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透明マントをかけられて

 ひょんなことから、青子はテレビ番組に出ることになった。ローカルではなく、全国版である。

 しかも、ロケ先のインタビューなどではなく、トーク番組でゲストとして呼ばれた。


 小さいころから、一度でいいからテレビに出てみたかった。

 素人が、テーマに沿って、恋愛話をする企画をネットで見つけ、軽い気持ちで応募してみた。


 見知らぬ番号から電話がかかってきたときは、青子はすっかりテレビ番組に応募したことは忘れていた。

 日々郵便局に忙殺されていた。


 電話に出たのがテレビ局のスタッフで、しかも当選を告げる連絡だったので、電話を持つ手が震え、ケータイを落としそうになった。


 指定された日にちは、有休を取った。

 かねてからの夢が叶ったことを愛子と萌乃に打ち明けると、二人とも同じ笑みを浮かべながら、肘で青子をつついてきた。


「ご迷惑おかけします」


 というと、


「そのまま芸能人になっちゃったりして」


 と愛子に言われ、満更でもない顔をしたのを萌乃に突かれた。


 上京すると、自分がミニチュア人形になったようだった。

 大きなビルがひしめき合い、青子を囲んでいる。


 数分ごとにくる電車。ヒヨコ島の船は三十分に一度だ。

 何もかもがヒヨコ島とは違った。

 歩く人の格好も、歩くスピードも。

 ヒヨコ島ではスマホを見ながら歩く人はいない。

 青子はスマホのナビに苛立ちながら、駅から一時間かけてようやくテレビ局までたどり着いた。


 受付の人に、ハガキを見せる。

 電話の後に、当日の案内が来たハガキ。

 爪をゴージャスに塗りたくったけだるい受付嬢は、不愛想に関係者の名札を渡してきた。


 待合室は三階のB3と書いてある。三階まではなんとか行けたが、自力ではここまでだ。うろうろしていると、見たことある芸能人と何人かすれ違った。あまりの美しさに、息を呑む。芸能人ってこんなにきれいなんだ、と、名前も分からない芸能人に心浮きたっていた。


「関係者以外、立ち入り禁止ですよ」


 青子が芸能人を見る視線に危険を感じたマネージャーが、一旦通り過ぎた後で声をかけてきた。


「すいません、青空郵便局から参りました、水田青子と申します。本日は恋愛トークバラエティー、恋のフーガさんに出席するため、参りました」


「ああ、そうだったの」


 自己紹介するほどでもない、と思ったのか、マネージャーはそっけなかった。


「あの、私今迷子なので、もしよろしければ、B3という待合室の場所を教えていただけませんか?」


「見せて」


 青子が手に持っていたハガキを見せる。ハガキの裏面に載っている地図を見て、ふんふんと頷き始めた。


「あっちの方だね。そんじゃ、気を付けて」


 ええ、それだけ?


 青子はポカンとしてマネージャーの後ろ姿に頭を下げた。


 ヒヨコ島なら目的地まで一緒に歩いて案内をしてくれる。

 慣れない対応に衝撃を受けつつ、あっちの方に向かってとぼとぼ歩く。


 つきあたりを右に曲がると、大部屋の前に番組名が書かれた看板が立っていた。


「こ、こんにちは」


 挨拶は基本だ。青子は部屋に入るなり、大きな声で挨拶をした。

 一斉に振り向いた女の子たちを見て、キャバクラ嬢の楽屋かと思った。

 ニコッと笑いかける人懐っこい女の子はいなかった。それどころか、白けた空気が楽屋に広がっていく。 どうやら青子が場違いな対応をしたようだ。

 青子は思い出した。

 そういえば、お笑い芸人が、トーク番組は戦争だって言ってたな。

 仲良しこよしじゃダメなんだ。

 

 ああ。なんて意気込みできてしまったんだろう。あわよくば友達を作りたいだなんて。自分の能天気さを呪いたい。


 しゅんと落ち込み、端っこに座る。

 スタッフが、青子たちを呼びに来た。


 スタジオに通される。

 照明の眩しさに、目の前のカメラとスタッフの多さに、青子は圧倒された。

 青子は三列目に並ばされた。

 両隣は、個性的な顔立ちをした女の子たちだった。

 個性派に正統派がサンドイッチする形かしら。


 有名なお笑いモンスターの司会者が取り巻きに囲まれながら颯爽と登場する。

 オーラ、というものを初めて肌で感じた。


 目と鼻の先に芸能人がいるなんて、信じらんない!


