蜂の巣 honeycomb【 百目奇譚 六花 】
「 班長 どうします 」
ここは都内のオフィスビルの一角にあるオカルト誌百目奇譚の編集部である。今、話しているメンズ雑誌のモデルに居そうなイケメン風男子は百目奇譚のカメラマン兼記者の海乃大洋だ。
「 主語を話せ海乃 どうしますだけではわからんだろう 」
海乃の言葉に返すこのとびっきりの美人は百目奇譚の副編集長であり記者でもある三刀小夜だ。実はすでに40代に突入しているのだが30代前半と言われたなら疑う者はいないだろう。
「 年末特番ですよ テレビの ウチからは毎年編集長が出てたじゃないですか 依頼きてるらしいですよ 営業部からさっき言ってきました 」
「 ああ あのオカルト特番か もうそんな季節か 殿さまが入院したのが痛いな 海乃 お前が出演しろ 」
2人の会話に出て来たのは百目奇譚編集長の殿さまこと殿崎編集長のことで、長年患っている腰のヘルニアが悪化して現在入院中なのである。
「 ちょ ちょっと待ってくださいよ 無理無理 無理に決まってんでしょ 」
「 黙って座ってVTRを観てたらいいだけだ 殿さまにも出来るんだから大丈夫だ お前は見た目だけならいけるだろう 」
「 そんな事言うなら班長が出てくださいよ 」
「 私は何年だか前に担ぎ出されて出演者の大学教授と本気で喧嘩になってな 私の出演シーンは殆どカットになっていた 局からは二度と来るなと言い渡されている 」
「 マジっスか 」
「 私 あの時 大晦日に楽しみにしてたのにサヤさん殆ど映ってなくて悲しかったです 」
そしてもう1人の若く可愛らしいこの女性は鳥迫月夜、現在百目奇譚編集部でアルバイトをしている。三刀小夜とは生まれた時からの旧知の仲なのだ。
「 そうだ ツクヨちゃんがいるじゃないっスか 」
「 いやいや海さん 私 バイトっすよ 冒頭の紹介で こちら百目奇譚編集部アルバイトの鳥迫月夜さんですっておかしいでしょ クレームきちゃいますよ 」
「 海乃 ツクをテレビなんかに出したら芸能界がほっとく訳ないだろう 絶対にダメだ お前が出ろ 」
「 えェェェッ マジっスか 」
「 この話はお終いだ 本題に入るぞ 冬号のボリュームがイマイチだ やはりこのメンバーじゃ限界がある 」
「 鎌チョさんいないのに編集長まで離脱はキッツいっスよね 」
鎌チョこと鎌丁政道記者は昨年、とある事件を追っている最中に失踪しているのだ。
「 殿さまは普段から役立たずだから別に構わんが鎌チョのバカは1年以上もなにをしてる 」
「 班長は大丈夫だと思います あの時 鎌チョさんかなりヤバい状況だったんしょ 」
「 だからこそ自分から姿を消したんだろう 死体が出てこん以上大丈夫だ 組織からすればある意味見せしめだからな 死体は残すはずだ 」
「 実は自信ないから黙ってたんすけど 私 今年の春先にお店の近くで鎌チョ見かけた気がするんですよね 」
「 そうなのかツク どうして言わなかった お店とはあのニコニコマートの事か 」
「 サヤさん セブンスマートです だから一瞬で自信がなかったし若い女の子と一緒だったし その頃 なんかお店もゴタゴタしていてつい 」
「 それ見間違いっスよ ツクヨちゃん 鎌チョさん若い女の子どうにか出来るほど器用じゃないっスから 」
「 確かにな 鎌チョに限って若い女はありえん だがツクの店の近くと言うのが気になるな あいつはツクのバイト先までは知らんはずだ もし鎌チョならどう繋がる 」
「 考え過ぎですよ班長 」
「 だな 鎌チョのせいで話がそれた 本当に余計な事ばかりする奴だ まったく でだな もう1つ企画が必要だ 」
「 えェェェッ 今からですか 」
