表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

有効期限

「だいぶ老けたな」


「こっちの台詞よ!! ずいぶん化粧が濃くなったじゃない」


 第一声にせき込みながらも、青子は応戦した。


「青子になって、どう?」


「なあに? ゆっくりお茶でもしに来たの?」


 厚化粧の妖精を、いぶかしむ。


「魚が美味しそうなところだから、ご馳走になろうと思ってね」


 たまたま冷蔵庫に刺身があったので、島の自慢の刺身を、妖精にもてなしてあげた。


「美味しい!! 想像以上ね!!」


「ここに住むとか言わないでよね」


 青子はしっかりと釘をさしておいた。


「ご用が済んだらお帰りください」


「いけずじゃのー」


「じゃのー!? さすがにそんなに年食ってないでしょ?」


 妖精は嬉しそうににんまりと笑った。


 妖精は手首を青子に押し付けてきた。見ると、キランと光るものがある。腕時計だ。


「妖精ウォッチ?」


 青子は今子どもの間で大流行中のアニメがよぎった。


「それをいうなら人間ウォッチやろ。妖精のわしが時計をしとるんじゃから」


「どうでもいいけど、さっきからわざとらしいそのババくさい言葉遣いやめてよね」


「お前さんも油断するとみのりっぽい話口調になっとるだ」


 お互いが自分を失っていた。


 携帯電話が鳴る。電話に出ると、愛子からだった。


「あんた、今何時だと思ってんの?」


 時計を見ると、始業時間を回っていた。


「大変申し訳ございません、すぐ参ります!!」


 愛子のおかげで青子を取り戻した。

 妖精に構っている場合じゃない。そのことを、青子として伝えた。


「つまんないの。じゃあ、帰りを待ってるね」


「出てって!!」


 みのりが顔を覗かせる。

 青子ははっとして、深呼吸を心掛ける。


「あなたは何のご用件でいらしたのですか?」


「この時計を見て」


 妖精は真剣な顔で言った。


「もうすぐ十時でしょう?」


「うん」


「十時のおやつちょうだい?」


 青子は、ずっこけて妖精をつまみ、窓から外に放り投げた。


 窓を叩いて妖精は何か言っていたが、今度こそ構っている暇はない。

 慌てて郵便局に出勤し、愛子と萌乃に平謝りした。


 接客中、胸がドキリとした。窓の外から妖精が口をパクパク動かしているのが見えたのだ。


 何考えてんのかしら。お客様の世間話も右耳から左耳に抜けていく。


 一人暮らしの老人は話が長い。ようやく話が切れたすきに、青子は外に出た。


 だが、そこにあいつの姿はなかった。


「どうしたの? あんたさっきから様子が変よ」


 愛子も外に出てきた。


「すいません」


「仕事なんだからちゃんとしてよ? で、萌乃どこ行った? 頼みたいことあんのに」


「そういえば全然見てないですね。見つけたらすぐにお伝えします」


 そんなことを言っていると、裏から何かが落ちた音がした。


「萌乃?」


 郵便局の裏手で、萌乃が突っ立っていた。下にはじょうろが落ちている。


 青子は嫌な予感がした。


「もしかして、ちっこいのに何かされた?」


「私を君のペットにしない?って、今なんか蝶みたいな何か変なのに」


「蝶じゃなくて、妖精!」


「わっバカ!!!」


 花壇の裏から、ひょっこりと妖精が姿を現した。


「青子さんのペットだったんですか?」


「まさか、誰がこんなんをペットに」


「すごーい!! 私妖精見るの初めて」


「一枚三十円で写真撮ってもよいぞ」


「よいぞ、だって。かーわいいー!」


 スマホを取りに行こうとする萌乃を、愛子がたしなめる。


「仕事中でしょ」


「もー愛子さんは頭固いんだから! ま、でも青子さんのペットなら、いつでも撮れるわね」


「だから、私のペットじゃないんだって!」


「喧嘩はそのへんにしな? お客が見てるよ」


 三人は、ハッとして振り向いた。大根とネギを抱えてこちらを不審な顔つきで見ている主婦に、妖精を隠しながら慌てて笑顔を送る。


「いらっしゃいませー♡」


 いそいそと店内に入る愛子と萌乃。青子も行こうとして、妖精の方を振り向いた。


「お願いだから早く帰って」


「あんたも一緒に帰るよ」


「何で私が」」


「これ」


 また腕時計を青子に押し付けてきた。


「何?」


 青子は苛立ちを押さえながら聞いた。


「あの時からもう一周回ってる。だから、もうみのりに戻らないと」


「!?」


 青子は絶句するしかなかった。薄々そんな時が来るのではないかと思っていたが、こんなに突然くるものなのか。心の準備ができていない。そしてなにより、戻りたくない。青子のままがいい。もちろん、両親には会いたい。だけど、全てをなげうったとしても、青子から離れることは考えられない。


「断るよ。だからもう帰って?」


「じゃあ、みのりのカードを作ることになるけど、いいのかい?」


「ええと、つまり、誰かがみのりになるってことね?」


「そう」


 誰かが自分になる。ムズムズして、気味が悪い。

 だが、そもそも自分はもうみのりではなく、青子なのだ。


「いいよ」


「もし、今日が人生最後の時間でも?」


「?」


「あんた、人生八十年と漠然と思い込んでるかもしれんが、明日交通事故で命を失うかもしらん、今気づかないだけで病魔が忍び寄っとるかもしらん。それでも、みのりに戻ることなく青子のままこの世から旅立つか?」


 妖精の言葉は、見た目と相応の重さでずしりと青子のこころにのしかかってきた。

 青子の迷いを察したのか、妖精は釘を刺した。


「人生は選択の連続。限られた時間の中で、誰と過ごし、何をするか選択しなければならん。自分が残された時間がどれくらいあるのか、誰にも分らんからこそ、その選択には責任が伴うんじゃよ?」


 青子は黙って頷いた。


「よし。もしまた逃げたくなっても、青子として人生を全うするんじゃ」


 再び頷く。少し眼がしらに熱いものがこみ上げてきた。


 妖精は、ニヤリと笑った。目元にしわが広がったのを見て、青子は彼女が自分に会いに来ることはもうないだろうと思った。このことは、自分が年を取って、いよいよあの世を旅立つぞというときに、子どもや孫を枕元に集めて、話そう。それまでは、誰にも言えない秘密だ。 



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