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青子のお見合い大騒動

「あんた、うまくやってんの?」


「なんとかね。面白い人たちがいっぱいいて、島生活も思ったほど悪くないよ」


「そう? 周りの人に迷惑かけてなきゃいいんだけど」


 うっ。心が痛い。だが、彼女の心配が的中していることを教えてあげることもないだろう。

 青子は話題を変えた。


「お母さんはお父さんとうまくやってるの? また喧嘩ばっかしてるんじゃないでしょうね?」


 大人になると、親子間において監督する立場が逆転することがある。


「だってあの人、競馬やパチンコにお金使うんだもん」


「もう病気なんだから。今度私からもいっておくね」


「お願いね。私の言うことより娘の言葉の方が聞く耳を持つわ」


「じゃあ、またね」


 青子が電話を切ろうとすると、あ、待って聞こえた。

 嫌な予感。このまま聞こえなかったふりして電話を切ろうか。


「あんた、聞こえないふりでそのまま切ろうとするんじゃないよ!」


 母親にはお見通しである。観念して青子は再び受話器に口元を近づけた。


「なあに?」


 不機嫌な声を露わにする。


「あんた、いい人いるの?」


 やっぱり。耳にタコだ。母親と電話をすると必ず聞かれる常套句。


「ぼちぼちね」


 濁して答えて逃げられる相手ではない。


「お母さん、心配だから手配しておいたから」


「手配って?」


 聞いておきながら、母親が答える前に受話器を遠ざける。

 聞きたくない。受話器を耳に当てないと、と思いながらも耳が勝手にさよならを告げる。


 翌朝、いつものように業務をこなしていると、スーツ姿の長身の男が来店してきた。


「いらっしゃいませ」


 営業マンかな、と青子は思った。


「水田さんですか?」


 男が萌乃に訊ねた。


「水田さんは、あちらの方です」


 萌乃が青子に羨望の眼差しを向ける。

 色男からどんな用件が? と目で訴えてくる。

 そんな目を向けられても、心当たりはないのよ、と青子は言いたい。


「初めまして、谷良平です。私こういう者です」


 長い指で手渡された名刺は、本土にある大手保険会社が記名されていた。


「お母様から話を聞かれていると思いますが、今度お食事会をさせていただく者です。お食事会の前に、少しでも互いのことを知られたらいいなと思って、来ました。お忙しいところ、お仕事中に突撃してすいません」


