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第五話 魔法使いのおきて


 大騒ぎの後の食卓には、ロビンの大好物ばかりが並んでいた。

 根菜をやわらかく煮込んだシチューに、ハーブを混ぜた芋団子。ホクホクの蒸し野菜と、酢漬けタマネギのソース。

 テーブルの中心には、いつも食べる日持ちのいい固焼きのパンではなく、たまにしか食べられない柔らかくて甘い白パンが山と積まれている。

 大満足の食事を取りながら、ロビンは今日起きたすべての出来事をメイファに話した。

 飛び足呪文は完璧だったという小さなウソから、秘密基地のことは明かさず、空中散歩途中に子ウサギ達に出会ったこと。そしてマレットを救うために森を駆け抜け、大きな銀毛のオオカミに間一髪殺されそうになったが、結局ロビンの説得に応じてマレットを救い出したところまで。

 多少脚色しつつも、身振り手振りで生き生きと語るロビンに、「そういうことなら」とメイファは許してくれた。

「私を呼べばすぐに行ったのに」

 呆れた、と背もたれに寄りかかるメイファに、ロビンは大きく手を広げて見せた。

「そんな暇なかったよ! だってオオカミだよ! こぉんなにでっかいオオカミ!」

 放心状態からすっかり元気を取り戻し、興奮気味にロビンは続ける。

「全身銀色でさ、目がギラギラしてて、片目が切られたみたいに潰れててさ! あれってきっと他のオオカミと戦ったあとなんだよ。それでさ」

「ロビン、そのオオカミに憧れてるのね」

 メイファはふふっと笑い、目を輝かせるロビンのお喋りをさえぎった。

「憧れ?」

「そうよ。嬉しそうにしちゃって……かっこいいなって思ったんでしょ。男の子ってみんなそう。強いものに憧れるものなのよね」

 メイファはそう言うと、パチンと指を鳴らした。

 背後の棚から未使用のろうそくが飛んできて、食卓の燭台にひとりでに着地する。

 さらにもう一度指を鳴らすと、ろうそくの先にポッと火がともった。

「ふうん……そうかな。でも僕、あいつ嫌いだよ。だってマレットを食べようとしたんだもん」

 仕組みのわからないメイファの魔法を見つめながら、ロビンはようやく椅子に体を落ち着かせた。

 メイファはロビンらしい意見に笑みを零し、ふと指先を擦り合わせる。

「それにしても変ね。危険な肉食獣はある程度この家の側には近寄れないようになっているのに……どうしてオオカミなんか来たのかしら」

「さぁ? メイファの魔法がきれてきたんじゃない?」

「エメラルドウィッチをなめないでちょうだい。だてに化け物なんて呼ばれてなかったわ」

 メイファが何気なく零した一言に、ロビンがはっと口をつぐんだ。

 あからさまに表情を曇らせたロビンに、メイファはやれやれと肩をすくめる。

「私が外の世界から逃げてきたのは、ずいぶん昔のこと。もう気にしてなんかいないわ」

 メイファはロビンの頭をぽんと撫で、空っぽの皿を取ってシチュー鍋の蓋を開けた。

 しかしロビンはうつむいたまま、口を尖らせてローブのはしをいじっている。

「あのさ、メイファ……そのオオカミ、変なこと言ってたんだ。僕が動物と喋ることが出来るのはおかしいって……僕は特別だって」

 独り言のような小さなつぶやきに、今度はメイファが表情を曇らせた。

 しかし、すぐに黙ったまま首を振り、ロビンの前にごろごろと具の入ったシチューを置く。

 大好物を目の前にしようと、ロビンの不安が魔法のように消え去ることはなかった。ロビンは不安げに眉を下げ、まるで乞うようにメイファを見上げた。

「メイファは魔女だから動物と話せないんでしょ? きっと何かの契約を交わして、代価を払ったせいでミス・ロビンや他の動物と喋れなくなっちゃったんだよね?」

 一体どうしたらそういう考えにたどり着くのか。これまでの教育は失敗だったかもと頭を抱えながら、メイファはこれまでと同じく、隠すことなくロビンを突き放した。

「いいえ、違うわ、ロビン。あなたは特別なのよ」

「僕はどこも特別じゃないよ。だってどこからどう見たって普通の人間じゃないか。動物と話すことだって、こういう目だって……森の外に行けば、きっと同じ人がいっぱい居るはずだよ」

