第四種接近遭遇その1
朝になりイマイチ働かない頭を強引に顔を洗い動作させる。
鏡に向かい眉を書き口に紅を差す。
海軍の従兵がアイロン掛けした糊の効いたトゥーフロックとズボンを取り出し。
迷ったが白いシャツに袖を通し黒いネクタイ。
ズボンに足を通し。
剣無しの二級十字章を胸元に置く。
最後に、外套に袖を通す。
鏡に映る私を見る。
うん、悪く無い。
白い制帽を被りひっ詰めたブロンドの髪が乱れてないのを確認する。
最後にハーケンクロイツの短剣とサスペンダーを装備して、皺と襟の歪みを修整する。
納得すると手持ちのバックとポケットの小物を確認。
取って置きのブルガリア王国製の薔薇の香水を首筋に掛ける。
お気に入りの香りが広がる部屋を出て食堂に向かうとメニュー表に変更が在った。
何時も変らぬ硬ゆで卵の酢漬けが目玉焼きに、後は昨日と同じでブルストとヌテラ。
胡瓜とキャベツの酢漬け。
全粒粉の丸パンに合成オレンジエードだ。
大皿を置く従兵が囁く。
「今日の卵は日本製だそうです。料理長が新鮮な卵とのお墨付きです。」
「ほう、そうか。」
ありとあらゆる酢漬けにうんざりしていたので正直助かる。
黄身が妙に濃いオレンジだ。
ねっとりした卵焼きを楽しむ。
接岸しているというのは嬉しいことが多い。
特に新鮮な食材が手に入るという意味で。
黙々と日本製と戦う。
士官食堂の長机の向かいに陸軍士官が座る。
「やあ、随分とめかし込んでいるね。」
陸軍士官は昨日のワインも残っていない様な顔で朝の挨拶を交わす。
「まあな、やっと敵地への上陸だ。完全武装で行きたい。」
「ハハハ、私もだ、今朝は早く起きて貴重なシャワーも浴びた。」
なるほど、水の割り当てを大胆に使ったらしい。
少々後悔する。
私も使うべきだったろうか?
思案に暮れると騒がしい一団が遣って来た。
「やあ、皆さん、おはよう。今日は土人共に我が帝国の素晴らしさを教えようじゃないか?」
ローゼンベルク青年団の連中だ。
表向きは優良アーリア人のエリート共だが。
ヨーロッパに散ったアーリア人選別隊だ。
昨今のアーリア人の減少に歯止めをかける為、各友好国内部での人種餞別の結果の産物だ。
別名は塩胡瓜女郎だ。
青年団なのに男は居ない。
子供どころか男の物を受けた事も無い様な少女達だ。
まあ、膜は自分で破っているだろうが…。恐らく胡瓜で…。
無論、冗談だ。
陸軍士官に尋ねる。
「あの処女達も陸に上がるのか?」
「ああ、そうらしい。彼女達は芸達者だから文化的な交流目的だ…。相手が我々の文化を理解してくれれば効果が有るだろう。」
陸軍士官のユーモアについて深く考えるが彼女の襟証は情報参謀学校卒業の証が有る。
不真面目な彼女の表情を見るに。恐らく、唯のピエロ要員であろう。
北米大陸の帝政キリスト原理主義者の様な資本主義に則って、ハンバーガー屋の前で踊る着ぐるみの様なピエロの役だ。
到底、この世界の男達に通用するかどうか不明だ。
何せ相手の話を信じるならコノ日本の男達はひたすら戦い、武器を作り続けて居た事になる。
我々のように数十年間の表面上の平和を真面目に続けていたのでは無い。
海軍士官の独り言では”この日本は一部に置いて我々を凌駕しているのかもしれない。”との話だ。
正直、納得する。
敗退主義者の罵声を受けるわけには行かないので口には出さないが。
目に入る物全てが我々の理解を超えている。
食事が終わり甲板上に集合して訓示が有ると。
一列になってタラップを降りる。
護衛の日本兵も並んでいる。
こんなに近くに男が居るのは…。久し振りだ。
いや、こんなに沢山の男達が居るのは初めてだ。
一糸乱れぬ行軍の末。
付いた先はバスだった。
あの、英国ロンドンの様なバスだが…。二階しかない。
階段を上がると羅紗の良いシートが並んでいる。
先頭から順に椅子に座る。
幸い窓際だった、隣りは陸軍士官だ。
カバンを足元に置き、椅子の居心地を確かめる。
うん、悪く無い。
「ふむ。化繊だな。羊毛でない。」
手触りで確かめる陸軍士官。
「化繊か…。確かに。こんなムラの無い染色は難しいと思っていた。」
正直、ソコまで気づかなかった。
「うむ、悪く無い、変ってくれないか?写真機を持って来ている。町の情景を取りたい。」
迷う。
ライターに偽装した写真機を持って来ている。
フィルムの数に限りがある。
「ネガをコピーして頂ければ。」
「うむ…。止めて置こう。」
なるほど。陸軍士官もフィルムに余裕が無い様子だ。
対照的にモビックス8mmの新型を振り回す海軍士官。
かなりの量のフィルムを持ち込んでいる様子だ。
「うむ、物量には勝てんな。」
「ですね。」
陸軍士官の感想に同意する。
確かにこのようなモノを大量に作るのには驚きを隠せない。
全員が搭乗すると。一人の男が入ってきてマイクロフォンを持ち話した。
「こんにちは、ドイツ帝国のみなさん。日本国へようこそ、私は案内役を務めます外務省職員。佐々定海です。」
流暢なドイツ語だ明らかに日本人ではない顔に驚く。
「外務員殿。貴殿は日本人なのですか?」
「はい、日本人です。」
見事な返事だ。フランス鈍りも無い。
「あの、国籍でなく人種的には?」
「ああ、そうですね、父は西ドイツ、ハーゲン生まれ、日本に帰化してから母と結婚して生まれました。生粋の日本人です。外見意外は。」
微笑む男に落胆のタメ息が広がる。
くっ!優良アーリア人の血が汚されている。
何と言う事だ!