 アジさん! ヒヨコ島から参りました、水田青子と申します!


 心の中で台詞を飛ばした。本番で噛まないよう、この挨拶は何度も練習してきた。


 スタッフの合図で、本番が始まった。


 お笑いモンスタ―は関西弁で怒涛の勢いで素人の城に突撃してくる。

 着ているはずの煌びやかな衣装が脱がされ、はめていないはずのマウスピースがとれる感覚。

 初めての感覚。


 いつ、カメラに抜かれているのだろう。いつでも自分に向けられている気がして、笑顔を絶やすことができない。

 頬が痛くなってきた。緊張でうまく笑えない。自宅で、ソファの上で寝転がってぼーっと見ている時には笑えるのだろうが、この戦場では笑えない。


 隣の女の子が好みのようだ。モンスターは、高嶺の花のような扱いでおもちゃのようにリアクションをとっている。


「隣の粉かけババアは?」


 隣の隣の席の女の子に青子は目線を送った。

 彼女と目が合った。彼女だけでなく、皆の視線が青子に注がれていることに気づき、驚いた。

 何かしゃべらなきゃ、と思った時、歯茎が乾いてなかなか口が動かない。


「お前のことや!」


「え?」


 青子はモンスターから有名な妖怪のあだ名をもらい、動揺して挨拶を忘れてしまった。


「粉かけババアは、どんなやつと付き合ってきたん?」


 どうやら粉かけババアとして今日はやっていくようだ。


「粉かけジジイ、ですかね」


 ちょっとボケてみた。ヒヨコ島をピーアールするため、インパクトを残さねば、と思った。


「そんなんいらんねん」


 一蹴されて、別の子に話が移った。


 興味を失われてしまった。

 チャンスだったのに。

 もう一度来るかどうか分からないチャンス。


 モンスターは両手を叩いて喜んでいる。

 青子がバネになってほかの子が跳ねたらしい。


 女の子たちも手を叩いて喜んでいる。

 私も同じようにしなきゃ。

 一人だけブスッとしていたら、青子だけ感じが悪い。


 だが、手に力が入らなかった。

 うまく笑えない。


 これまでどうやって笑ってたっけ?

 お客様からお手紙を預かるとき、ちょっとした世間話をするとき、いつもありがとうって、島でとれたはっさくや甘いみかんをもらうとき。それを愛子や萌乃と食べるとき。どんな顔してたっけ。


 思い出して笑おうとしても、できなかった。


 チャンスを待っているだけじゃダメ。

 自分から掴みにいかなきゃ。


 話に乗れる波を探す。まだだ。まだ。・・・・・・いまだ!


「それはあなたが大仏に見えたからでは?」


 大ヒンシュクを買った。


 だが、モンスターは青子に話を振ってくれた。

 青子はやっと透明マントを脱げた。


 青子の表情にも色がついてきた。


 サーフボードを見つけられるかどうかは自分自身だ。誰も探しちゃくれない。


 青子はサーフボードに立ち上がる。大きな波がやってきた。


「私の恋人は、ヒヨコ島です」


 モンスターは匙を投げた。だが、本当に呆れているわけではない。呆れたふりだ。青子は波の上で立ち上がった。


 溺れた人を見下ろしながら、波の乗り方を教えた。

 もがきながら、どうにかサーフボードにしがみつく女の子たち。


 小さい頃からの夢。テレビに出ること。

 それは、ここにいる皆も同じだろう。


 そう思うと、彼女らの透明マントをめくらずにはいられなかった。


 今日が最高の一日になりますように。

 ここにいる皆にとって。


 この時、青子はヒヨコ島からあったかい気持ちをもらったことを思い知った。

 


  





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