 落ち着いた声を聞いているだけで、隣の萌乃はとろけそうになっている。

 お母さん、やっぱり仕掛けてたのね。青子は気が遠くなりそうになる。


「わざわざこんな遠いところまでお越しいただきありがとうございます。今は仕事中なので、すいませんがお引き取り願えますでしょうか?」


「失礼しました。お仕事が終わるころにまた迎えに来ます」


 はにかみながら爽やかに出て行った。さすが営業マンだ。


「ちょっと、なんなんですか、今の!」


 萌乃が興奮気味に聞いてくる。


「ううん。多分、今度のお見合い相手」


「えーーーーー!!!!」


「やるじゃない、あんた」


 愛子は青子の横腹を肘でつつき、萌乃は口をパクパクさせている。


「あの、これを届けてほしいんですけど」


 いつのまにか小包を手に持った中年女性が目の前に立っていた。


「すいません、それではこちらの方に・・・・・・」


 一日中、青子は宙に浮いたようにふわふわ動いていた。


「ほら、王子が迎えに来たわよ」


 愛子に背中を押される。


「お疲れ様」


 王子から白い歯がこぼれる。


「お疲れ様です」


「少し、歩こうか」


「はい」


 浜辺に降りて、歩く。

 男の人と夜に浜辺を歩くのは、青子の夢の一つだった。


「お見合いなんて気が進まなかったけど、青子さんが素敵な人でよかった」


「わ、私もです」


 歩調を青子に合わせてくれているのが嬉しかった。」


 ふいに、王子が立ち止まった。


「少しだけ時間とってもいいかな?」


「はい」


 そう言うと、王子はリュックの中からトランペットを取り出した。


「わぁ、トランペット吹けるんですか?」


「昔留学してたんだ。聴いてくれる?」


「はいっ」


 王子は海に向かって美しいメロディーを奏でた。横顔も、優しい音も、キラキラした瞳も全部素敵。

 青子の心は鷲掴みにされた。


 海の上をほとばしるメロディーに詩をつける。頭を空っぽにしてお腹から声を出す。すべて広大な海が受け止めてくれる。


「愛子さん」


「はい」


 王子は真剣な眼差しを愛子に向ける。


「これ、英詩なんだ」


「え?」


 二人の間の沈黙は、海がお安い御用とばかりにそっとかき消してくれた。


「今日は疲れてるのにありがとう。女の子と浜辺を歩くの夢だったんだ」


 青子のアパートまで送ってもらった後、缶コーヒーを渡された。


「日曜日よろしくね」


「はい」


 青子はアパートがもっと遠ければいいのに、と初めて思った。


「なんか、青子さんぼーっとしてますね」


「あいつにもとうとう春が来たか」


 愛子と萌乃がコソコソ話している間、青子は宙を見つめていた。


「青子さん、お見合いいつなんですかね?」


「今度の日曜日に本土であるらしいわよ」


「愛子さん、空いてます?」


 愛子に動揺はなかった。おそらく、待っていたのだろう。


「ええ。あんたは?」


「空けときます」


 二人も付いてくるとはつゆにも知らない青子は、一人ずつ土産のリクエストを聞いて本土に向かった。


 一年ぶり三度目のお見合い。

 今回で、卒業できるかも・・・・・・。


 青子は、期待に胸が膨らんでいた。同じ船に同僚二人が乗り込んでいるとは、夢にも思わない。


 創業百五十年の日本料理の店が、青子のお見合いのステージだった。


「心の準備はできてる?」


 先に着いていた着物姿の両親が、青子に深呼吸を促す。肩に力が入っていたようだ。


「いつもより気合が入っとるようだな」


 着付けをしてメークもばっちり施した青子を見て、父親は満足そうに頷く。


 青子から遅れること十分、引き戸が開いた。

 青子はあえて目線を料理に向ける。

 両親が立つ気配があったので、慌てて青子も着席する。


「お待たせして申し訳ございません」


「とんでもないです」


 青子も両親に倣ってお辞儀をする。

 目の前に谷さんが座る気配があった。


「初めまして、青子さん」


 え? と思い、顔を上げると、スネオヘアーに髪をまとめた唇の血色の悪いガリガリ男が座っていた。


「ギャッ」


「まぁ、この子はなんて声を出すの!」


 青子の反応に顔を引きつらせて反応したのは母親だ。


「青子さん、先日はお付き合いいただきありがとうございます」


 ガリガリ男の隣に王子がいた。


「こちらが、本日の主役の美木靖です」


 頭の中の整理がついていないまま、青子はガリガリ男に自己紹介をするはめになった。


「ヒヨコ島の青空郵便局から参りました、水田青子と申します」


「ボソボソ自己紹介するな。新人らしくハキハキ喋れ」


 父親に発破をかけられても、鎮火した炎は再びつかない。


「すいません、この子緊張しているみたいで」


 母親は苦笑いでフォローを入れる。


「かわいい」


 ガリガリ男にそう言われ、青子は体が震えあがる。


 ふすまの向こうでは、愛子と萌乃が盛り上がっていた。


「あのイケメンじゃなかったんだ、青子さんのお見合い相手」


「ま、青子にあんなイケメンが申し込むわけないか」


「私、彼にアタックしてみようかしら」


「あなた、青子に殺されるわよ」


 放心状態の青子をよそに、展開は進んでいく。


 ご趣味は? 特技は? 好きな食べ物は? 好きなタイプは?


 相手が見えないアンケートのように、青子は機械的にこなしていく。


「青子からも何か質問を」


 と、見かねた母親から催促され、


「楽器は何かされてましたか?」


「楽器かあ。リコーダーなら学生時代少し」


 リ、リコーダー。

 ますます隣のトランペット奏者が輝いて見える。


「そういえば、青子さんは歌がとてもお上手でしたね」


 欲しがっていないボールのパスがトランペット奏者から来て、青子は顔を覆いたくなる。

 穴があったら入りたい。


「今度、カラオケでも行きますか?」


 誰が行くか! 

 青子は心の中でガリガリ男の顔面にボールをぶつけた。


「イケメンは、あのガリガリ男の召使いだったんですね」


 状況をのみこんだ萌乃が愛子に伝える。


「あの青子の顔。相当応えてるわね」


「失礼します」


「あ」


 萌乃と愛子の部屋に注文した料理を運んできた女将さんと目が合い、気まずい会釈をする二人だった。


 せっかくの料理の味が分からない。

 青子は絶望の淵にいた。


「今度デートするならどこがいいかな? 青子さんは島に住んでるから、島巡りとかどう?」


 青子が黙っていると、何を思ったのか王子が口を挟んできた。


「青子さんはあの島で終わるような女性ではございません。こんなに素敵な女性なのに、あんな島にいたのではもったいないですよ。ここは坊ちゃんが都会を案内して差し上げたらどうでしょう」


「ちょっと、あんなこと言ってますよ、あのイケメン」


 女将を愛想笑いでやり過ごした萌乃は、愛子の胸倉をつかんだ。


「痛いってば」


「だって、あんな言い方あります?」


「落ち着きなさいよ」


 興奮状態の萌乃をトーンダウンさせるのに愛子が必死になっていると、怒鳴り声が聞こえてきた。


「島の悪口言う奴は私の目の前からいなくなっておしまい!」


 その場にいた全員、ふすまの向こうの萌乃と愛子も含めて、唖然とした。

 萌乃は息切れをしながら、考えていた。


 こうして啖呵を切った以上、ここにはいられない。


 この後肩身が狭い思いを味わう両親を置いて、青子は飛び出た。


 それを見て、萌乃と愛子も追いかける。


「ほんっとーにすいません」


 残された部屋では、平謝りの両親がいた。


 ガリガリ男は呟いた。


「素敵だ・・・・・・」


「え?」


 青子が帰りの船に乗るとき、後ろから誰かに話しかけられた。


「青子さーん!」


「青子」


 振り向くと、見慣れた顔が二つあった。


「愛子さん! 萌乃!」


「青子さん、ちょーカッコよかったです!」


「張り込んでたの!?」


「人聞きの悪い。心配だったから見守ってたのよ」


「私、スッキリしました!」


 萌乃が生き生きとした顔で言った。


「私もよ」


 青子も、スカッとしていた。


「もうお見合いなんて、こりごり」


「お疲れ様でーす!」


 萌乃に抱き着かれ、青子は身動きが取れなくなった。


「ふふっすっかりなつかれちゃったわね」


「笑ってないで助けてくださいよ!」


 愛子は、二人を見ていつまでも笑っていた。


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