「 しかたないだろう もちろん簡単なヤツでいく 」
「 どんな企画ですかサヤさん 」
「 ほんとは怖いシリーズだ 」
「 なんスかそれ」
「 なんだ知らんのか海乃 ちょっと前に流行っただろう 」
「 班長のちょっと前と俺らのちょっと前は違いますから ネッ ツクヨちゃん 」
「 私も知らないです 」
「 お お前たち エイジハラスメントで訴えるぞ 」
「 で 何なんっス 」
「 ほんとは怖いグリム童話とかほんとは怖い日本昔話とかほんとは怖い童謡とか言ってだな 要はワザと捻くれた解釈をする それが残酷だったり性的だったら効果絶大だ 」
「 イマイチわかんないっス 」
「 例えば ほんとは怖いサザ○さんだ サザ○と下の兄妹はえらく年が離れていると思わんか 何方かと言えばサザ○の息子のこまっしゃくれたガキの方が2人の少し年の離れた末っ子とした方がまだしっくり来る 」
「 まあ確かに 」
「 じゃあサザ○と兄妹たちの空白の期間に波○とフ○とサザ○の3人家族の間に何があった」
「 いや 何もなかったでしょう 」
「 当たり前だ 単なる作者の考えた設定なのだからな だが捻くれた解釈をすると 」
「 すると 」
「 兄妹はサザ○が10代前半の時に身籠もった子で父親は波○だ 」
「 いゃゃャァァァァッ… もうヤメてサザ○さんが観れなくなるじゃないですか 」
「 波○は10代前半のサザ○に対し性的虐待を繰り返していたんスね そのことをフ○も知っている ただマス○は何も知らない まさに磯○家がひた隠しにする秘め事っスね 」
「 秘め事っスねじゃないですよ 海さんも何本気にしてるんすか 」
「 次は ほんとは怖いアン○ンマンだ 」
「 俺 わかったっス ジャ○おじさんとバ○子さんの隠された禁断の関係っスね 」
「 いゃゃャァァァァッ…
「 それだと少し弱いな アン○ンマンは自身の身体を分け与えている しかも頭部だ カニバリズムは神経疾患を引き起こす要因になるぞ 」
「 いゃゃャァァァァッ…
「 じゃああのメルヘン世界に今後神経疾患が蔓延する可能性が高いと班長は考えているんですね 」
「 ああそうだ 」
「 ああそうだじゃねぇよ 」
「 てな具合で店長 ヘルプミー 」
ここは東京都の外れに位置するコンビニエンスストア ”セブンスマート” のお客さんのいない店内のレジカウンターの中である。
壁にもたれかかってだらけきった姿勢で会話をしているエプロン型の制服姿の1組の男女は鳥迫月夜と前角悠吏だ。
「 なんだ月夜君 僕にどうしろと言うんだい 」
月夜の言葉に肩に届くボサボサの長髪に黒のスウェットに黄色いエプロン姿のユウリが答える。
彼はこの店の経営者で店長でもある。
「 だからほんとは怖い話を考えなきゃなんですよ 助けてくださいよ 」
「 さっきの話じゃダメなのかい 」
「 怒られちゃいますよ 怒る人がいないのでやんないとダメらしいです 」
「 そりゃそだな でもそれだと殆どやり尽くされてるだろう 」
「 そなんですよね 逆にハードル上がっちゃって みんなが知ってる話じゃなきゃダメだし 」
「 じゃあ一層の事身内ネタにしたら 」
「 身内ネタってなんです 」
「 ほんとは怖い製薬会社 」
「 げっ 面白そうだけど私かおじいちゃんに怒られちゃうじゃないですか それにトリオイの姉妹会社の百目がそれやると本当に怖い製薬会社になっちゃいますよ でどんな話なんです 」
実は月夜の祖父である鳥迫秀一は大企業トリオイ製薬の創業者で現会長である。月夜は幼い頃に両親を失い現在祖父が唯一血の繋がった最後の家族である、その祖父も今は病床に伏していた。オカルト誌百目奇譚を発行する百目堂書房は祖父の経営するもう1つの会社なのだ。
