刈宮鮮花の話をしよう~日本にて~
シャロン、前世の話です。
友人視点にて。
刈宮鮮花の話をしよう。
傍若無人で規格外、殺しても死にそうになかったくせに、あっけなく命を散らした私の親友の話をしよう。
✿✿✿
私と彼女の、出会いは二十年近く前。小学生だったときのこと。
――一年生、緊張しながら入った教室、そこで初めて見たクラスメイト達。今でもとてもよく覚えている。そこに、彼女もいたのだから。
最初の印象は強烈。思ったことは一つだけ。
なんて綺麗な女の子だろうか。
それだけが頭に浮かんで、目が引きつけられた。
漆黒の髪は長くさらさらと風にそよいで、白い肌はなめらかな曲線を描き、黒曜石の瞳はこぼれそうに大きく、桜色の唇は可愛らしく引き締まって。
そんな完璧と言えるような、人形みたいな美少女が、彼女だった。
そして一緒の学校で、同じ教室で過ごすうちに、彼女のすごさは見た目だけではないことも、私は知ることになる。
勉学も運動も、芸術も人間関係も。
何もかもが誰よりも秀でていたのだ、その頃から。
それはもう周りが神童扱いするほどに。
ああ、この子は私などのような平凡な人間とは住む世界が違うんだろうと、私が幼いながらに悟ってしまうくらいに。
だからそのころ、周りが彼女に群がる中、一人距離を置いていたのだ、私は。
二年、三年。四年、五年、六年と。
学年が上がってクラスが変わって、彼女とはクラスが離れてしまって、同じになることはなかった。それもあって私は遠くから、完璧少女な『刈宮鮮花』をまるでテレビの中の登場人物か何かのように他人事として、一歩離れたところで見ていた。
だから、このころ彼女が、私を認識していたのかどうか、私は知らない。
いやまあ、彼女の事だから知ってはいたのだろうけれど、背景の一つとして成り下がっていたのだろうと考えている。……直接聞いたことはないけれど。
なぜ聞かないか?
そんなこと聞いたら彼女は絶対美麗すぎるどや顔で「ふっ。当り前じゃない」とでもいうからだ。その「当り前」が、知っていたという事なのか背景だったという事なのかまではわからないが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
兎にも角にも、小学校までの私と彼女はそんな感じで、まかり間違っても「友達」だなんて関係ではなかった。
私はあの頃、ただただ彼女を眉目秀麗・成績優秀・スポーツ万能な淑女の鏡のごときスーパー美少女だと思っていたのだから。
まあそんなイメージは、私たちが中学校に上がった時に、木端微塵に粉砕されることになったんだけど。
……そう、あれは忘れもしない、中一の夏だった。
若気の至りというものはだれしもあるものだろうと今なら思うが、まあ私の場合もそれだったのだろう。
ぶっちゃけ私、虐められていた。
上級生のグループに、何が気に入らなかったんだか知らないけれども目をつけられて、事あるごとにネチネチネチネチと陰湿な嫌がらせを受けていた。
はっきり言ってうざかった。
だがしかし、学生の上下関係を舐めてはいけない。こちらは新入生、相手は上級生。学生ヒエラルキーというものは微妙かつ絶妙な人間関係のファクターであって下手に刺激してはいけない暗黙の了解が存在するのである。
だから私は耐えた。
黙って虐めを甘んじて受け、孤立を許し、耐えて堪えて堪え忍び……
裏でボケ共の虐めの証拠集めに励んでいた。
は? 泣き寝入り?
