第六種接近遭遇その1
「内閣総理大臣に外務大臣からの入電。”南アメリカ合従国、日本国に宣戦布告”新潟の電波受信局も南アメリカ合従国の短波放送”ゴットブレスオブアメリカ”で同様の内容を受信しています。」
知らせを告げたのは駆け込んできた秘書官だった。
総理大臣官邸の総理執務室、飾り気の無い簡素な机に座る主は一報に驚いた。
防衛大臣や農水大臣達と世間話と政策の話を行って居る最中だ。
「馬鹿な、南アメリカとは何も政治的アクションは無かったハズだ。」
「事前通告無しで、ですか…。」
元防衛大臣の現農水大臣が自分の薄い頭を叩く。
彼は国防関係に詳しい。
現防衛大臣が話す。
「大日本帝国と南アメリカ合従国は何時戦端が開いても可笑しく無い状態です。内閣調査室画像処理班よりフロリダ沖に大艦隊が集結中でした、今は西海岸沖に移動中です。」
「ソレは聞いている。」
南アメリカ海軍が何らかの軍事的行動を起こそうとしているのは聞いていた。
「防衛省の画像解析ではサンフランシスコ及び各地の港で、民間商船に最低8個師団、最大12個師団、戦車、野戦砲を含む重火器の搭載を行って居るとの警告は出ていました。」
工学衛星と電波衛星の解析結果を示す防衛大臣。
「どれ位の兵員数なんだ?」
「恐らく8万から16万人程度ですね、参考までに沖縄戦での上陸軍が14万7千人なので水際防衛は難しいと思います。」
今更、太平洋を押し渡って大規模上陸を行うとは。
「交渉のチャンネルを…。」
ノートパソコンを操作する防衛次官が防衛大臣に耳打ちする。
「総理、現在、防衛省の電波受信局が大日本帝国の暗号電文を解析しました、大日本帝国が南アメリカ合従国へ宣戦布告をする可能性が大きいそうです。」
「馬鹿な!?」
「海軍と陸軍の通信は暗号化されていましたが、内容は”南アメリカ帝国との戦闘の公算大、各基地は警戒せよ。”だそうです。大東亜共栄圏の相互安全保障条約に基く決定だそうです。」
暗号キー方式を採用していない置き換え方式暗号は、時間と根性が有れば解析できる。
解析ソフトが有れば、家庭用のパソコンでも…。
家庭用ゲーム機程度で十分だ。
「大日本帝国との安全保障条約は未だ交渉中だ!!」
「はい。総理、痺れを切らしたのだと思います…。」
防衛大臣が告げる。
「痺れ?」
「はい、修好通商条約は上手く行きましたが、大日本帝国は大東亜共栄圏の加盟を強く要請していました。」
「ソレは…。民間の文化交流が先だと話したハズだ。」
大日本帝国が主導する大東亜共栄圏は経済ブロックと言うより軍事的な意味合いが大きい。
嘗てのNATOより強固な相互軍事同盟だ。
なんとか経済と軍事を切り離した経済圏を模索していた。
「日本国内にタイ人やフィリピン人が居るんです。宗主国の立場上、他の国も修好条約を結びたいと考えるでしょう。特に人口減の激しい国は。」
「まあ、現在、我が国土には世界の殆どの国の男が居ますから…。女が多いこの世界では、何としても自国に呼び寄せたい国もあるでしょう。」
話の途中に誰かの携帯電話の振動が鳴る。
声を潜めて次官が対応している。
「はい…。待って下さい。はい、解りました。総理、お電話です。官房省からです。」
「なんだ?」
次官から電話を受け取る。
電話の相手は官房福長官だった。
『現在、官邸に大日本帝国の臨時全権大使がお見えで…。総理か天皇陛下にお会いしたいと申しています。』
「馬鹿な、いきなり何を考えているのだ。」
面会なら通常、事前に何らかのアポイントメントはある筈だ。
『非常事態につき可及的速やかにと…。お会いしますか?』
「解った会おう。」
皆が退席した総理大臣室で待つ、出て来たのは第一種軍装を着た旧海軍士官だった。
いや、あの日本では未だ現用なのだ。
白い詰襟で軍刀を下げる女性と言うのは…。
歌劇でも見ている様な違和感が有る。
