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フラワーモア  作者: イエスジー
2/4

第二幕~最悪の…~

【第二幕前~柄忌荒罪~】 



 僕ら、柄忌深林の話をしよう。

 言ってしまえば殺人の集団だ。

 そこに思想はない。思惑もない。思慮もない。

 なんとも最低な集団だ

 ただ殺せと言われれば殺さなければならないのだから。

 なぜなら僕らはそういうものだから。

 ただし、職業的殺人者でもないんだよ。

 根底にあるものが殺人への欲求だけだからね。

 僕らは人を殺さなければおれない、とても臆病なムシケラなんだよ。


 何故かって?

 だって人って怖いじゃないか。

 蟲をプチリと殺すだろう?

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い………


 人の断末の声、人の臓腑と血の温さ、物言わぬ冷たい冷たい屍――

 あぁ、これで今日も安眠ができるね。



【第二幕前・了】




 殺していい命なんてない




 男は不運に見回れた。

「おじさん。おじさん」

 軽く声を掛けられたと思うと、ふいに殴られて彼は地面に倒れ伏した。

「!?」

 そのまま組み敷かれて身動きが取れなくなった。

 というよりも突然のことに全身に力が入らなかった。

 彼は空手の有段者だったが、そんなことは頭の片隅に追いやられて、思い出すこともできない。

 ただ、恐怖で頭の中はいっぱいになっていた。

「おじさん。金くれ金」

 およそ要求するにはあまりに不遜な声がする。

 彼を組み敷いている男だった。

「恵まれない少年にさ。慈悲を頂戴よ」

「ゲハハハ。シンちゃんもう少年じゃないしょ?」

「うるせー。いつまでも少年の心を忘れねーんだ。俺は」

「カカカ、下の毛ボーボーにして何言ってんのさ」

 男たちは無慈悲に彼の上で語り合っていた。

 (最悪だ)

 ここに来て、彼はようやく己の不運を実感した。

 (なんでこんな目に・・・)

 いつもの帰り道でいつもの時間に帰っているだけ。

 昨日と変わらない今日のはずだったのに。

 たまたま街灯が一つ消えていて、たまたま人通りがなくて、たまたま男達がたむろしていただけで。

 彼にとってはごく当たり前の日常を過ごしていただけで、落ち度など何一つなかった。

 こんな事態を想像などできるわけもなかった。

 本当に運が悪かったというだけだった。

「もうめんどくさいから財布とっちゃえよ」

「だなぁ」

「おっさん。抵抗すんなよー」

 緊張感のかけらもない声で男たちは彼に告げた。

 組み伏されたまま懐をまさぐられる。

 彼はもう抵抗する気すらなかった。

 都合よく正義の味方が現れたり、警察が来ることなど期待していなかった。

 そんなことはないのだと十分理解していた。

 ただ、早く金を捕って消えてほしかった。

 必死に妻子のことを考えて怯える心を落ち着かせた。

 殺されるのはもちろん重い怪我をすることだって嫌だった。

 まだ娘は小さいのだ。

 妻は働いたことがないのだ。

 家のローンだってまだだいぶある。

 自分が働けなくなるだけで妻子は路頭に迷ってしまうだろう。

「おっ、財布あったわ」

「いくら入ってんの?」

「あー、まってな…んー暗くて見えねーけどあんまり入ってねーなー」

 ガヤガヤと男たちが騒いでいる。

「早くしろよ。流石に誰か来んぞ」

「わかってるよ」

 財布の中から数枚の紙幣を抜き出しながら男は声を荒げていた。

 (…これで終わる)

 彼は場違いながら安堵した。

 少なくとも殺されることはないと思ったからだ。

 しかし、

「おい、ちゃんとそのおっさん殺しとけよ」

「おぅ!」

 瞬間、彼は頭部に強い衝撃を受けて地面に顔面をぶつけていた。

 (えっ?)