「 ある製薬会社がね 不死者の製造実験を行っている 」
「 不死者って不老不死の事ですか 」
「 ちょっと違うかな 殺しても死なない不死身の方だよ 」
「 いや 殺したら死ぬでしょ 」
「 うん そりゃ死ぬよ でもなかなか死なない 」
「 意味わかんないです 」
「 薬物で痛覚を麻痺させて痛みを感じないんだ だから身体が半分無くなっても何とも感じない 本来 感覚を麻痺させると身体能力も著しく低下するんだが逆に身体能力は極限まで引き上げる そんな薬の研究実験をしている 」
「 そんな薬作ってどうするんです 」
「 強化兵だよ 戦場で頭を吹き飛ばされるまで戦い続ける最強のゾンビ兵士を創り出す 」
数日後、これと言ってパッとしたほんとは怖い話を思いつかなかった月夜は編集部でユウリから聞いた胡散臭い話をそれとなく話した。
「 ほお 興味深い話だな 製薬会社がゾンビの製造か ただ使い古されたネタ感は拒めんな ゲームや映画でヒットしたやつと同じじゃないか まあツクの話はウィルスではなくドラッグ強化兵だから現実的ではあるのだが でトリオイがその実験をやっていることにするのか 茶番がバレたら叩かれるぞ 」
月夜の話を聞いた三刀小夜が微妙な顔をした。
「 いえ マリリオン製薬です 」
「 随分具体的な名前が出て来たな ツク そのネタ どっから仕入れた 」
「 秘密です 」
「 信用度は 」
「 信頼出来る人物から直接聞きました 」
「 ちょっとたんま マリリオンってトリオイのライバル企業っスよ 流石にまずいっスよ 」
海乃が堪らず口を挟む。
「 面白いじゃないか 凸してみるか 」
「 班長マジっスか 俺知らないっスよ 」
「 わたくし常務の御霊です 」
グレーのビシッとしたスーツ姿で髪をキッチリとオールバックにした男性はそう名乗った。歳はイマイチわからないが40代くらいだろうか、銀縁の薄いメガネをかけた その男の顔は、何処と無く冷たい印象を発していた。
「 私は百目奇譚の記者をやっております三刀です こっちはカメラマンの海乃と見習いのササハラです 」
三刀小夜が挨拶を返す、ササハラと紹介されたのは鳥迫月夜である。流石に鳥迫姓を名乗るとトリオイ製薬の縁故であることがバレバレなので月夜が考えた偽名なのだ、ササハラとは月夜にとって特別な名でもあった。
ここはマリリオン製薬本社の応接室だ。
「 しかし我々のようなたかがオカルト誌の取材ごときに常務が出て来るとは驚きました 」
「 何をおっしゃる 百目奇譚と言えばトリオイ製薬の関係者だ これまでも幾つもの企業を潰して来ている トリオイ製薬の最前線の精鋭部隊だと我々は認識してますよ そんな人達が敵地に乗り込んで来たんだ 警戒しない訳がない で 何の取材ですか 」
「 ほんとは怖いマリリオン製薬 」
「 はて 」
「 御霊タマキさんを御存じですか 常務と同じ姓のようですが 」
「 私の腹違いの弟ですが ただ17年前に失踪しています ここで警備の職に就いていたのですが嫌になったのでしょう 当時 私は特に親しくはしていなかったのでよくわかりません 」
「 ハンティングドック 」
「 なんですかそれは 」
「 御霊タマキさんのもう1つ名前です 」
「 ハンドルネームか何かですか 」
「 私もよくわかりません ただ裏の世界ではそう呼ばれていたらしいです 」
「 さっぱりわかりませんね ただ長年生死不明の不肖の弟が何をやらかしたか知りませんがそれがウチの会社と何か関係あるのですか 」
「 どうも特殊な薬物を投与していたらしいのです 」
「 ほう 製薬会社としては興味深い話ですね どんな薬物ですか 」
「 不死者を作りだす薬物です 」
