繋がり
現れたのはドレスに身を包む、俗に言う「姫」だった。
ブラウンの髪にサファイアの瞳。いえばかなりの美少女だが、今はそれが問題なのではない。何故こいつがここにいる。
「ねぇ」
十歩ほどで立ち止まり、姫は口を開いた。
得体の知れない庭師にも話しかけるのか、こいつ。お姫様にも抜けているところはあるのか。
彼女は振り返り、澄んだ青の瞳で俺を睨んで、思いもよらぬことを口にした。
「ここどこ」
「は?」
ここどこ、とは。つまり、ここがどこだかわかっていないのか。
自分の家の庭ではないのか?
もしかして、記憶などをなくしてしまっているのか?
「ねぇ」
あまりにも不可解なコメントに、俺は唖然としていた。
「ねえってば!きいてんの!?」
「あぁ…」
「あぁじゃないわよ!もう!」
それにしても随分と口の悪い姫だ。
この国のたった一人の跡継ぎ候補だが、まさか行儀もなっていないうるさい女だとは。
「姫さま。戯れもほどほどにしろ」
「はぁ?アタシをパパと一緒にしないで!?アタシは姫じゃないわ!」
そうかそうか。大変うるさい。
…………………え?
「パパったらひどいのよ…!アタシはただ好きなことをしたいだけなのに、アブナイだのケガするだのもう行くなだの、
何をやってるか知ろうともしないで頭ごなしに決めつけて、話も聞こうとしないのよ!!アタシはもう姫じゃない、ここから抜け出して、自由になるの!」
目に涙をためて、自分の権利を主張するそいつの姿はもう姫ではなく、一人の少女として俺に認識されていたことを、そのときわかっていただろうか。そのまま泣き崩れるそいつを見ていたら、俺の中の何かがプチリと切れた。
「…落ち着け。まずお前に、三つのことを聞く」
「…へ?」
「ひとつ。俺はお前を姫とは見ない。従って敬語は使わない。いいか?」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
「…ええ」
「ふたつ。お前はここが自分の城の庭だと知らないのか?」
「うん」
「みっつ。お前は一度城にもどれ。そして、嫌になったらいつでもここに来い。いいな?」
俺がそういえば、そいつは止まりかけていた涙を再度流しながら、胸元に飛び込んできた。
ささやかなぬくもりが体を満たし、満足感が神経を駆け巡る。とりあえずそいつが気を軽くしたなら、俺はそれでよかった。
「そういえば」
不意にそいつは口を開いた。
「アタシはローレン国の一応第一王女、スェラ=ドゥ=ローレン。あんたは?」
「…シアン」
「シアン…いい名前。ありがと、教えてくれて。また来るわ!」
ちいさく微笑んだスェラは立ち上がり、一度振り返ると、城の方へ走り去る。
その日はかなり調子が狂い、得た情報はほんの少しになっていた。
…To be continued