そんなものするわけがない。言い逃れができないほどの決定的な証拠を突き付けて断罪するにきまっている。
堪えていたのは、表面上だ。
ボケ共は私が何の力も持たない弱い下級生と思ってアホをどんどんやらかしてくれた。
ボケすぎて大変同情に値する上級生であった。
のちに友人に聞いたところによると、その頃の私はそれはそれは爽やかに黒いオーラを発散していたという。
……まあ、それはいいとして。
そんな時だ、私と彼女が、かかわりを持ったのは。
――その日、その時。私は教室で本日の証拠を集め終えて断罪の日を指折り数えてほくそ笑んでいた。夕刻だった。教室には誰もいなかった。
いない、はずだった。
けれど。
――そこに、彼女は現れて、私に声をかけてきたのだ。
「なにをしてるの」、と。
間近で聞いた彼女の声は鈴を転がすような、それでいてどこか凛々しい美声だった。
美少女は声まで美しい。
そんなとッちらかったことを考えるほど、その瞬間私は動揺していた。
やばい、と。品行方正、淑女の鏡。そんな刈宮鮮花に黒オーラ全開の私の所業など見せたら美少女に悪影響が出てしまう。
いや、私がしようとしていることを知ったら、お姫様の如く「話し合えばわかるよ」などとふざけたことを抜かすやもしれない。
それはいただけない。
私は必死で表情を取り繕い、本日の証拠品を隠そうとした。
まあ、このお優しい世界を生きている完璧少女には、こんな低俗極まりないものなどそもそも理解できないだろうとも思ったけれど。
――が。
だが、しかし。
次の瞬間私が見たものは。
「杉原さん、阿呆の躾っていうのは二度と逆らわないように徹底的にやるものだよ?」
たいへん下衆い笑顔だった。
誰だこいつは。
私が混乱したことは言うまでもないだろう。
しかし、そんな私を気にも留めずに、下衆わらいを湛えたまま彼女は続けた。
「杉原さんがいじめを受けてたのは知っていたけど、めげず堪えず自分で着々と報復の計画を練っているのも知っていたから、放っておいたんだけどね? ふふふ、断罪で終わりなんて生ぬるいでしょう。……知ってる? この学校って一見平穏だけど、影でそう言う阿呆やらかしてる人って多いんだよね……」
まあ、証拠は全部握ってるけど?
そう言う彼女はゲスイながらもどこまでも天使の笑顔だった。
私は未だ硬直が解けないまま、彼女のエンジェルスマイルを凝視する。
「――ねえ、杉原さん」
そうして彼女は満面の笑みで私に語り掛け。
「ボケ共を一網打尽に教育しない?」
あなたとだったらいい仕事ができると思うんだ☆
そう言う彼女は、とてもとても、楽しそうだった。
とてもとても、躊躇いがなかった。
私は……
鮮花曰く、大変イイ笑顔で、当然の如くその手を取った。
……え? その後?
まあ、アレだ。うん、我が中学校に美貌の女帝が爆誕した。
それだけだ。
いや、治安はよくなった、うん。虐めなどというものはなくなったし。先輩方はみなさん品行方正に生まれ変わって勉学に励み、ハイレベルな高校に進学して行かれた。
いい仕事をしたと思う。
そんでもって私は周囲公認の鮮花の親友の座におさまった。どうしてこうなったのかはよくわからないが多分性格が根本的に似ていたんだろう。鮮花も言っていた。同類の臭いがしたから本性を明かしたのだと。
喜べばいいのか泣けばいいのかわからない。
まあ、ともかく。
そんなこんなで小学時代の完璧少女のイメージを完膚なきまでにたたき壊してくれた美少女は、私の親友になった。
いや、下衆いは下衆かったけれども、完璧美少女ぶりに変わりは見えなかったのだが。
小学生のころから分厚い猫でその本性を隠していたとしってドン引きしたのは別の話だ。
そして。
私は鮮花の一番近くにいて、一番親しかったがゆえに、彼女の巻き起こす規格外で突拍子も常識もない事件に強制参加させられた。
とりあえず、刈宮鮮花という人物は普通じゃなかったことをここに告白しておく。
だってだ。
「あ、電話だ」といって出た瞬間、彼女は耳慣れない言語でぺらっぺら喋りはじめたりするのだ。
驚愕して凝視し、電話が終わった後に誰だったのかと聞いたら「今のは石油王だね」と何でもないように返してきた。
なぜ石油王に知り合いがいるんだ一介の中学生が。
そのほかにも電話の相手は多岐にわたり、アメリカの富豪から英国の貴族まで様々だった。
もちろん鮮花の操る言語も多岐にわたった。
なんだお前は。
何処で知り合った。何処で覚えてきた。何がどうしてプライベートナンバーまで教えあって談笑しているんだ。
ていうか、ここにカミングアウトしておくが、鮮花には家族と言える家族がいなかった。
どうも薄命な一族だったようで、父方も母方も近しい者はいなかったそうなのだ。それは、小学生のころから。
