差出人、動物愛護協会
「ヒヨコ島の動物宛の手紙が届いてるんですけど、仕分けどうします?」
仕分け作業をしていた青子が愛子に訊ねる。
「えー? 何々さんちの九官鳥とか、一丁目の野良猫とか、ちゃんと書いてくれないと困るのよね」
手紙を受け取った愛子が面倒くさそうに言った。
「あんた、動物を集めて手紙を読んできてよ」
「えー」
青子の口から落胆の声が漏れる。それもそのはず。窓の外は雪が横殴りで降っている。
「こんなに寒いのに動物たち集まりますかね?」
「つべこべ言ってないで、さっさと行ってらっしゃい」
「はぁい」
ダウンを着て、手袋装着し、呼吸を整えて郵便局を出る。
「待って、忘れ物」
愛子が手紙を持ってきた。
「あ、忘れてた」
「どんくさいわねー」
手紙を握りしめ、町長にお願いしてスピーカーで動物を集めてもらう。
集合場所は小学校の空き教室だ。
場所を提供してくれた学校からは、掃除をするならと許可をもらっていた。
外は歩く人が少ない。
比率で言うと、動物の方が多いくらいだ。
ふわふわの雪で覆われた動物たちが、ぞろぞろと小学校に向かう。
一足先に着いた青子は、窓の外から眺めている。
「あら、元気でした? あら、息子さん? 大きくなったわねぇ」
ゾウに話しかけるハリネズミにアフレコをつける遊びをしてみる。
口調を変えて、後ろのダチョウのひとり言にも挑戦だ。
楽しんでいるうちに、教室に一匹目が到着したようだ。
ドアが開く音がしたので目線を外からドアの外に移すと、キリンが長い首を曲げてドアをくぐるのに苦戦していた。
「大丈夫ですか?」
「いててててて。私は首がヘルニアなんだ」
「それはそれは」
青子がかける言葉に困っていると、次から次にやってきた。
順番に席に着席していく。
後ろから座っていくので、その場でアナウンスする。
「後から来られる方の為に、前から詰めてお座りください」
話をしているうちにドンドン抜かされていったのか、最後のハリネズミがドアを閉めて、一番後ろの席に着席する。
「前が見えないね」
ハリネズミのふてぶてしさは、青子のアフレコの見当違いを表していた。
「すいません、あの方と席を変わってもらえますか?」
一番前のチーターに、勇気を出して声をかけると、快く変わってくれた。
ハリネズミが仏頂面のまま一番前の席に座ると、青子の緊張はピークになった。
は、早く挨拶しなきゃ。そう思っているのに、なかなか第一声が出ない。
動物たちは、青子の言葉が出てくるのを固唾をのんで見守っている。
「ビンタしてやろうか?」
ハリネズミに言われ、青子はようやく、「結構です」と言葉が出てきた。
「ええ、本日は、皆さんお集りいただきありがとうございます。私は、青空郵便局の水田青子と申します。
今回皆さんにお集り頂いたのは、他でもない、このお手紙が、皆さん宛に届いたからです。差出人は、動物愛護協会となっています。私の方から、代読させていただきたいと思います」
差出人の名前を出すと、教室が一気にざわめいた。青子の手紙の封を切る手つきに注目が走り、落ち着き始めた緊張がもとに戻ってくる。今度は動物たちの緊張が青子に伝わってきた。
「ヒヨコ島に棲む動物の皆さん、いつもお世話になっています。動物愛護協会です。私たちはこの度、動物の皆さんの為に、ハッピー島を作りました。ここには、皆さんが天国のような暮らしぶりができる、至れり尽くせりの島です。是非、ヒヨコ島の皆さんにも、移民を検討されてみてください。って、なんじゃこりゃ!」
ヒヨコ島の動物を引き抜きですって!?