 痛みよりもあまりの出来事に疑問符が彼の頭を支配する。

 (金…殺……えっ?)

 飛びそうな意識は、しかしその疑問の嵐のおかげでなんとか保たれていた。

「おっ、ピクピクしてっけど、まだ生きてるよ」

「シンちゃん。もうこの金属バットダメだよ。一撃必殺できね~よ」

「うーん、新品に買い替えるかぁ。さすがに三人目でナヨったかね?頭蓋骨って固いんだなぁ。やっぱ」

 男たちは口々にどうでもいいことのように話していた。

 殺人を犯そうとしている人間とはとても思えない。

「ッ!!!……ッ!!!!!!」

 彼はここに来てようやっと逃げようともがいた。声を出すことすら忘れてただ這った。

 幸い、というか、金属バットで殴るためだろう、彼はもう拘束されていなかったのだ。

「………っ!!!!!……っ!!!!!!!」

 渾身の力を込めて這おうとする。

 だが、

「おっ、逃げようとしてんじゃん」

「おらっ、さっさとやっちまえよ。そのバットでも後一発入れれば死ぬって」

「おぅ」

 あくまでも軽い声が耳に届く。

 (………最悪!タスケテ!……勘弁して!!…最低だ!…何をした!ナニあぁ!………あぁ……アぁッッッ!!!!)

 半狂乱になっている頭の中を、呪いの言葉や命乞いの叫びも含めたさまざまな感情が支配して冷静な判断ができない。それでも、次に来るであろう痛みに彼は体を強張らせて頭を抱えた。

「っ…………」

 しかし、何時までたっても痛みも衝撃もこなかった。

 代わりに、ベチャっと生暖かい液体が頭部に落ちてきた。

 (…?)

 意味がわからずに恐る恐る上を仰ぎ見る。

 殴打されたためか、少しボヤけた視界に映ったのは真っ暗な空と、

「なんだ?なん──」

 人の形をしたシルエットが頭を砕かれた光景だった。

「おいおいお───」

「えっ?あ、シンち───」

「えっ?えっ?───」

 次々と、人影は頭を砕かれて動かなくなっていた。

「?……」

「182…183…184、と」

 四人の男が倒れたのと同時に、暗闇の奥から声がして、彼はそちらへと視線を向けた。

「うん。だいぶんうまくなったな」

 暗闇から現れたのは少年のようだった。

 おそらくは学生だろう。ブレザーにスラックスというようないで立ち、ただ、頭には何かゴーグルのようなものを取り付けていた

 (……助かっ……た?)

 何がなんだかわからないが、命拾いをしたのだと彼は思った。

 ありえない正義の味方の登場に強張っていた心が弛緩する。

 それとともに、打ち据えられた頭がひどく痛みだした。

「あっ…痛っ……」

 殴打されたであろう箇所を抑えながら、さきほど颯爽と現れた少年に目を向ける。

 情けないことに腰が抜けているようで立つことができなかった。

 (救急車を、呼んでもらおう)

 幾分か冷静になった頭でそう思う。

 少年は、倒れた男達の方にしゃがんで何かをしているようだったが、彼は構わずに声をかけた。

 異常なことは続いているはずなのだが、それでも救われた安堵感がそういった猜疑心を薄めていた。

「君…助けてくれてありがとう…すまないが……」

 そこで、ようやく彼はあることに気づいた。

 少年の手には明らかに銃らしきものが握られていることに。

 (……えっ?)

 モデルガンだろうと、普段の彼なら気にもしなかっただろう。

 しかし、今夜死ぬ目にあったせいか、今日の彼の脳はその平和的な解釈を拒んだ。今更ながら。

 (……暗視スコープ?)

