5.紫陽花
「貴方」よりも
「あの人」を選んだ
極道の女の独白です。
この作品のタイトルも
お花の名前です。
花言葉は「移り気」
ごめんなさい…。
私は悪いひとですね…。
思えば、
背に刺青の龍を負って
泣いていた私を
救ってくださったのは
貴方でした。
あの夜の雨の匂い、
貴方の煙草の匂い、
交わした口づけ、
分かち合ったぬくもり、
出逢いの夜の思い出は
今でも手に取るように
蘇るのです。
しかし私は悪いひと
ですから、貴方から
受けた恩も返さず、
今も、こうして夜明けの
雨の中を
濡れながら歩いて
いるのです。
決して貴方を嫌った
わけではありません。
煙草の匂いも、
熱い口づけも、
甘い囁きも、
貴方の全てが
大好きでした。
あの人が現れるまでは。
貴方だけが
世界の全てだった私に、
あの人はそっと、
いろいろなことを
教えてくれました。
小さな世界で
閉じこもっていた私を、
外に出してくれました。
いつしかそんなあの人の
魅力に惹かれ、溺れ、
私は変わって
しまったのでしょう。
ですから、今もこうして
密やかに、あの人に
会いに行くのです。
罪の意識はあります。
許されないことと
わかっています。
「やあ…、
よく来たね…。」
「遅くなりました…。」
ああ、やはりこの人の
魅力には敵いませんね。
「濡れてるじゃないか…
。迎えに行けなくて
すまなかった…。」
「いえ、そんなことを
しては怪しまれて
しまいますわ…。」
そんな会話さえ
今は愛おしい。
「奥の部屋にいくらか
君の服があるから
着替えておいで?
始発で発つよ…。」
「わかりました…。」
これから私は、この人と
遠いところに発ちます。
しかし、ひとり残して
来てしまった貴方を
思うと、胸が痛みます。
しかし、そんな痛みも
じきに私は忘れて
しまうでしょう。
ああ…私は本当に
悪いひとですね…。
先立つ不幸を
お許しください。
私の罪な心変わりを、
どうかお許しください。
--了