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厚化粧の妖精

雷雨がひどい夜をあかし、朝に目が覚めると、隣に妖精がいた。


妖精は、みのりと同じくらいの子どもに見えた。


妖精なんているわけない、と思っていたみのりは、それが珍しい虫かと思い、バン、と叩こうとしたが、そいつはふらりと宙を舞った。


「危なかったー」


 虫がしゃべったことに驚いて口をパクパクさせていると、彼女にジロリと睨まれた。


「ウチのこと、虫だとでも思ったんでしょ?」


「違うの?」


 みのりは彼女に近づく。

 よく見ると、ピンクのドレスを着ていた。

 髪はオレンジで、目は赤みがかっていた。


「違うにきまってんでしょー!」


「え? 妖精?」


 絵本で見たことのある妖精に似ていた。


「やっとわかった?」


 妖精が飛ぶたびに、キラキラの粉が舞う。つい見とれてしまった。


「ジロジロ見ないでよ」


 妖精が恥ずかしそうに両手でお尻を隠す。


「ごめんなさい」


「甘いもの持ってきて。お腹すいた」


「はい」


 みのりは冷蔵庫からドーナツを持ってきた。


「美味しい」


 ドーナツの穴に入り、幸せそうにかぶりつく。


「あなたはどこから来たの?」


「それは言えない。でも、1つだけ教えてあげる。ウチが来たってことは、キミの世界が今日からファンタジーになったって証拠だよ」


「ファンタジーって、ピーターパンとか?」


「そ、コーヒー持ってきて」


 人使いの荒い妖精だ。みのりは言われるがまま、両親の目を盗んでコーヒーを淹れる。


「この時計で時間を早めてよ」


 妖精がみのりの腕に巻き付けた時計のボタンを押したら、長い針が10分進んだ。


 もうコーヒーが出来ていた。


「この時計、時間を自由自在に操れるの?」


 コーヒーを部屋に持っていき、みのりは妖精に訊ねた。


「そ。キミは魔法が使えるんだよ?」


「もしかして、私に魔法を使わせて、あなたの召使いにする気?」


「あちっ。人聞きが悪いね。ウチは召使いを探してるわけじゃございません」


「じゃあ、あれだ! 私に敵を倒させるとか?」


「そんなことも求めてないよ」


「でも、何もしなくていいことないよね? あなたが私の目の前に来たのは、何か意味があるんでしょ?」


「なんか、小学生と話している気がしないわね」


 妖精がひとり言のように言った。


「キミは、目撃者になってもらう」


「簡単そうなお仕事ね」


 みのりは拍子抜けだった。


「それくらいならやってもいいよ」


 本心だった。みのりは今年から不登校だったから、時間なら気が遠くなるほどある。

 適役を倒すとか、労力を使うことはできないけど、見るだけならなんとか、と安請け合いした。


「仕事内容を詳しく説明しよう。キミは、当たり前だけどキミしか体験してないね?」


「うん、とーぜん」


「だから、キミの人生の主人公は、キミなんだ。だけど、キミから見た何でもない人たちにとったら、彼らが彼らの人生の主人公だよね? 分かる?」


「うん」


「だから、キミには彼らの主演舞台の目撃者になってもらいたいんだ。言わなくても分かるだろうけど、他の同世代の皆は学校がある。でも、キミは不登校中で時間があるだろう? だからキミのところにきたんだ。ちなみに、一人の舞台を見終えたら鑑賞ポイントが一つつく。見終えるっていうのは、正しい表現じゃないな。その役になって舞台に立つっていう方がいいかな? ま、それでポイントが十個貯まったら、好きな舞台に立てることができるのよ」