「 ゾンビドラッグですか そんなに珍しくはないでしょう フラッカやバスソルトと呼ばれるドラッグは以前から日本にも入って来ている 」
「 それが少し違うようです 異常行動を引き起こすドラッグではなく 身体能力向上と不死性を高めることに特化した軍事ドラッグだと 」
「 そのような研究をしている国は多いでしょうね 特に軍事大国では進んでいると聞きます 」
「 マリリオンもやっているのでは 」
「 冗談はよしてください 名誉毀損で訴えますよ そもそもこの国でそんな研究をして何になるのです 」
「 それを調べてます 」
「 話しにならないな もう帰って下さい あとトリオイの会長さんに父が御見舞いに行きたいと言っていたと伝えておいて下さい 」
「 お断りします じいさんは御霊の奴らは虫が好かんとよく言ってましたんで 来られて血圧が上がったらたまったもんじゃない 」
「 やはりあなたたちは敵のようだ 」
「 そのようですな 」
三刀達が引き上げたマリリオン製薬本社応接室では御霊聖が部下の黒スーツの男に冷たい目を向けていた。
「 タマキが最後に依頼されていた仕事はわかったか 」
「 いえ タマキ様は仕事に関しては我々への報告は一切行っておりませんでしたので ただ死体が出てない以上裏の人間に消されたものと思われます 」
「 それとトリオイがどう繋がると言うのだ 」
「 あの三刀とかいう記者はどうされますか 消しますか それとも薬を使いますか 」
「 いや おそらく探りを入れて来ただけだ 下手に動くと墓穴を掘る 重要なのは奴らの情報元だ しばらく好きにさせておけ 何も出来はしないさ この件とタマキの件はオヤジには伝えるな 」
「 かしこまりました 」
「 班長 いきなり喧嘩売って大丈夫なんスか 」
車中で運転席の海乃が小夜に話しかける。
「 まさか御霊聖が出て来るとはな ビンゴだ 」
「 あのメガネ誰なんス 」
「 マリリオン社長 御霊由良の長男だ おそらく次期社長なのだろう 」
「 サヤさんはあの男のこと どう思いました 」
後部シートから月夜も話に参加する。
「 いけ好かんヤツだ 常に人のことを見下した態度だ ただああいうヤツほど仕事は有能だったりするからタチが悪い 」
「 で どうなんス 班長 やっぱマリリオンには裏があると思うんスか 」
「 製薬会社だ裏くらいあるだろう トリオイだって裏くらいあるさ ただその度合いだな ツクのネタ通り人体実験を行い裏社会で実用試験まで行っていたのなら流石に企業としてはアウトだろう そして御霊聖は限りなく臭い それが今日の印象だ 」
「 もし御霊タマキの件が事実でそれにあのメガネが関わってるなら俺らヤバイんじゃないっスか 」
「 大丈夫だ タマキの件で私らがカマをかけてたのはバレバレだ もし事実だとしても証拠など残すわけがない 私らが挑発する以上の事など出来ない事くらい百も承知だろう 」
「 じゃあどうするんですか 」
「 御霊一族にはもう1人いる そこを突っついてみよう 」
「 それってもしかして御霊夕良宜じゃないっスよねぇ 」
「 なんだ海乃 お前が正解を当てるなんて珍しいじゃないか 」
「 海さん知ってるんですか 」
「 … 高校の同級生っス 」
「 そうなのか じゃあ好都合じゃないか 海乃 ゆうらぎはお前に任せるぞ 」
「 いやいや 俺 あいつ超苦手なんスけど 」
「 久しぶりね海乃君 何年ぶり 」
「 この前の同窓会でちらっと会ったから3年かな 」
マリリオン製薬本社ビルの近くの喫茶店で海乃の向かいに座っている白衣の女性は御霊夕良宜、御霊由良社長の末娘である。ストレートのロングヘアに切れ長の目が印象的な和風美人であった。