「火急な事態にて不礼をお許しください。現在、友好国である日本国が鬼畜、南米帝国に宣戦布告を受ける事態に我が祖国、大日本帝国政府と天皇陛下は大変に心を痛め、よって御前会議にて卑劣なる南アメリカ帝国に宣戦布告を送る事を決定しました。但し帝国議会は”事務手続き上の問題が有る”との理由で難色を示しています。」
錨に大佐の階級章を付けた駐在武官だ、名前は忘れた、同じ顔が多いからだ。
少々、眩暈を覚える。
この世界は本気で戦争する気だ。
「南アメリカ合従国の宣戦布告は知って居ます、国交が全く無い国ですので一方的な通達で対応を苦慮しております。」
「はい、ですので、総理大臣殿には、この場で日本国は大東亜共栄圏に入る事を確約して頂きたい。事務的な手続きは後で何とかします。」
「この場…。で、ですか?」
「はい、元々、我々大日本帝国は日本国の大東亜共栄圏入りを歓迎していました。各同盟国も同じであります。」
歓迎…。この状況下では強制と同じだ、言葉遊びに近い。
「それは感謝している。しかし、現在の我が国の経済状況、及び生産力と科学技術は各国経済に混乱をもたらす物と考えている。」
「はい、お心遣い感謝しております。この日本は我が国より…。この地球上の全ての国より進んでいるのでしょう。恐らくドイツ帝国以上の…。しかし、兵力はソレほどではない。古来から進んだ文明が蛮族の力で滅びる話は枚挙に暇がありません。」
「ソレは…。歴史での話だ。しかし文化に優劣は無い。唯の効率と手法の問題だ。我々は平和の精神を元に文明を築き上げてきた。コレは未だ変わって居ない。」
平和と言う言葉に眉を潜める海軍士官。
「我々…。いや。大日本帝国は、貴殿等を傷つける存在には容赦はしません。コレは勅命であります。今直ぐにご返答を。」
「日本国は個別的自衛権を有している、自主独立を有する。大東亜共栄圏とは思想に置いて未だ共有する立場で無い。」
宗主国である大日本帝国が宣戦布告した場合に、各加盟国が自動的に宣戦布告するのが条件の大東亜共栄圏とは一線を取るべきだ。
コレは内閣で確認された内容である。
「天皇陛下のお言葉により、当方の内閣総理大臣は日本国を枢軸国として迎えても良いとの内示も在ります…。文章は有りませんが必ず約束いたします。」
この誘いは危険だ、彼女らの言う”枢軸国”は大東亜共栄圏の主要指導国と言う意味だが、今の日本国民では納得しないだろう。
「お心遣い、大変申し訳ない、我が国の国難であるコトは理解している。だが我々にも男の意地が有る。国際法上の不条理には断固として立ち向かう。」
無表情で在るが明らかに落胆した顔だ。
「了解しました!…。あの。青少年及び学童の疎開を…。」
学童疎開?何の話だ。
「うん?」
「いえ、青少年の保護の為。一般市民の疎開を進言します。現在、我が国では保護する体制を整えております。」
「そのお言葉も、有難く頂戴する。しかし、我が国には未だやれる事がありますので、万が一の場合はよろしくお願いします。」
遠まわしのお断りだが、同じ日本人なので通じる。
「わかりました…。我々は独自に中部太平洋方面にて作戦行動を取ります。万が一の場合も有りますのでお互い観戦武官の受け入れをお願いします。」
「それは…。構わないだろう。」
実務的な話なので言葉を濁す、特に障害は無いハズだ。
「我々は、大東亜共栄圏への参加を何時でもお待ちしております。」
「ああ、ありがとう。しかし未だその時ではない。」
「失礼します!」
回れ右して小脇の帽子を被り正す少佐。
かなりの怒りだ。
ドアが閉まり。
スタッフが戻ってくる。
「かなり焦っている様子ですね。」
「そうだな、ドイツ帝国は?」
「動きは有りません。ラエや、ラバウルで小型艦艇の動きが在るだけです通信量が増大しています。ソレに釣られてオーストラリア軍の動きが活発化しています。一方、もう一つのアメリカは平常です。」
