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わかれのはなし  作者: くじら
2/6

2.空の涙 

裏の社会で生きる男、

黒木(くろき)

彼を健気に支えた美月

(みつき)の別れの話。


更新、遅れてすみません。






「美月…お前逃げろ。」






悪いな美月、俺は自分の

危ない綱渡りに他人を

巻き込みたくないんだ。



「黒木…さん…」


「もう俺と下手に

関わるな。じゃないと

お前にも火の粉が飛ぶ」



ここは美月の部屋だ。

ここにいる時がいちばん落ち着く時間なはず。


しかし今はどうだ?

鉛みたいな重い空気は

呼吸すら辛い。



「幹部になれば本部に

付きっきりだ。美月と

すごす時間はもう

とれないだろうな…。」


美月は俯いて黙ったまま。彼女のこんな弱々しい姿は初めて見た。


ああ…空気がまた

どんどん重く

苦しくなっていく…。



「……俺とのことは、

ここで終わりに

してくれないか?」


無理やり絞り出した

言葉は、美月の耳に

どう届くだろう?


耳に届いた言葉は、

美月の心に

どう響くだろう?



「…………。」


「…………。」



お互いに沈黙。息の音

さえ響くような静寂。


痛いくらいに鼓動する

胸の音を悟られたく

なくて、俺は煙草に

手を伸ばす。


あと一本か…。






「黒木さん。」






突如、美月が

沈黙を破った。



「幹部になるという

ことは、いわゆる

昇進ですよね?」


「ま、まぁな…。」



裏の社会では確かに

昇格だが、人間としては底辺だ。



「…おめでとう

ございます。」


「え…?」


「どんな仕事場であれ、黒木さんが昇進するのは喜ばしいことです。」



そう言って美月は

ふわりと微笑む。


ああ、また…。

俺はまた彼女の言葉に

救われるんだ。



「黒木さんが決めたことにとやかく言うつもりはありません。ですから

黒木さんは黒木さん

らしく生きてください」


「だが…!」


「私のことは気にしなくていいんです。」



まっすぐに俺を見つめ、

美月は強い眼をしてる。



「極道の男に惚れた

私です。覚悟は

できてますから。」



また微笑んだ美月、

しかしその顔は

やはり悲しそうで。


俺の心臓がぎゅっと

縮んだような気がした。

だから俺は美月を

抱きしめた。



「………!!」


「美月…ありがとう。」



別れるとなれば女は

みんな引き止めたがる。

だけど美月は違った。

美月は俺を止めたりは

しない。


時に自分を置いて進もうとする男でも、

その生き方を承認し

追いかけはしない。


今になって気づくんだ。美月の存在の

大きさと強さに。



「美月には

かなわないな…。」


「私だって、黒木さん

にはかないません。」



彼女の強い存在を

最後に肌で確かめて

俺は笑った。


そしたら美月も笑った。


二人が笑い合えるのも

これが最後と知って。



「…さぁ、

行きましょうか?」



おもむろに、

美月は俺を見上げて言う。





「黒木さんの新しい

出発ですから、駅まで

送らせてください。」






外は夕暮れ。ひぐらしの声とやや蒸した風は

夕立を連れてくるだろう。


駅までの道を、俺は美月の手を繋いで歩いた。


行き交う人は皆、足元

ばかり見て歩いている。

なんだ…表の社会も

忙しそうじゃないか。



「黒木さん…?」


「なんだ…?」



駅前の広場の真ん中で

美月は不意に

立ち止まった。



「ひとつだけ…

約束してほしいんです」


「……?」



俺の手を握る美月の手に力が入る。



「生きていてください。何があっても、

生き続けてください。」


「………!!」


「生きていればまた

会えます。ご縁があれば

必ず会えます。いつか

その時が来るように、

生き続けてください。」



俺のやる仕事は

命を張る仕事だ。


美月はそれを

察しているんだろう。


最後の最後、

彼女の精いっぱいの

わがままだ。



「ああ、生きよう。

約束だ…。」



頭をわしわしと撫でて

やると、美月は本当に

嬉しそうに笑った。


俺の大好きな、

邪気のない笑顔。



「黒木さん。これ、

持っていってください」


彼女が差し出したのは

俺がいつも吸っている

タバコだった。






「頑張ってくださいね」





美月の透き通るような声


その声に重なるように

俺が乗る電車の

放送が流れる。



「あ……」



放送に気をとられた

一瞬のうちだった。


美月が踵を返して

走ったのだ。


その小さな背はすぐに

人混みに消えてしまう。


「おい……」



取り残された俺は

タバコを手に立ち尽くす。


追いかけようと思った。


だけどそれは

ぐっとこらえた。


美月が俺を

止めないように、


俺も美月を

止めはしない。



「フフ…頑張るよ。」



真新しいタバコを包む

フィルム、そこに

ポツリと雫が落ちた。




ポツリ…ポツリ…

夕立が来たようだ。





雨音が街を包む。


それは空が

泣いているようで。



「冷たい…。」



今ごろ美月もこの雨に

濡れているだろうか?


泣きながら

走っているのだろうか?



「俺も進むよ…。」




なあ美月…、慰めて

やれなくてごめんな。




俺も今、柄にもなく

泣いているんだ。






-了-



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