それを聞かされた時にはさすがに私も気を使ったが、どうにもどこかに引き取られたとかごたごたがあったとかいう影は感じられず、ならばどうやって生きてきたんだと問えば、返ってきたのはくだんのエンジェルスマイルだった。
「子供だろうとも、周りを上手に使えば生きていけるものなんだよ?」
それからすぐだった、彼女が巷で「神」と呼ばれる株の相場師であったことを知ったのは。
いつからだ、お前何時から株でもうけていた。よくよく聞けばそこらの金持ちより断然彼女の懐は潤っていた。
私は彼女へ感じた同情をきれいさっぱり忘れることにした。
その後も同じ高校へ進学したはいいが相変わらず女帝として君臨する鮮花。何をトチ狂ったか無謀にも鮮花を虐めようと奮闘した女性徒も居たけれどもさんざん弄られたうえで返り討ちにあっていた。
あれは見事な返り討ちだった。
それでどうしてあの時の女生徒が鮮花の信者になったかはわからないけど。
……そう、信者だ。
刈宮鮮花には、膨大な数の信者が存在していた。
鮮花は華麗にその存在を無視していたけど。
こう……鮮花を神と崇め奉って信仰している非常に不気味極まりない集団だった。まったくよくわからない宗教だった。なんだ、鮮花を信仰して何か加護とかあるのか。恩恵があるのか。
鮮花に笑顔で足蹴にされて喜んでいるものが多かった辺り、ただのドMの集団だったともいえるかもしれないけど。
ちなみに彼らを『刈宮信者』と命名したのは私である。
鮮花が丸投げにするものだから、群がる信者を整理していたのは私だ。お蔭さまで「大司教」の地位を賜ってしまったくらいだ。
何も嬉しくなかった。
そんな騒動は大学を経て社会に出ても当然続いた。
というか、鮮花はぶっちゃけ自分の会社を持っていた。高校生のころから。何も間違っていない、高校生のころから彼女は社長だった。
世界的大企業の。
消しゴムから墓石まで何でも扱っている販売会社だった。
ちなみに社員はもれなく信者だった。
株をつづけながら女社長の椅子に座り、人材を育てながら富豪や他企業の社長の相談に片手間に乗る。
これ以上何を望むのかという順風満帆だが、貪欲を地で行く彼女は社長の身でありながら新入社員として就職もしていた。
色んな意味で『刈宮鮮花』は有名すぎるので髪をひっつめ眼鏡をかけて、変装しながら。それでも、嬉々として。
なるほどやはり彼女は常識と仲良くできないんだろう。
私はそう納得したことにして、出勤時間が被っていたことから途中までどうでもいいことを話しながら同道する……。それが日常になっていた、最近だった。
それが壊れたのは、何でもないとある日の事だったけれど。
いつものように朝少し話して分かれ、出勤して。
唐突に震えだした携帯に、どこか嫌な予感を覚え。
そして彼女の、訃報を聞く。
――一瞬、いやしばらくの間、電話で告げられたことが理解できなかった。
鮮花が死んだ。階段から、落ちて。
そんな馬鹿な。
そんな、馬鹿な。
信じられない、そんなことばかりが頭を支配して。
……鮮花には家族がいない。そして一番親しい友達は私だったから、彼女の葬儀は私が取り仕切ることになった。
……彼女の、葬儀。
それはそれは、ぶっ飛んでいたことをここに記しておこう。
ああ鮮花、貴方は死んでまで規格外でなければいられないのか。
そんな葬儀だった。
とりあえず、世界中から参列者が集まって信者が集まって交通規制が入ってニュースになって彼女の訃報が世間の話題をさらってテレビが入って芸能人が悔やみを述べて首相から手紙が来て大統領から電話が入った。
そして二次災害として、鮮花が今までアドバイスをしていたらしい会社が次々と潰れて大混乱になった。
それも世界中で。
鮮花の経営していた企業は彼女の教育がしっかりしていたためか難なく持ちこたえていたのはさすがというべきだろうけれど。
……鮮花。
本当に、とことん傍若無人で規格外だった。
彼女が亡くなって数年がたった今も、刈宮信者は健在で、彼女の命日になると社会人も学生も政治家も集団ボイコットが各地で起こって彼女の冥福を祈っているという。
なんだろう、このままでは彼女の命日が国民の休日になりそうな勢いだ。
常識はいずこに去って行ったのだろうか。
まったく。
存在が大きすぎて、何年たっても薄れやしない、彼女は。
仕方ないから、私は本を書くことにした。
刈宮鮮花の伝記である。
……これは、売れると確信している。
まあ、これで私が儲けたとしても彼女はきっと憤慨することもなくあの下衆い笑顔で「売り上げをよくするにはタイミングと売り込み方が大切なんだよ?」と一緒に作戦を練ってきそうだけど。
まあいい。
執筆を始めよう。彼女のエピソードは語り尽くせない。
一番近くで一番長く、彼女を見てきた、私だから。
――さあ、刈宮鮮花の、話をしよう。
前世もシャロンは常識とは縁がなかった。
そして友人も黒かった。