「ずっと鑑賞する方でいいよ」


「ま、そう言ってられるのも今のうちよ」


 妖精が、にやりと笑う。


「どうでもいいけど、私はキミじゃない。みのりよ」


「失礼。ウチはヨーグル。長い付き合いになるけど、よろしくね」


 細い手を差し出され、くすぐったいのを我慢して握手する。


「誰の舞台を見ればいいの?」


「それは、カードが提示してくれるわ」


 妖精が、指をパチンと鳴らした。

 すると、カードが一枚現れた。

 タロットカードのようなものだ。

 カードの裏は綺麗なファンタジックな模様が描かれている。

 表には、人の写真が写っていた。


「誰?」


「ピアニストを目指している女の子」


 映画館上映の直前のように、周りが真っ暗になった。

 目の前には、お揃いのふりふりのワンピースを着た女の子二人がいた。

 髪型も背丈も一緒。すぐに双子だと分かった。

 ピアノを連弾していた。


 小さいころは差もつかず、母親も同じように褒めていた。

 だが、少しずつ成長するにつれ、上達に差が出てきた。


 ピアノにおいて、いつも妹の方が先生から褒められ、コンクールでも結果を残すようになった。


 姉の中に名前がまだないモヤモヤが胸の中に生まれた。

 姉から見れば、先生は、心なしか自分よりも妹の方を熱心に指導しているように見えた。

 母の期待も、妹の方に比重が重いことは子どもながらに感じていた。


 差は埋まるどころか、開いていく一方だった。

 中学生になり、練習をさぼるようになった。友達と遊ぶ方が楽しいからだ。

 姉が練習をさぼっても、母は特に怒ったりはしなかった。

 妹さえしっかりしていれば問題ないという雰囲気だった。

 自分はもう諦められている。ピアノを弾かない代わりに勉強に力を入れるわけでもなく、無気力な状態が続いた。


 ピアノを弾かない自分に価値はないんだ。

 姉は、いつしかそう思うようになっていた。

 ピアノを弾かなければ認められない自分。


 遊び歩く私を見ながら、母が妹に、「あんな風にはなりんさんな」と言っているのが聞こえてしまった時には、妹までもが憎しみの対象になった。


 嫉妬心もあり、妹と会話することもなくなっていった。

 学校ですれ違っても、目も合わさなかった。


 みのりは、叫びたいたいのに、金縛りのようにその場から動けなかった。

 あなたはあなたのままでとってもステキなんだよって、教えてあげたい。

 ピアノを弾かなければ価値がないなんて、そんなひどいこと誰も思ってないのに。

 姉の悲しい気持ちがダイレクトに伝わってくる。みのりは今、完全に姉なのだ。


 すると、映画の上映が終わったかのように、周りが明るくなった。


「え? 終わり?」


「続きはこっちのカードを」


 妖精がパチンと指をならし出てきたカードは、同じ顔だ。


「もしかして、妹さん?」


「そ。妹のいくでー!」


 あたりが暗くなった。


 また幼少時代に戻っていた。

 しかし、今度は妹目線になっている。


 姉と楽しく連弾している。姉になった時と同じ、楽しい気持ちでいっぱいだ。


 なんか最近、姉の態度が少しずつ変わってきたような気がする。気のせいかな?

 同じように練習してるのに、どうしてあいつだけうまくなるの。

 教室で友達に愚痴っているのを、偶然耳にしてしまう。


 ああ、気のせいじゃなかった。姉は自分を疎ましく思っている。そして距離を置いているんだ。


 もう、自分にはピアノしかない。

 お母さんや先生からの期待は、自分に集中されているのは分かっていた。

 プレッシャーに応えなきゃ。ピアノをやらなくなったら、お母さんから見捨てられる。


 あれだけ姉から冷たくされて、傷ついていたはずなのに、いつの間にか平気になった。

 むしろ、ピアノから逃げて、お母さんや先生から見捨てられてる姉とは違う。高校生になるころには、

 姉のことを見下すようになった。


「あんな風にはなりんさんな」

 母の言葉が追い風になった。


 国立音楽大学を、妹は当然のように目指していた。母と先生が相談して決めた妹の志望校。

 学校でドッジボール大会があった。

 高校生でありながらも、小学生のように皆手加減なしで戦った。

 ボールを避けるよりもキャッチしよう、と主将が言った。

 妹は、キャッチするときに人差し指がぐにゃりと曲がったのを感じた。

 すぐに保健室に行った。

 周りの子たちは、妹が国立音楽大学を目指して死ぬ物狂いで練習しているのを知っているから、すごく心配してくれた。


「大したことないよ、心配しないで」


 ただの突き指であることを願った。だが、帰って人差し指に包帯を巻かれているのを見た母親が、病院に連れて行くと言い始めた。

 しぶしぶ行くと、レントゲンを見た医者から、腱が切れており、ピアノを第一線でやっていくのは難しいと言われた。


 それだけを目指して、人生で膨大な時間を費やしてきた妹にとって、とても受け入れられるものではなかった。


 神様から、死ねって言われている気分だった。

 生きなくていいよ、お疲れ様。


 これだけを信じてやってきたのに。練習もせずに遊び歩いてる姉と同列に落ちてしまう。


 今まで自分は、何のためにピアノを弾いてきたのだろうか。


 両親も、先生も、落ち込んだはずだ。だが、妹の前では、気丈に振る舞ってくれた。

 抜け殻状態になって、一日の大半をベットで過ごすようになった妹を見て、両親は自殺を心配して何度も部屋にやってきた。


 ベットからカーテン越しに空を見上げる。

 日が昇り、青空いっぱいの後夕焼けが広がってあっけなく落ちていく。


 ピアノの音が聞こえる。窓は開けていたが、それは中から聞こえているのだと分かった。

 姉だ。今、この家でピアノを弾けるのは彼女だけだ。

 何年ぶりに弾いているのだろう。とっくの前に辞めてから、一度も弾いていないはずなのに。

 姉の出すピアノの音は、こもりがちだったはずなのに。綺麗な発色をしている。姉は自分のタッチを忘れてしまったのだろうか。自分も姉のように自分のタッチを忘れてしまうのだろうか。姉は、何を私に言いたがってるんだろうか。分からないのに、涙が出てきた。声を押し殺して、泣いた。