先方の出方は未だ不明だ。
南アメリカの同盟国、ドイツは何も動いていない。
「ドイツは物見気分か…。」
「恐らく…。これ以上の情報は内閣危機管理センターの方が…。」
「今、外務大臣がこちらに向かっています。内容は正式に大日本帝国のスイス駐在官が南アメリカ合従国からの宣戦布告文章を受け取った様子です。日本国と大日本帝国の連名だそうです。」
「戦争が始まってしまったか。危機管理センターに向かおう。」
「「「はい。」」」
歩きながら考える、この世界は帝国主義がまかり通っていて、未だ国家間の武力による収奪は常識なのだ。
国際関係は長い信頼の上に成り立っている。
我が国は未だこの世界では新参者なのだ。
行き先の無い直通エレベータにカードキーを挿すと扉が開いた。
首相官邸地下にある危機管理センター内部では
多くの各省庁の職員が集まっていた。
「総理、コチラに外務大臣が向かっています。」
内閣服官房長官捕の男が報告に来た。
防衛省の制服組みも居る。
「ああ、解っている、コチラに直接来るように伝えてくれ。」
防衛大臣が補佐官を呼ぶ。
「補佐官、状況を教えてくれ。」
共に説明を聞く。
「南アメリカ艦隊は大きく三集団に分かれており、空母4隻を伴う上陸部隊を乗せた250隻程度の船団と、先行する16隻の戦艦、14隻の巡洋艦と駆逐艦、後方にタンカーと思われる船団、小型空母が2隻が付いています。各、空母からは航空機の発艦を繰り返しており、索敵と対潜警戒中と思われます。」
「何処に向かっているのだ?」
「それが…。空母を伴う船団は更に三つに分かれて居まして…。目的地が解りません。真っ直ぐ日本を目指しているのは間違いないと思われます。」
「上陸する気なのか?」
「恐らく…。装備を見るからには。」
「何処に上陸する気なのだ?」
「不明です、古来からの研究では日本に太平洋側で大部隊を上陸できる地点は多くありません。九州南部、中部地方の遠州灘、関東の九十九里浜又は鹿島灘、狭いですが相模湾。戦略目標が低いですが、北海道太平洋側と仙台、又は三沢市」
「多いな。」
「ですので、水際防衛では無く。国防海軍が主体での洋上迎撃を計画しております。」
「何故だね?」
「人工衛星が有る前の世界では事前に察知されるので、敵の大規模上陸と言う物は想定されていませんでした。現在はハワイ沖東方約1000km日本近海に到着するのが後8日程度。上陸地点が解るのが6日後と思われます。」
「敵で良いのかね?」
「はっ、申し訳御座いません。宣戦布告を受けていると聞いておりましたので…。」
バツの悪そうな顔になる補佐官。
続けて話す。
「…。当時の彼らのセオリーなら上陸地点は艦載機による爆撃と、艦砲射撃の後、敵部隊の上陸が発生します。今の日本では何処の海岸も民家と都市化しており一般民間人への被害は天文学的な数字になると思われます。ココは洋上迎撃が一番だと思われます。」
「艦隊決戦でもやるのかね?」
「別を言えば、て…。申し訳御座いません。洋上で戦艦及び空母群を無力化すれば撤退すると思われます。」
「撤退しなければ?」
「相手に取って上陸は非常に危険な物になります。当方は水際防衛と近海での迎撃になり。住民の避難と、油の流出等で被害は深刻な物になります。」
「負ける気は無いのだな?」
エレベータが開き外務大臣が来た様子だ。
「相手が大陸間爆撃機を出してきても、迎撃は出来ます。問題は弾薬の備蓄です。水際防衛では防衛線が薄くなり迎撃が間に合わない為、被害が増えます、敵艦隊が洋上で散開、上陸準備を開始する前に決着を付けます。」
「よろしい、では君達が取り得る最善の方法を行いたまえ。有事法に基づく防衛出動命令の予備命令を出す。」
「はっ!了解しました。」
下がる制服組。
間に合うのだろうか?