 洋画などの拙い知識から思い返されるものがあった。

 さきほど見たゴーグルのようなものはそれではなかったか。

「なんだ。おじさん元気じゃないか」

「えっ?」

「てっきりもう瀕死だと思ってたのに…あっ、じやあまだ183か。あぶないあぶない」

「なっ…何?」

 意味がわからず聞き返そうとするが、少年は気にせず続けてきた。こちらに近づきながら。

「おじさんごめんね。弾が勿体ないから」

「へ?」

 ごしゃり、と少年はさきほど彼を殴打した金属バットを再び振り下ろしていた。

「これで184」

 彼の頭は簡単にひしゃげて血と脳しょうを辺りに撒き散らした。




【幕間~柄忌捷因~】

 

 辺りは腐敗臭と血臭が立ち込めている。

 腐肉と腐臭につられたのだろう。蠅がブンブンと飛び交っている。

 化け物のような男はその中心に居た。

「………」

 二メートル以上はあるであろう体躯と隆々たる筋肉。

 何よりも、異様に長い腕をだらりと下げて、柄忌捷因は血だまりと腐肉のただなかで普段と変わらぬ厳めしい顔のまま、辺りを注意深く見渡す。

「………」

 隠蔽しようとする気配はまるでない。そんな、ある一軒家の応接間。

 一体は包丁で三突き、一体は千枚通しで目を一突き、もう一体は床に叩きつけられて。

 つまり三体の死体はそういう風な殺され方をしていた。

 血の渇き具合と腐敗の進行度を見るに一週間近くはすでに経過している。

「………」

 あるまじきことだと捷因は考える。

 ここは人里離れた家屋ではない。住宅街、それも密集している中の一軒家なのだ。

「………」

 だというのに、周りの住人は誰も気づいていない。

 郵便受けは満杯だ。

 臭いも外に漏れ出ている。

「……」

 何よりも、殺人鬼の追跡を始めて三日。捷因の目と耳と鼻が捉えられない獲物など居るわけがない。

「小生に影も踏ませぬ者がいるか?」

 それは己に対する問いかけだった。

「否」

 そして己は否と答えた。

 つまりそれがすべてなのだ。

「………」

 だらりと下げているだけだった腕を振るう。

 その手にはいつから握っていたのか、歪にねじ曲がった短刀。

 振るった瞬間、蠅の羽音は一斉にやんだ。


 すべての蠅が、ポトリと落ちて死に絶えた。



【幕間・了】




 見ず知らずの男数人に絡まれ、なんの躊躇もなく金を奪われ殺される、という理不尽。

 男にとっては紛れもなく最悪だったことだろう。

 残された妻子や親族にとっても、突然の訃報に悲しみと怒りを感じる最悪のことだろう。

 だが、それも生きていればの話だ。


 妻子のために男は多額の保険金に入っていたし、親族は善人と呼べる者が多かった。妻もまだ若い。生活を続けていけば、悲しみはいずれ薄れていくかもしれない。

 いつの日か、今日の最悪を過去として、幸せになっていたかもしれない。

 生きてさえいれば……


 最悪とするのなら、それは不運にも理不尽な暴力によって殺されることではない。

「ふんふん、この人は一人暮らしみたいだな。あっ、でも彼女がいるのか。なるほど」

 ただそれだけならば、男ただ一人が背負い込んでしまうだけで終わっていただろう。

「おっ、最後のおじさんの家すごい近い。今からでもいけるな。あっ写真だ」

 ただ一人、不運に殺されるだけならば、まだ最悪でなかったかもしれない。

「奥さんと子供がいるのか。今行けば二人ともいるかな?」

 ブレザー姿の少年は、さきほど仕留めた五人の死骸から丁寧に財布と携帯を抜き取り、彼等の情報を収集していた。

「とりあえずこの二人を殺して………あぁ、早く半分にしないとなぁ」

 こうやって、その妻子さえも、まさに殺されようとしている。

 そして、おそらく、押し入った男の家にある情報を元にその親や知友人もまた、少年の間引き対象となるのだ。


 最悪以外のなにものでもない結末がそこにはあった。



 生かしていい命なんてない。


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