「 で 何の用 初体験の相手を呼び出すからには何かあるんでしょ 」
「 ブッ … 」
「 ちょっとサヤさん コーヒー吹き出さないでくださいよ もう 」
喫茶店の1番離れた角の席でイヤホンを耳に2人の会話を盗聴しているのは三刀小夜と鳥迫月夜だった。
「 もし勘違いしたまんまならごめんなさい 私は卒業前に早く終わらせときたかったからクラスで1番見た目が良かった海乃君を選んだだけなのよ 」
「 …… 」
「 それとも 上手くいかなかったリベンジがしたいって言うんならいいわよ そのかわり今度は服を汚さないでね 」
「 ブッ … 」
「 あっ もうサヤさん 」
「 だってツク 衝撃的な展開にお腹がよじれそうだ 」
「 海さんがかわいそうですよ すでにメンタルへし折れてますよ ボキッって音が聞こえました 」
「 海乃のヤツ 少し変だと思っていたが まさか元カノで初カノだったとはな 」
「 でもあの真面目だった海乃君がオカルト誌の記者やってるなんて 」
「 御霊だってマリリオンの娘だなんて聞いた事なかったぞ 」
「 私は外腹よ 大学の研究室を出てやっと認めてもらったわ で 今日は何 」
「 御霊タマキって知ってるか 」
「 聞いた事あるわ 私と同じ外腹の子でマリリオンに迎え入れられたけど失踪したんじゃなかったっけ 相当前の話よ 」
「 そもそも外腹の子って何人いんだよ 」
「 知らないわよ 今 認められているのは私だけよ でそのタマキがどうしたの 」
「 裏の社会でハンティングドックと呼ばれて仕事をしていたらしい 」
「 いかにもオカルト誌らしいネタね 」
「 不死者だって噂がある ドラッグ強化兵だ これにマリリオンが関わってる可能性がある 御霊聖が 」
「 ちょっと待ってよ海乃君 私はマリリオン側の人間よ 海乃君の会社 トリオイよね マリリオンと戦争でもする気 」
「 そんなんじゃないっスよ じゃなくて そんなんじゃないんだぜ 違う そんな……あァァァッ
「 海乃が壊れたぞツク 」
「 元カノさんの前でカッコつけて話すからですよ 過去の失態を挽回したかったんですね 」
「 ドンマイ海乃 骨は拾ってやる 」
「 とにかくっス 御霊聖は裏のある人間なんスよ タマキは実験に使われた可能性がある ゆうらぎも奴には注意するように それだけっス 」
「 へぇぇっ それが今の海乃君なんだ 昔よりいい感じね わかったわ 気がついた事があれば海乃君に教えてあげる 」
結局、百目奇譚の追加記事は『 本当に怖いドラッグの話 』と言う企画になった。トリオイ製薬にも協力してもらい薬に関する様々な嘘本当噂話が紹介された。もちろんドラッグ強化兵や戦争ドラッグについても。
結果的にはソコソコ好評を得る企画となった。
海乃大洋のスマホが着信した。
「 海乃君 」
スマホの向こうから少し緊張ぎみの美しく澄んだ女性の声がした。
「 ゆうらぎっスか どうしたの こんな時間に 」
「 私なりに色々調べてみたの タマキの消えた17年前に御霊由良指揮の元 御霊聖の研究チームが立ち上げられてるわ 」
「 それって …
「 いいから聞いて 研究内容は機密扱いでわからない ただこのチームで開発された物が研究用化学物質という名目で外に持ち出されている 取引先は特定出来ないけどおそらく海外よ それから私やタマキのような御霊由良の血縁の人間が少なくても17人いたわ 私以外は全員行方がわからない 」
「 ゆうらぎ 今どこにいるっス 」
「 本社のラボよ 」
「 今から迎えに行くから すぐにそこを離れた方がいい 」
「 これだから 少し情をかけるとすぐに調子に乗る 」
御霊夕良宜の背後から冷たく声が放たれた。
