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9.制服の袖

 いつものように、バラエティー要素を多く含むニュース番組を見ながら、焼き目のないパンと野菜ジュースを食べる。

 いつもコンビニ弁当のなつきが、唯一、口にする野菜成分の一つだ。

 天気予報のお姉さんがオーバーリアクションで話す。

『今日の天気は晴れ! お洗濯ものがよく乾きますね!』

 お姉さんの言う通り、窓に目をやれば憎いくらいに輝く太陽と澄んだ青空。でも、気温は1桁。冬の寒さは健在だ。

 オーバーリアクションのお姉さんが画面からいなくなると同時に、なつきもコップに残った野菜ジュースを飲みほし、席を立つ。

 いつもならこの時間は、寝癖まみれの頭でコタツに顔まで潜りウトウトしながら、テレビを見ているが、今日は、女の子の家に行って一緒に登校するという使命がある。

 こんな青春じみた朝は、<普通の>男子高校生なら発狂物だ。

 無論、発狂はしないものの、なつきにも、多少の緊張感があった。

 いつものシンプルな紺色のマフラーで首元を覆い、台所に居心地が悪そうに置かれていたゴミ袋を片手に玄関に向かった。

(あ、テレビ消してない)

 玄関にゴミ袋を置いて方向転換。

 リビングには、天気予報を伝えていたお姉さんがオーバーリアクションで占いを伝えていた。

『8月生まれのあなた! ごめんなさい。 今日は最悪の一日になるかも……他人に気を使うと吉!』

 なつきは、何にでも理屈や理由を求めた。

 それは、曖昧でざっくりとしたものではなく、根拠があり、証明できるもの。

 お化け、UFOなんて信じたことがない。もちろん、占いなんて興味がなかった。

 こんなひねくれた性格は環境のせいだろう。

 なつきの両親がなつきの存在に理由を求めたときと同じように。


 テレビも消さずに、曇りガラスの付いた黒色のドアに向かう。

 ドアを開けると中は、勉強机とベットとゴミ箱にコタツ付きのテーブルのみというつまらない部屋。でも、なつきは全く困ってはいない。

 勉強机の引き出しを開け、中から白い四角形のものが入った袋を開け、中を取り出す。

 ごみ箱に捨てられた袋には『張らないホッカイロ 2枚入り!』と書かれていた。

 依然として消されていないテレビからはお姉さんの声が聞こえている。

『あったかさを分け合うとなおよし! それじゃ今日も一日頑張りましょう!』


 なつきは、占いには興味がない。


    ***


 田んぼに囲まれた道を歩く。まだ、早い時間だというのに、お年寄りの夫婦が散歩をしていて、軽くあいさつを交わす。

 車の通りも少なく、すれ違うのは野良猫か登校する中学生。

 なつきは、初めて通る道と地図アプリを何度も見ながら一歩一歩慎重に歩む。アスファルトの道が、ボロボロのつり橋のようにきしむ。

 一歩でも踏み間違えれば落下――そんな緊張感がなつきに寄り添っていた。

 だけども、命綱は付いている。手に握られた音楽を再生することしか行ってこなかったスマホの地図アプリ。

 耳につけたイヤホンから聞こえる機械的な声の指示に従いながら進んだらゴールは目の前だった。

 周りの風景に合わない洋風な2階建ての家。淡い黄色の壁にかかる表札には<宮内>の文字があった。

 いざ、チャイムを鳴らそうと手を伸ばした時――

「ママ! 髪ボサボサ! なつきくん、来ちゃう!」

 ドタバタと走る音と雪の叫び声。

 少しチャイムを鳴らすのをためらったがボタンを押す。

 軽快なチャイムの音と同時、扉を開く音が聞こえる。

 そして、綺麗に整えられた黒髪にクリーム色のマフラーを付け、息を切らした雪が出てきた。

「なつきくんだよね? おはよう!」

「よう、おはよ」

 後から出てくるのはスーツで身を包みニヤニヤと笑う雪の母の姿。

「あら、あなたがなつきくん? 雪をよろしくね」

「あ、お預かりします」

(お預かりしますってなんだよ!)

 語彙力がないというか、言葉足らずというか、なつきはそんな自分にツッコミを入れる。

「もぉ! ママは、いいから! いってきます!」

 雪に勢いよく絞められたドアは大きく音を立てて、変な緊張感に変わる。

「寝坊しなかった?」

「少し、したかな」

 雪は、頭に手を当てながら小さく笑う。

「じゃ、行くか」

「うん、行こっか」

 玄関前で他愛のない話もほどほどにして、なつきは、足を一歩踏み出した。

「あ、待って!」

 なつきは、両サイドのポケットに手を入れ、体ごと振り返る。

「どうしたの?」

 恥ずかしそうにする雪の姿はなんだか幼く見えた。

「袖……袖、掴まなきゃ……歩けない」

 うつむき気味に、小さく言われた言葉を理解するのは少し時間がかかった。


 初めて歩く静かな道を顔だけ赤くした少年と少女が並んでいる。その姿を、上から照らしあげる憎らしい太陽がつぶやいた。

『あったかさを分け合うとなおよし!』

 顔にあたるまだまだ冷たい風が、熱を帯びた顔にはちょうどいい。

 どうやら、温かさはホッカイロではなかったようだ。


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