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公爵令嬢の寄り道  作者: 月圭
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在りし日のこと

国王様が子供の頃のお話。

とある日の思い出。


 勉強が、俺は嫌いなわけじゃない。自分の立場くらいはわかっているんだ、これでも。


 ――メイソード国第一王子、アレクシオ・メイソード。


 それが俺の名前と肩書きだからな。判ってる。理解してるさ、それくらいは。……けどな?


 息抜きというのは人間に必要なことだと思うんだ。そうだろ? 人生肩ひじ張ってばっかじゃあそっくり返って倒れるだろ。だからな、俺はそうならないためにもだな、時々はこうして気を抜くことにしているわけだ。俺は何も間違っていない。


 まあやってることは授業からの脱走だけど。


 いやでもあれだ、これはこれで周りの気配を察知する訓練になってるしだな、別にまったく意味がないというわけでも……


「……兄さん、それは屁理屈というものです」


 俺の内心の言葉だったはずなのに、どうしてだろう、そんな声が聞こえてきた。しまった声に出していたか。まあいい。


「クラウ」


 俺は下の方からあきれ顔で俺を見上げる弟に目を向けた。そう、下の方だ。しかもわりと距離がある。――なんでか? 俺の現在地が木の上だから。


 うん、木の上だ。城で一番でかい木の、太い枝の上に俺は寝っ転がっている。風がとても気持ちがいい。俺のお気に入りの場所だ。


「お前も来たのか? 一緒に登るか?」

「兄さん、みんながまた血眼で探し回ってましたよ。いい加減にしてください」


 こいつ俺の言葉完全に無視しやがった。本当に真面目だな、クラウは。……けど、


「でもお前、聞かれてもここのこと教えてねえんだろ?」


 そういう意味で、クラウは俺の共犯である。今まで何度もクラウにはこうして見つかっているのに、いまだ大人は誰も来てねえのがその証拠。その上でこれ以上の騒ぎになる前に戻れと忠告しにきてくれたんだろう。そういう奴だ、クラウは。


 にんまりすれば、クラウはちょっとだけ目を見開いて、ふいっと顔を背けた。


「……王太子が木登りが趣味だなんて、彼らが聞けば説教じゃすみそうにないですからね。とばっちりは、ごめんです」


 言葉はつんとしているが、耳がうっすら赤い。まったく、俺の可愛い弟は素直じゃないな。いじりすぎたら拗ねるから突っ込まねえけど。


 俺は木の向こうに広がる場所に、目を移す。


「いいじゃねえか木登りくらい。毎日城に缶詰めでさ、息がつまるよ。知ってるか? この木からは城下が一望できるんだ」


 それを見るのは、俺はすごく好きだ。


 城からももちろん見えるが、巨大すぎるそこから見る景色は美しくも遠すぎる。城壁近くのこの木のほうが、よほど街を、人を近くに感じられる。


「勉強だけじゃわかんねえこともあるだろう? 俺は外の、ちゃんと生きてる国民を、知りたいんだよ。けど父上は俺たちを城から出したがらねえし、せめてみるくらいは、いいじゃねえか」


 な、と笑顔を向ける。無邪気さ百パーセントだ。


 ――が。


「はい、もっともらしいこと言っても見逃しませんからね。護衛の目を盗んで時折町で遊んでることは知っていますからね」


 ばれてたか。


「ばれてますよ。そんな言葉づかいを一体どこで覚えたのかと皆さん頭抱えてましたからね」


 心読みやがったこいつ。今度こそ声に出してなかったぞ俺は。以心伝心か。


 でもまあ、うん。言葉遣いな。はい、城下の友達と遊んでてうつりました、あたってます。うちの弟マジ鋭い。けどあれだな、この様子だとクラウ、そのことも黙っててくれてるみたいだな。……うちの弟マジ可愛い。


 別に、さっき言ったことも、本心だけどな。


 教師は調子のいいことばっか言ってきたりするけど、国はきれいごとじゃ成り立たないだろう。魔物もいる、問題も起こる、災害も起こる。犯罪者は一見きれいなこの国にも後を絶たない。それを憂い嘆く民がいる。貧困にあえぎ暴力におびえる誰かが、いるのだ。それは、この城から、報告書という紙ぺらを眺めてるだけではわからないことだ。


 ……綺麗な飾られたものばかりを見ても、判らないことなんだ。


 けれどそんな俺の思いを、周りはやんわりと否定して、俺の目に覆いをかけてしまう。それは、庇護だろうか。その面もあるのだろう。でも。だけど、きっと、それだけじゃない。


 知らなくていいと思われている。知らないままでいろと、彼らのぬるい笑顔は言っている。


 ぬるく笑うばかりの彼らに、俺の言葉も届かない。


 ――けど、届かないなら、勝手に動くまでだ。


 まあ、さすがに王都から、勝手に出れはしねえけどな。


「兄さん? 本当に、そろそろ戻らないと後がひどいですよ」


 クラウが再度、俺に呼び掛ける。左手下にはクラウが俺を見上げ、右手下には城下町が広がる。うん、戻った方がいいよな、本当は。バックレてから割と経ってるし。実際、普段ならここで帰っている。


 けど、今日はなんだかその気になれなくて、むくむく湧き出す冒険心が、


「よし! 今から二人で城下行こう!」


 そう俺に叫ばせた。クラウが目を剥く。


「僕の話聞いてましたか!?」


 聞こえてる。


 でも、聞かねえ。まだなんかクラウ叫んでるけど。大丈夫大丈夫、城下は道を選べば治安いいから。俺が剣の稽古着のまま消えたのを、同じくそのままさがしに来たんだろう俺たちの服装はいつもよりも質素だし、いけるいける。そうと決めたら実行だな! クラウは祝初脱走(強制)だ!