 何日たっただろうか。学校の友達も代わる代わる来てくれたが、同じ屋根の下に住む姉が、初めて妹の部屋にやってきた。何年かぶりにまじまじと姉の顔を見た。


 妹が何も言ってないのに、姉はベットに座った。目線の高さがそろった。


「正直、ざまあみろって思った。あんたさえいなければって、ずっと思ってた」


 ショックはなかった。やっと言ったか、と思ったくらいだ。


「あんたがこうなったからって、励ますつもりはないよ」


「分かってる」


 何を、言いたいのだこの人は。


「ってゆうか、もう何もできないし。私、族に入ることにしたの」


 族、という言葉が、暴走族を意味すると分かるまで、時間がかかった。


「ああ」


 その言葉の重さと、言葉の重さは比例しなかった。現実感が持てなかったのだ。


「たぶん、もう帰らない」


 これが、姉妹最後の会話ということか。

 家族に見捨てられた姉は、自分を認めてくれたところにいくのだ。それが悪であっても。そうしないと生きていけないのかと思うと、気の毒になった。妹である自分の責任でもあるのだ。


「ごめんね」


「それはいらない。あんたは見捨てられないようにしなよ」


 核心を突かれた気がして、ドキリとした。

 ピアノを弾かなくなった自分が、両親から、そして周りから受け入れられるのか、ずっと不安だったということに、ようやくこの子は気づけたのだ、と妹になったみのりは思ったのだ。


 妹は、姉が出て行ってから、姉があの時弾いていたのが、あの連弾の曲だったとようやく気が付いて、また涙がでた。


 ピアニストになる、という夢は断たれた。だが、妹は調律師を目指して専門学校に入った。

 両親や先生は応援してくれた。両親は、別の夢を見つけてくれた娘に安堵したようだ。

 先生も、なんとか面子を保てたようにみえる。

 言葉よりも、ピアノの音は多くを伝えてくれる。人を動かしてくれる。そう信じて。


 姉はピアノが嫌いだったわけではない。好きだったからこそ、許せなかったのだ。

 凍てついた心を包む音を追求しよう。


 姉妹が大好きだったからこそ、好きでい続けたい。好きでい続ける自分を好きでい続けたい。


 誰に気づかれなくてもいい。分かってもらえなくてもいい。自分だけが分かっていればいい。


 妹から離れて、みのりはまるで自分の心が強くなった気がした。


 何かの衝動が抑えられずにいる。具体的に自分がどうしたいのかは分からない。

 この衝動の名前はなんだろうか。


「疲れてるみたいね。今日はもう休んだ方がいいわ」


 みのりがふとんをかけて眠ると、当然のように、妖精も隣ですやすやと寝息を立て始めた。


 一週間、そんな日々が続いた。

 一人体験すると、疲れ切ってしまうのだ。

 自分の人生よりも、疲れていた。


 十人目は、都会の高校生の女の子だった。


 うざい、死ねなどは、家庭の外を出ても、使っていた。

 自分の中のモヤモヤを、全てその言葉で片付けていた。


 小さい頃はいじめられっ子で殴られたりけられたりしていた。

 いつの間にか、汚い言葉で相手を罵るようになった。そうするのがこの子の生きる道だった。


 自分の名前をからかって、バカ子と呼んできた同級生の女の子に、いつものように、死ね、と言った。


 その言葉の重みも分からずに。


 本人にとって、自分を守るためのただの二文字に過ぎなかったが、その子にとってはそうではなかった。


 翌朝、彼女は学校を休んだ。

 担任の先生が、慌ただしく教室を出入りする。


 先生の口から、自殺と出てきたときには、教室の空気が固まった。

 彼女が自殺をした、というときに、自分が死ねと言ったからだ、と分かったのは、遺書が出てきてからだ。

 愚かなことに、それまで気づかなかったのだ。それほど自然に言ってはいけない言葉を口にしていたのだ。


 自殺をした同級生の両親がうちにやってきた。

 心臓が早くなる。


 親から「二階に上がってなさい」と言われた。


 彼らが帰った後も、両親の様子は変わらなかった。恐ろしくて何も聞けなかった。


 それから二週間ほどで、転校することになった。もう、この町にはいられない、というわけだ。


 だが、そんな噂は引っ越したところでまとわりついてくる。


 就職は、自立をし、島で生きることにした。


 青空郵便局。


 就職できるとしたら、そこしかない。


 内定をもらったとき、どこか両親はほっとしているように見えた。


 水田青子。彼女から離脱したみのりは、妖精に、青子になりたいとお願いした。


 妖精は、長い呪文を唱えて、気づくとみのりは、水田青子になって、島に向けて出発するところだった。


 それ以来、妖精とは会っていない。


 あの時化粧っけのなかった妖精が、今、厚化粧になって、青子のベッドで眠っていたのだ。




 

 

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