振り返ると、そこには御霊聖が幽霊のように立っていた。夕良宜は手にしたスマホを床に落としてしまった。海乃の声が微かに小さく聞こえる。
「 そんなに怖がることはない お前がまさかトリオイと繋がっていたとはな 奴らを泳がせて正解だったよ 」
「 何を言っているの 」
「 そんな事はどうでもいい 」
「 あなたたちは何をしているの 」
「 研究だよ 人類の未来の為のね 」
「 ヒト強化ドラッグを作っているんでしょう 」
「 それは単なる副産物だよ もちろん有効利用してはいるがね 」
「 じゃあ何 」
「 抗血清だよ 御霊の血であらゆる病気に対処出来る抗血清剤を作るんだ 君達はその為の材料なのだよ 」
「 どうして御霊の血に特定する必要があるの 」
「 そんなの決まっているじゃないか 全人類を統一する為だ 我々の血でね 人類を統一する為には女王蜂が必要なのだよ 」
「 つまり人類を御霊の働き蜂や戦闘蜂にしてしまう為の抗血清剤 」
「 そういう事だ それで人類が上手くいくんだ 統一された世界が形作られる 1つの蜂の巣のようにね 」
「 狂ってるわ そんな薬 完成するはずない 」
「 そうでもないのだよ 見るがいい 」
御霊聖の背後に5人の白髪が肩まで伸びた黒コートの男達が現れた。全員青黒い顔をした痩せ過ぎた病人のような男達だ。顔がみな同じように見える。
「 タマキの抗血清から作った戦闘蜂だ タマキが居なくなったんだが私とも繋がっている よく言うことを聞いてくれるよ まだあまり長く生きられないのが難点ではあるがね 戦闘蜂なのだから仕方ない 」
「 こんな陰気な奴らで世界を満たすつもり 」
「 ほとんどの人類とはリンクするだけだからこんな事にはならないよ まあ多少の副作用はあるだろうがな あと少しなんだ お前にはこれから私の子を産んでもらう お前とならより濃いい御霊の血が作れる 人類の役に立てるんだ ありがたく思え 」
「 クズ 」
と その時、何かが嵐のようにラボに躍り込んで来た。それは2匹のけもの達であった。
マリリオン製薬の警備員達も、このけものらを追って どっとラボ内に入って来る。
「 またこの顔か もう見飽きたよ 」
左に長すぎる刃物を手にした男のけものが吼えた。
「 店長 私の活躍を見てなさい もう2度と力不足なんて言わせないんだから 」
右にこれも長すぎる刃物を手にした女のけものが吼えかえす。
「 ユキ 油断するなよ こいつら首チョンパしても動くからな 」
「 うぉぉぉぉりャャャァっ 」
「 話聞けよ 」
「 貴様ら 何なんだ 」
ぽかんと呆気にとられた御霊聖が呟いた。
海乃大洋と三刀小夜がマリリオン製薬本社前に到着した時には既に警察車輌と消防車輌で本社ビルは囲まれていた。
それから数日後、百目奇譚編集部で。
「 ゆうらぎさんには申し訳なかった とんでも無い事に巻き込んでしまった 」
三刀小夜が御霊夕良宜に頭を下げていた。
「 三刀さんよして下さい もし知らないままだったらいずれ私は他の異母兄弟同様に実験材料にされていたんですよ 逆に感謝しています 」
「 警察にはどのように説明したのです 」
「 そのままに説明しました ただ御霊の血で生成した抗血清剤で人類をコントロールするくだりの話は聖の妄言となりそうです 私もそう思います 実際 聖は自らが生成したドラッグの重度の依存性でした 問題なのはそのドラッグの方です 血清ドラッグと呼ぶべきでしょうか 」
「 人の血清をベースにドラッグを生成していたのですか 」
「 はい これが脳の中枢神経系に直接作用します 非常に危険なドラッグなんです ロボット強化兵を作ることも充分可能でしょう ただ副作用も大きく カニバリズムが引き起こすとされるクールー病や狂牛病に似た神経疾患に感染する可能性が大きいと彼等が残した研究レポートにはありました 」