「行くぞ、クラウ!」

「はぁ!? いや、だから、うわっ!?」


 声かけとともに魔術発動。これでも俺は優秀な王太子だぜ? 余裕で風の浮遊魔術。で、クラウを浮かせて、城壁を一気に飛び越えよう!


「兄さん!? 駄目ですってば、やめてください!」

「あっはっは、楽しみだなあ~」

「人の話を聞け!?」


 聞こえない聞こえない。後のこと? うん、誤魔化す手段ならいくらでもある。俺の得意技だ、心配などない。さあ楽しい城下巡りにしゅつげ……


 瞬間。


「――おやめなさいませアレク様」


 鋭くも氷点下な声が、突き刺さった。城壁を飛び越える寸前だったが、思わず魔術が解ける。クラウが落下する。悲鳴が上がる。


 冷気が増した……。


「クラウ様、ご無事ですか? ……アレク様、降りていらっしゃいませ」


 ぐぎぎぎ、とぎこちなく振り返ると、冷気の主は微笑を湛えてそう言った。


 一瞬で降りた。今までで一番の早業だったと思う。


「ア、リ、ス……」


 俺は恐る恐る、少女の名を呼ぶ。


 ――アリス・エバンシア。エバンシア侯爵家の長女で、俺とクラウの幼馴染の少女だ。城に来てたらしい。


 ……そうだった、ここの場所は、俺たち幼馴染はみんな知ってるんだった。だから分かったんだ、脱走した俺がここにいると。そんで多分クラウがいることも分かってたんだろう。


 そうだ、アリスがいるなら……


「クラウ様、大丈夫ですか? 今魔術をおかけいたしますから」


 やっぱりだ。クラウを介抱しているのはやっぱり俺たちの幼馴染、アイシャ・ローゼン伯爵令嬢。


 俺たち四人はみんな同年代で、親同士のつながりも深い。昔から、それこそしたったらずな幼児のころからの、付き合いだ。気心が知れていてなんでも言い合える、そんな仲で……


 そんな仲であることが心底憎いっ!


「アレク様? いったい何をなさっておいででしたのかしら? 皆様にご迷惑をおかけして、クラウ様に無理を言って、自覚というものはおありですの?」


 うふふふ、と笑うアリスの背後に夜叉が見えるッ!?


 寒ッ! 怖ッ! ちょ、助けてクラウ!


「ありがとうアイシャ……」

「いいえ、これぐらいのことなんでもありません。でも念のためにお医者様に見ていただいたほうがよろしいですわ」


 やべえ、無理だった。世界が隔絶されていた。


 クラウとアイシャでそんなふわふわした会話が繰り広げられている脇でこっちはブリザード!

アレクシオ様(・・・・・・)?」

「はいいいいい!」


 ……それから、三十分ほど。こんこんと。それはもう、懇切丁寧に、アリスに王族の何たるかを説教された。


 笑顔で。でも凍える声音で。

 マジごめんなさい。次はばれないようにやります。


「アレク様?」


 やべ、心読まれた!? こいつも以心伝心か!


「まったく……。いつまでたってもアレク様はお変わりになりませんのね」


 違った。声は雪解けの気配がしていた。危なかった……。


「本当に心配ばかりかけて。周りのこともお考え下さいませ」


 いやホントにな。けどなー、こればっかりはなー。


「……貴方の悪い癖ですわよ? 一人で勝手な行動をするのは」


 うーん。判っちゃいるんだけどな。でも、勝手に動かなきゃなんも自由にできなくなるからなー。そうふてくされる俺に、アリスは言った。


「……『一人でするな』と、私は申し上げていますのよ? すこしは人をお頼りください。その理由に納得さえすれば、味方ぐらいして差し上げますわ、私たち」


 ねえ、と、彼女は振り返る。その言葉に驚いて、俺はその視線を追った。――その先に居たのは、クラウとアイシャ。


 向けられたそれに、クラウはむっつりと、アイシャはにっこりと。……それでも彼らは、頷いた。


 ――一人?


 ……ああ。そうだ。俺は確かに、いつもひとりで勝手に動いて、そのたびに怒られてきた。


 一人で。


 ……そっか。アリスに怒られて、思った。やっぱり否定するのか、と。……説明もしていないくせに。


 そうだよな。


 王族の自覚。それがあるならきちんと、周りの理解と味方を勝ち取れと。


 思いつきもしなかった。いや、思いついても自分で否定していた。


 理解されないと、思っていたから。


 ――それはクラウやアリスたちに対してさえも。


 アリスはにやりと笑った。悪戯っぽく、けれどもやや悪ぶって。


「私も、民の暮らしに興味は尽きませんのよ?」


 本では知りえないことを学べるから。


 ――そうでしょうと、アリスは言った。ああ、見透かされている。


「……敵わねえな、まったく」


 笑う。


 俺が笑えば、アリスも笑って、やがてクラウとアイシャも笑い出した。それからすぐに侍従に見つかって、果てしなくしかられたけど、でも。



 この日のことを、俺は忘れない。











アレクが十歳ぐらい。

アリスは一歳年上。姉さん女房です。

クラウは一歳年下で九才、アイシャはクラウと同い年くらいをイメージしてます。


こんな日もあった、在りし日の四人の幼馴染たち。


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