青子の心は穏やかではなかった。
「それ、本当に動物愛護協会からの手紙?」
「どれ、私にも見せておくれよ!」
「待って! 勝手に立ち歩かないでください」
手紙を一目見ようと立ち上がろうとする輩を青子は懸命に制止する。
「ハッピー島ってどういうことよ。宗教じゃあるまいし」
青子はちらちら動物たちを見ながら手紙に向かって精一杯毒を吐く。
「ちょっとどんなところか気になるわね」
「バスツアー計画しちゃう?」
「コラー! 私語禁止!」
青子が声を張り上げるものの、動物たちは目の色を輝かせていた。
「ちょっと、何か日にちが書いてあるじゃない。それはなんだい?」
ハリネズミがめざとく見つけて躍起になる。
「えっと、これは・・・・・・」
青子が口ごもっていると、コウモリが飛んできた。
「ちょ、ちょっと」
「ふふっ立ち歩いてはないわよ」
得意げに言うと、コウモリが青子の代わりに読み上げた。
「来たる2月10日に、ハッピー島のバスツアーを決行する」
ワッと教室が沸いた。
青子は教卓でガックリとうなだれた。
「っということで、私も同行することにしました」
郵便局に戻り、青子が愛子に一連の報告をした。
「確かに、それは許せないわね」
「ですよね!?」
人間と動物が共生してこそ、ヒヨコ島だ。
動物たちが皆ハッピー島とやらに移り住んでしまったら、古き良きヒヨコ島ではなくなってしまう。
青子も愛子も、島の色が変わるのを恐れていた。
「でも、同行して何ができるの? ただの青空郵便局の人間がのこのこついていったところで、協会の人間の手口に乗せられてしまうのは止められやしないわよ」
「うっシビアなご意見ありがとうございます」
愛子の意見はごもっともだ。それでも、青子は自分の思いを口にしていた。
「でも、いてもたってもいられないんです」
「あんたもこの島の人間になってきたんだね」
愛子にしみじみ言われ、少し顔が熱くなる。
「お土産よろしくね」
呑気な愛子を羨ましく思いながら、青子は窓の外に見える、真っ青な海からパワーをもらった。
バスツアー当日、船乗り場に青子は一番に着いた。
手紙を読んだ時に集まったメンバーがそろうと、一時間ほど船に揺られた。
「あの島だわ、きっと」
動物たちの声色が明るいのが気になる。
「そうよ、きっとそうよ」
青子の心配をよそに、声が弾んでいく。
「ハート型をしてるんですよ」
後ろから、三十代くらいの女性が声をかけてきた。
「まぁ、可愛い」
ふんっヒヨコ島の方が可愛いわよ。青子は声に出して言いたいところだった。
「どうも、私ヒヨコ島の青空郵便局から参りました、水田青子と申します」
青子は、女性の目の前で行き、張りのある声であいさつをした。
「動物愛護協会の染谷です、本日はよろしくお願いします」
嫌な笑い方だ。それが、青子の染谷に対する第一印象だった。
島に踏み入れると、爽やかな匂いがした。
トイレの中に入った時のような、いかにも人工的な匂いだ。
「ここでは、動物が主役です。あなた方の為に医者がいて、看護師がいて、先生がいて、調理師がいます。一日いると、ここが至れり尽くせりな場所だと十分分かっていただけるでしょう」
動物が期待の目を膨らませる。バスに乗る足取りも軽い。
青子の気持ちはおさまりがつかなかった。何かあらがあるはずだ。
「まず右手に見えますのは、動物パークです。人間でいう、遊園地のようなところです。島に遊園地があるのは、ここハッピー島だけでございます」
染谷は、バスガイドと化して、席に座る動物たちを、有権者のように一匹一匹の顔を見ながら、訴えかけるように話す。
ピンポンが鳴る。誰かが押したのだろう。
「す、すいません。つい・・・・・・」
ペンギンが恥ずかしそうに俯く。
「いいんですよ。降りましょう」
染谷の声で、歓声が上がった。
一時間後に退場門で集合となった。
仲良し同士で散らばっていく。
青子はトボトボ歩くしかなかった。
活気のある遊園地。多くの動物たちでにぎわっていた。
ヒヨコ島の動物たちも、ここにいた方が幸せなのかもしれない。
振り払おうとしても、その考えにたどり着いてしまうのだ。
こんな楽しい場所で、暗い顔して歩いているのは青子くらいだ。
コーヒーカップに目をやると、ゾウの目が回っているのを、キツネが大笑いしている。
先ほど勢い余ってバスのボタンを押したペンギンは、さっそくジェットコースターの列に並んでいる。
こんなに動物がたくさんいるのに、青子はヒヨコ島の動物をすぐに見つけてしまう。
青子にとって、特別な存在になっている証拠だ。
ヒヨコ島には何もない。遊ぶ場所や、食べる場所だって限られている。
でも。
でも、皆を育ててくれたのは、ヒヨコ島なんだよ。
青空郵便局だって、その一部だって、胸を張りたい。
青子は同じアトラクションをいつまでも咲き誇る笑顔で何度も繰り返す動物たちを見ながら、悔しくなってきた。
もう誰の笑顔も見たくない。
青子は誰もいないところまで足を延ばした。
「迷子のお知らせです。ヒヨコ島からお越しの、青空郵便局、水田青子さん19歳。ヒヨコ島の動物代表者の方、迷子センターまでお越しください」
女性が隣でアナウンスを流している間、青子は顔を覆っていた。
青子は何度も止めてくれと言ったのに、聞いてくれなかった。
恥ずかしさで誰にも会いたくない。
気づけば遊園地のほとりまでたどり着いた青子は、方向音痴が出て帰れなくなってしまったのだ。