「総理、只今到着しました。」
「ああ、外務大臣。どうなっている?」
「はい、大日本帝国スイス駐在官から日本国向けに正式に南アメリカ合従国より宣戦布告を受けました。」
「そうか…。」
外交を大日本帝国に間借りしている我が国では仕方が無いのか…。
「イギリスB○C放送とドイツ帝国放送もニュースで伝えています。大日本帝国の駐在官も立会いだった為、大日本帝国からは南アメリカ合従国に対し同時に宣戦布告を行う様に申し入れが在りました。」
「誤報では無いのか…、俺が…。戦後初の宣戦布告放送を行う総理になるのか…。異世界に来た時点で何処かでこうなるのはと思っていたが…。」
第二次朝鮮動乱では宣戦布告まで行わずアメリカと韓国を支援したが、結果。韓国は無くなった。
お陰で、日本国内は朝鮮動乱の北と南の場外乱闘で多くの市民に犠牲者を出した。
「未だ、交渉の余地はあります。」
外交官から議員になった外務大臣だ。
日本の外交官に取って戦争は負けと同じだ。
「残念だがもう既に南アメリカ艦隊と上陸部隊は日本に向かって移動中だ。国民の生命と財産を守るのが第一だ。」
先送りにして日本人を殺す様なコトはもう出来ないのだ。
やるべき事をやる。
「総理…。ドイツ帝国に仲介を。」
「ナチスに借りを作るのか?ココで我が国が存在を示さないと、この帝国主義がまかり通っている国際社会では命取りだ。」
「しかし…。戦争は回避すべきです。」
「ドイツ帝国の動きが無いの不思議だ。彼等は南アメリカとの同盟国なのだ。」
「それは…。」
「何らかの話が付いていると考えたほうが良い。イギリスも北アメリカも。我々はこの世界では異物なのだ。」
「解りました、戦争の回避を続けます。」
「いや、外務大臣、戦後の準備をしてくれ。南アメリカ合従国に対して宣戦布告を行う。三週間後には結果が出ている。我々が生き抜く為に残された時間は無い。この世界で日本が独自性を保つ事が出来るかの瀬戸際なのだ。」
「わかりました…。大日本帝国と共にですか?」
「それは…。どちらにせよ大日本帝国の外務機関を通じて行う事に成る。大日本帝国と調整してくれ、大東亜共栄圏への参入を強要されるかもしれないが。何としてでも回避してくれ。」
「わかりました、宣戦布告の文章を纏めます…。誰が発表するのですか?」
そうだ、何も決まっていない。
こんな事態は想定していない。
「私がやる。」
やるしかない。
「はい。」
外務大臣が退出した。
「防衛大臣、大日本帝国の大使から観戦武官の申し入れが在った。相互に観戦武官を配置したいそうだ。」
「解りました。人員を策定しておきます。」
「総理、国防軍内に防衛出動命令の予備命令を発令しました。もう既に一部の部隊では弾薬の充足は完了しています。」
「そうか…。早かったな。」
「まあ、偵察衛星の情報で何かが起きるとは解っていましたので。」
その晩、内閣総理大臣は日本国民向けの放送で24:00に南アメリカ合従国に対して、大日本帝国は22:00時に宣戦布告を行った。
大日本帝国の強い要望により世界に対して同時の発表になったのだ。
(´・ω・`)…。(何がしんどいのかと言うと役職とか指揮系統とか官僚複雑杉。)




