば『人生』に『勝てる』?」

人生にクリアなどない。

ゲームオーバーがないのと同様に。


「……無理でしょう、そんなの。命に勝つ、人生に勝つ──確かに無理だし、何より無意味だ。そう考えればなるほど、生きることは負け戦ですね。」


「だろ?」


「しかし負け戦ってのも悪くはないですよ。負けるって分かっている奴はどんな敵将よりも恐ろしい。何をしだすか分かりませんからね──己の命さえ手駒として扱ってみせる。」


「そして多分、僕はそういう人間だ。残念なことだし、両親には申し訳ないことだけれど、でも見えない敵に一矢報いて死ねるなら、『ざまあみろ』と言って死ねるなら、それは僕の勝利ですよ。」


「……話せば話すほど顕在化する捻くれ者だね、君は。頭がおかしくなりそうだぜ。」


「もう遅い心配ですよ」


「やれやれ、じゃあ本当に行くんだね──その«沈黙室»の少女とやらを始末しに」


「ええ。まあ、あなたの話が虚言でさえなければここまで強行突破とは行けませんでしたが。」


「バレていたのかよ。まあ、僕は結婚するつもりなんてないからね」


「じゃあ彼女を連れていくといい。君の世話をしてくれるぜ。」


「?」

その言葉を受けた火上忍は辺りを見回したが、それに相当するような人物の影は見当たらなかった。


「ここよ」

やがて痺れを切らした『彼女』の方から現れるまで、火上忍はその存在自体を認知できなかったのだ。


「……どうも」

会釈をする。

ここで彼女──全身を黒でコーディネートした美しい冷たさを放つ麗美な彼女の名を聞くことに、大した意味があるとは思えなかったからだ。


「おじさん。彼が«蝋燭»の子なのでしょう?私が同行すればいいという、例の。」


「ああ、そうだ。食えないやつさ、気をつけろ。」


「あの…僕を無視して話を進めないでもらえますか。」


「あら、失礼。私は不明里 証子──あなたと同じ能力者であり、そして«詐欺師»よ。」

艶やかな長い黒髪をいじりながら、火上を見下ろすように不明里は言った。


「……火上忍です。あなたと同じ──かどうかは果たして分かりませんが、«蝋燭»とか呼ばれています。」


「知ってるわよ。そんなの……まあいいや。それじゃあ、早速出かけましょうか。ほら、行くわよ。」

火上忍の手を引き、不明里はそそくさと靴を履く。

手を引っ張られたままなのが難点ではあったが、火上もなんとか同じように自身の青いスニーカーを履いた。


「それじゃあ、行ってきます。おじさん。」


「うん。いってらっしゃい。」

城崎は大層どうでもよさそうなふうに返事をしたが、半ば急な展開に動揺を隠せない火上忍はいよいよ不明里に質問を投げた。


「あ、あの……ちょっと、不明里さん。」

未だ手を引っ張られたまま、火上忍は彼女を呼ぶ。


「証子でいいわ。不明里って呼びにくいでしょ。」


「……証子さん。行くって、一体どこにですか?」

その質問をするや否や、不明里は急に歩みをぴたりと止めて、こちらを振り向く。

気づけば彼女の柔らかな手も離れていた。

が、しかし。




「ホテルよ」

彼女は見事なウインクを決めてそう言うのだから、いっそ手を繋いでいてくれたままの方が良かったと思った。

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