よりに寄って劣等人種の女に!
くそっ!くそっ!くそっ!
「くそっ!くそっ!くそっ!」
声を殺していたハズだが何時の間にか耳に入って来たので止める。
しかし止まらない。
悪態を付いているのは陸軍士官だった。
目尻に涙を浮かべている。
気持は判る。
護るべき男が劣等人種の女に落とされたのだ。
震える手でポーチに手を伸ばす、精神安定の”ショカコーラ”が有るはずだ。
丸く薄い紙のフタを開け包装紙を取り三角形を齧る。
うむ、甘いのは正義だ。ビターは日本軍を思い出すので青いミルク味が私の常備品だ。
口の中の甘い味に、冷静を取り戻す。
先ずは観察だ。
健康そうな若い男だ。
フランス人の混血と日本人との混血なら迷う所だ。
だが、日本人だ。
焦るな、心を落ち着かせる。
そうだ。
「あの、貴公の御父上は何をなさっているのですか?」
我ながら良い考えだ。
「はい、四国の実家で…。仏教の住職をしています。私が生まれる前に仏教徒に回心しました。」
ざわめくバス内。
なぜ信仰を捨てたのか?
共産主義者なのか?
無政府主義者なのか?
「あの…。なぜ?」
「はい、個人的な話なので…。母の話では父は良心的兵役拒否を選択してボランティアで日本に来ました。幼稚園でのボランティアで仏教に触れて仏教徒になり僧侶を目指し母と出合い結婚したそうです。あの…。詳しい話はご勘弁を。」
くそっ兵役拒否者か!
いや待て、昨今のライヒでは男の兵役は無い。
種付けと言う兵役より辛い苦行を受けている。
拒否権は無い、但し容赦無く不適切な者は落とされる。
「どう思う?」
訪ねる陸軍士官。
「共産主義者でなければ…。我慢できそうだ。」
「いや、そうではない。そうだな、聞いてみれば良いか。」
続けて陸軍士官が質問する。
「あの。サッサ殿は随分とお若い様子だが御歳は幾つかな?できればお父上の歳も聞きたい。独身かな?家族構成も。」
「え?私は25です。父はたしか55になった位だと思います。独身ですが…。家族構成についてはご勘弁を。」
「ありがとうございます。」
バスのシートに深く腰を落す陸軍士官。
コソコソ話す。
「聞いたか?」
「ああ。そうだな。」
何を言ってるんだ?
「55歳か…。絞れば出そうだな。」
そっちか。
「あ?ああしかし…。」
言葉に詰まる。
「若い方が良いのに決っているが…。この際。」
ブツブツ呟く陸軍士官…。
そうか、帰化ドイツ人か…。何かに閃く
「まて…。この日本には人種的アーリア人が多いのではないのか?」
「そうだな、未だ焦るほどではないな。しかし、この質問は外務省管轄の話だ。」
「ソレとなく外務省の方に聞いてみるように仕掛けるか…。」
「やあ、呼んだかい?」
顔を上に上げると、笑顔の外務省の若い娘が居る。
バスの座席に越しにコチラを見ている。
確か一番若い外務省の役人だ、気合の入った化粧をしている。
「いや、この日本に人種的アーリア人は何人居るのか?と言う話だ。」
「ふむ、確かに。聞いては見たが明確な答えは帰って来なかった。但し。ドイツ連邦共和国人は居るがアーリア人は把握してないという話だ。」
「そうか。」
声を落として話す外務省の娘。
「但し、引渡しは拒否された、”個人での渡航は未だ不可能だ、ドイツ連邦と話をつけろ”だそうだ。」
話し合いを拒否しているのに、話を付けろか…。
”不可能”という言葉遊びに近い。
「で?何人居るのだ?」
陸軍士官が訪ねる。
困った表情の外務省の娘。
声を潜めて囁く。
「8000人を切るそうだ。」
「待て!ソレは…。」
声を荒げる陸軍士官、バスの中の全ての視線が集まっている。
「騒がないでくれ、私も詳しくは知らされていない事になっている。」
「悪かった、」
肩を竦める若い娘とバツの悪そうにシートに腰を沈める陸軍士官。
「で、男女比と年齢は?」
我が国ではよほどのコトが無い限り家族での渡航だ。つまり…。
「ソレも解からん。只、男の方が多いそうだ。配偶者が日本人の場合も有る。」
「そうか、何とかライヒに招待したいな。」
「そうだな、上もそう考えている。おっと、これ以上はご勘弁を…。」
睨む事務官に気が付いて座席に沈む彼女。
恐らく彼女の上司だろう。
珍しく今回の使節団には男娼は入っていない。
大日本帝国相手では非常に有効な亡命作戦の為の男達だ。
なので最悪、私自身がハニートラップ要員になる可能性が在るコトは事前に聞かされた。
恐らく全員にその役目が有るのだろう…。
何せ皆の化粧の気合が違う…。
(´・ω・`)はにとら。
(#◎皿◎´)はにゃ~!
(´・ω・`)…。(違う)