「 そんな病気が蔓延したら人類が大変な事になるな で マリリオンはどうなるのです 」
「 もちろん解体されます この研究に関与した人間は全員逮捕されました 聖は刑務所で死ぬことになるでしょう ただ 御霊由良の消息は依然不明のままです 」
「 ゆうらぎさんは由良には会ったことはあるのですか 」
「 1度だけあります とてもおそろしい人だという印象だけが残ってます 」
「 ゆうらぎはこれからどうするっスか 」
小夜と夕良宜の話がひと段落ついた所で海乃が加わった。
「 母方の三蜂の姓に戻すわ 中学校までは三蜂夕良宜だったのよ 仕事を探さないとね 」
「 ゆうらぎさんは有能な女性だと聞く どうですトリオイに来ませんか トリオイは努力する女性は大歓迎だ 」
「 いいんですか三刀さん 」
「 もちろん 」
「 げっ 」
「 げっ って何よ海乃君 」
「 だって 」
「 海さんって高校時代 真面目だったんすか 」
コーヒーを運んで来た鳥迫月夜が面白そうに聞いてきた。
「 眉間にシワを寄せてるようなタイプだったわよ 最後の夏休み明けくらいからなんか雰囲気が変わったのは覚えてるわ 」
「 何かあったな 海乃 夏休みに何があった 」
「 秘密っス ゆうらぎも余計なこと言わないでくれるっスか でもマリリオン襲撃した2人組って何者なんス ゆうらぎは近くで見てたんしょ 」
「 私も何が何だかわからなかったわよ いきなり警備員引き連れてなだれ込んできて刀振り回して大暴れですもの 人間というよりけものじみてたわ 聖の私兵と警備員を2人で圧倒してたしね 警察が来なければビルごと壊されるかと思ったわよ 」
「 ハンティングドックこと御霊タマキに関与する人物なのだろう 報復か粛清か どちらにしろ裏の世界の人間だ ガーディアンズなる超能力者達の組織もあると聞くしな それより海乃 お前この前のTVの収録で出演者のモデルに手を出しただろう 事務所からクレームが来てるぞ 」
「 うわぁッ 海乃君 最低 」
「 海さん最低ですね 」
「 ち 違うんスよ あっちが一方的にですね……
その日、東京に季節はずれと呼ぶにも早すぎる雪が降った。降ったと言っても地面に着く前に消えて無くなるほどの淡く儚い雪だった。
鳥迫月夜は高校の同窓会の帰りであった。まだ未成年であったが周りにつられて少しばかりお酒を飲んだ。
ふと思いつきでアルバイト先のコンビニ セブンスマートに寄ることにした、セブンスマートは24時間営業ではなく0時頃に閉店する。その日もすでに店は消灯してあったがカウンターの奥のバックルームから明かりが漏れている、おそらく店長が精算業務をしているのだろう。
月夜は渡されてある自動ドアの鍵を開け電源の切れ重くなったドアをそっと押し開けた。
「 店ぇぇンチョ 」
「 うわぁぁッ つ 月夜君 やめてくれよ死ぬじゃないか 人生で二番目くらいにビックリしたぞ 」
「 雪が降ってましたよ 」
パソコンに向かっていた店長の悠吏が椅子ごと振り返った。月夜はそのままユウリの膝の上に座り彼の首に腕を巻き付けて顔を埋めた。
「 ちょ ちょ 月夜君 酒臭いぞ 酔ってるのか ど どうしたんだ 」
「 どうもしていません 普通です 」
「 … 月夜君 」
「 普通なんです 恥をかかせないでください 」
雪の結晶は六角形をしており六花と呼ぶこともあるらしい。
1つ1つが独立した完結作品を と思って書いているシリーズですが、最近、連作志向が強まって来てしまいました。次くらいで一区切りつけようと思いますであります。