3.十三歳
タイトルどうり、
十三歳の少女と少年の
どこにでもあるような
お話。
本当にそれだけの
お話です。
五月蠅いくらいの
蝉の音と、
途方もなく続く
群青の空と、
じりじりと鳴く陽炎にまかれるだけの
そんな夏の日でした。
「僕はこの街を出るよ」
「いつ…?」
「今日。」
その別れは
突然に訪れたのでした。
「ふうん…。じゃあ、
さよならだね…。」
「うん、
さよならだね…。」
小さな橋の欄干から
見下ろす小川に黒い
野良鯉がゆらゆら
泳いでいます。
私も彼も、不思議な
くらい落ち着いて
いました。
思えば、彼はいつも
ふらりと私の前に現れて
、気がつけば私の隣に
いて、私をたくさんの
場所に連れて行って
くれて…、
私はそんな彼といる
時間が楽しかったのです。
「今日…
行っちゃうの…?」
「うん、
行っちゃうよ…。」
隣にいる彼を見やると、
その横顔は今までに
見たことがないくらい
美しく、瞳は澄み切っていました。
トクン……
私の胸は高鳴り、
だけどその高鳴りの
意味はわからなくて、
私は苦しくなるのです。
「今日まで…
ありがとう。僕ね、
君といる時間がすごく
楽しかったよ。」
「私も、
すごく幸せだった。
本当にありがとう…。」
その時、自分にそんな
意志があったわけでは
ありませんが、私は
隣にいる彼の綺麗な手を
握っていました。
初めて彼に触れた瞬間、
また胸の鼓動が
強くなりました。
「どうしたのさ…?」
「わからない…。
だけど、ずっと
こうしたかったような
気がしたの…。」
彼と別れたくない気持ちの現れでしょうか?
今になって
少しだけ寂しいような
気がするのです。
「こうしておかないと…、あなたは今にも消えてしまいそうだから…。」
不意に、繋いだ手を
ぐっと引き寄せられる
ような感じで、私は彼の
ほうに倒れ、何があった
のかわからないままに
私は彼に抱きしめられて
いました。
「あ…」
「わからないけど…、
僕もずっとこうした
かったような気がした」
彼の心臓の音が
聞こえます。
ドクン…ドクン…
その鼓動は私の心臓にもうつるのです。
「君に逢えてよかった」
五月蝿いくらいの
蝉の音と、
彼のあたたかな胸の鼓動
途方もなく続く群青と、
永遠のような時間
じりじりと鳴く
陽炎にまかれ
胸の高鳴りの
意味も知らない
十三歳の夏の或る日の
ことでした。
-了-