非日常
本日雨天なり。
澄み切った青空は灰色に染まり、やがて泣き出した空の涙が俺の服をぬらしていく。
今日は、仕事がないということだ。
与えられた部屋へ急ぎ足で戻る。濡れた服なぞ見られたら、誰かに心配されるに違いない。最近変な噂も立っていることだし、十分な警戒が必要だ。…城の女達にチヤホヤされているだけなのだが。
長い廊下の終わりにぽつんとひとつ現れる、緑のドア。俺が二日前から住み始めた部屋だ。前にいた部屋は見える景色の良さから先日改装され、ガラス張りの応接室になったようだ。(姫の要望だったらしい。)この間見に行った時は既にガラスの淵にそうようにしてプランターが置かれ、色鮮やかな花々がその美しさを競っていた。俺の仕事も、直に増えるだろう。
そういうわけで今俺は、ただひとつ空いていた少し広い部屋に住んでいる。
金色の禿げたドアノブに手をかけ、中に入れば内側から鍵を閉める。万一のために資料や上司の手紙などは金庫の中で厳重管理しているが、作業を見られたりしたらひとたまりもない。その点で言えば、広範囲で窓から内部が見えた前の部屋よりはこちらのほうが居心地がいい。
だが、帰ってすぐに作業を始めるわけではない。
重い園芸用品を部屋の隅にほおると、純白のシーツに身を投げる。
そうすれば、下から明るい声が響いた。
「おかえりー!」
ちっ、またおまえか。心の中で小さく呟きながらベッドの下を確認する。突然床板の一つが動いたかと思うと、ガタンと音を立ててそこに穴が出現した。そこからひょっこりと顔を出すのは、この城の姫である少女。名前はスェラ。
「…ただいま。今日もサボったのか」
「うん、今日雨が降るってナンシー…あ、侍女の子ね、が言ってたから、どうしてもおかえりって言いたくて!」
「…ふぅ」
そう、彼女が俺をここの部屋に指定したのは、この部屋の秘密、すなわち上と下が繋がっているという事実を知っていたから。公にできない交流であるからこそ作戦は大事よ、と彼女は笑っていた。ちなみに今、下の部屋はスェラの自室となっている。
だから俺達は、こうして秘密であっているのだ。
「今日はね、ティータイムの時、アタシが好きだっていう王子が来たの。告白されたけどあっさり断っちゃった。だって附子なんだもの」
そうやってその日のことを報告するのが、スェラの日課になりつつあった。楽しそうな声音がその唇から漏れ出す度に俺の無機質な一日も彩られていくような気がしてならないのだった。もっとあんたの地位が上がったら、アタシあんたのこともらっちゃおうかしら。そう言う彼女を見るたびに俺に残された少しばかりの良心が波打ち、傷ついていくことを、俺はすでに自覚していたのだ。
「…シアン?」
「…む。」
少しばかり体を離れていた意識を再度取り戻し、彼女の話に耳を傾ける。
「あんた、最近ぼーっとしてばかりね。大丈夫?アタシと出会ってからかしらね、これ。迷惑かな?」
はっとして頭を振る。とんでもない、悪いのは俺だ。
「…そう?ならいいんだけど。」
そう、俺もそれでいい。
なんとなくの関係だけで満足しておけ、俺。
「…あんたのそういうところ、大好きよ」
スェラは少しだけ微笑むと、一通り話し終わったようで穴から下へ戻っていく。
…大好きよ。
反則だ、そんな言葉。
俺は敵なのに、それなのにお前はそれを知らずに俺と関わってくる。胸が痛い。
雨の自室降りしきっていた空は、すっかり泣き止んでいた。
…to be continued
執筆速度が遅く、申し訳ありません。
見ている方は、いないと思うんですがね。(笑)