「水田さん、お迎えが来られましたよ」
指の隙間から窺うと、コウモリが青子を見て笑っていた。
「ふふっドジねぇ」
「ごめんなさい」
青子はコウモリに案内され、無事に皆と合流した。
「あんたのこと心配だから、今度から一緒に行動しよう」
怖い顔のライオンに言われ、ドキドキしながら礼を言う。
「ここでは、食物連鎖を止めることができます」
ビックニュースがバスの中に舞い込んだ。
皆が興味津々だ。青子もその一人だった。
「ここでは、木の実や花の蜜を吸って生きていくことができます」
「でも、何でここの動物たちは筋肉もあって、いい体をしているんですか? バランスの偏った食事をすると、ガタがくるはずですけど」
青子は挙手をして染谷に聞いた。
「必要な栄養は、サプリメントで採れるようになっています。週に一回、集会所で配っていますので、ご安心ください。もちろん、無料でございます」
無料、という言葉に、安堵のため息が漏れる。
「そのサプリメントには安全性が保障されているのでしょうか」
安堵の波を押し返そうと、青子は食い下がる。
「もちろんでございます。私共は、動物愛護協会です。国で認可された薬しか使わないのは当然です」
染谷の態度に、参ったか、と書いてある。
バスは、項垂れる青子をよそに、介護センターや、レストラン、ゴルフ場や温泉街を回った。
そのどれもが、天国と呼ぶのにふさわしい場所だった。
遠足の帰りのように、名残惜しさがバスの中を漂う。
「皆様のご決断に期待しています」
そう行って、染谷は船から降りる動物たちを見送った。
青子は、染谷の方を見るのも、染谷を見て手を振る動物たちを見るのもつらかった。
ヒヨコ島に足を踏み入れると、ああ、帰ってきたなって、ほっとしている自分がいることに、青子は気が付いた。皆はどうなんだろう。どう思っているんだろう。
それぞれの岐路に着く動物の後ろ姿を見ていると、手を伸ばしたくなってくる。
「何やってんだい?」
青子はびっくりして声にならない声を上げた。
自分が一番最後に船を降りたのかと思ったが、後ろにハリネズミがいた。
「化け物でも見たような顔しやがって」
「ご、ごめんなさい。もう帰られたのかと思ってたので」
「俺は友達いないから。あんたと同じ、ひとりぼっちってやつさ」
ひとりぼっち、か。そうか、私、今ひとりぼっちなんだ。
ハリネズミに言われ、青子はその言葉の意味をかみしめる。
「どうしたらみんなを止められますかね?」
ポツリと言った。
「動物愛護協会の人間と同じことすりゃいいんじゃない。あんた、郵便局員だろう?」
そうか。青子の心に光明が差した。
「ありがとうございます、ハリネズミさん!」
翌朝、青子は、メッセージを動物たちに伝えるべく、再度小学校に彼らを集めた。
集まりが悪いなぁ。
さっそくハッピー島に行った動物もいるんだろうな。
ラクダ同士がコソコソ話しているのが聞こえてきた。パンダとクマは、ハッピー島に出発したらしい。
せめて、私の言葉を聞いてからにしてほしかったなぁ。
青子がそう思っていると、パンダとクマが、罰が悪そうに、定刻を過ぎて後ろのドアから入ってきた。
「来てくれたんですね」
「ハリネズミに止められたんで」
パンダとクマの後ろから、ハリネズミがひょっこり顔を覗かせた。
「ハリネズミさん! ありがとうございます」
ハリネズミは、大きな顔をして、当然のように前の席に座るコウモリを押しのけて自分が座った。
全員、いる。
青子は落ち着いて、口を開いた。手紙は用意していない。伝えたいのは二つだけ。
「私は、ヒヨコ島に来てまだ一年もたっていません。でも、このヒヨコ島には、私を助けてくれる人、私にとってとっても大切で、なくてはならない存在が沢山います。この島に、必要じゃない存在なんていません。皆、誰かにとって大切な存在です。皆さんの一人でもかけたら、誰かの笑顔が消えてしまいます。確かに、この島は皆さんにとって、天国とは言い難い場所かもしれません。でも、今の素敵な皆さんを作ったのは、この島です。この島にいたからこそ、困った時にお互い助け合えるような、温かい絆を築けているんじゃないでしょうか」
演説がノッてきた。
「お嬢さんの気持ちはよくわかるんだけど、ヘルニアを治してもらいたいのよねぇ、一刻も早く」
先日から首のヘルニアに悩まされているキリンは、昨日からハッピー島の動物病院の完備体制が忘れられないと訴えてきた。
私一人の力じゃダメだ。
青子は、島の住民一人一人の協力がないと始まらないことを悟った。
郵便局に、ポスターを貼った。
ヒヨコ島の動物が、流出危機。
目を止めて眺めている人には、必ず声をかけるようにした。
地道な青子の努力で、移民は少しずつ食い止められている。
「結局、何を幸せって思うかだよね」
愛子は言った。
「何もない島だからこそ、人と人との絆が強くて、温かいんだけど、その幸せって、なかなかその中にいる時は気づかないものだから。衛生管理も行き届いて、娯楽施設もあるところで、お一人様でらくーに暮らせるって、お手軽な幸せ目の前にぶら下げられたら、ハッピー島に行っちゃうよね」
青子は、愛子の言葉をポスターに付け加えた。
一人でも多くの人の心に届きますように。
一匹でも多くの動物が、ここに残ってくれますように。
青子は一文字一文字に心を入れた。