「いいえ、居ないわ。私もミス・ロビンも、あなたのようにはっきりと色の違う目をした人を見たことがないもの。きっと、そのオオカミだって……」

「僕は特別なんかじゃないよ!」

 ロビンは突然大声を出し、テーブルを叩いて立ち上がった。

 勢いで椅子が転がり、床に当たって派手な音をたてる。

 梁に居たミス・ロビンが思わず飛び上がったが、メイファは弟子を叱ることなく、ただじっとロビンを見つめ返した。

「ロビン、本当は自分でも気づいているんでしょう。あなたは特別なのよ」

 ロビンはメイファの瞳から目をそらし、頑なに首を横に振った。

「違うよ、僕……」

 ぽつりとつぶやき、口をつぐむ。

 メイファは黙り込んだロビンを厳しい顔でしばらく見つめていたが、やがてふっと息をついた。

 うつむいたロビンの前髪をくしゃくしゃと撫で、パチンと指を鳴らす。

 すると、ロビンの目の前に一枚の羊皮紙が現れた。

 一番上に書いてあるのは“魔法使い認定”の文字。それを端から端まで読み、色の違う両目がまん丸に見開く。

「修行は今日で終わり。おめでとう、ロビン。これであなたも立派な魔法使いよ」

 メイファはにっこりと微笑み、ロビンに認定証を差し出した。

「え……本当?」

「あら、師匠の言葉が信じられないの?」

「だって難しい試験とか、適性審査とか、そういうのするんだって本に書いてあったよ」

「こんなへんぴな森に引っ込んだ変わり者の私が、人と同じことをすると思う? そうね、あなたの場合、毎日が試験のようなものだったのよ。このエメラルドウィッチのカミナリから、いかにして逃げきれるか」

 そう言ってロビンの頬をつねり、メイファはいたずらっぽく笑った。

 それでもロビンは訝しげな表情を崩さず、身を乗り出してまでメイファの嘘を見破ろうとする。

「で、でも、僕、まだぜんぜん魔法を覚えてないよ? 飛び足だって失敗するし、召喚も契約も完璧じゃない」

「魔法薬に変身術、私の知っている呪文もほとんど教えたわね。それだけできれば十分よ。それに、精霊との契約なんて熟練の魔法使いでも難しいレベルの術なのよ。一生かかって習得することね」

 この私があなたを認めているの、と改めて認定証を押しつけられ、ロビンはついに目を輝かせた。

 しかし、この反応にもメイファは納得いかないらしい。

 嬉しそうに認定証を読み返すロビンに、メイファは不満げに問いかけた。

「あなた、何か忘れていない?」

「精霊との契約? 覚えてるよ、できないだけ」

 あっけらかんと答えるロビンの額をぺちんと叩き、メイファは認定証を取り上げた。

 もう剥奪? と顔を歪ませたロビンに、メイファはやれやれとため息をつく。

「厳しい師匠が大変ないたずらを見逃そうとしたのはなぜかしら? 爆発寸前だった私があなたの大好物を夕食にしたのはなぜかしら? そして、これは何かしら」

 メイファはそう言って、ロビンの目の前でパチンと指を鳴らした。

 その途端、ロビンの頭上に小包が現れ、リボンを解きながらひとりでにテーブルに着地していく。

 中から現れたのは、年始めなど特別な時でしか食べられない、干した木の実をぜいたくに使ったケーキだった。

 貴重な砂糖をたっぷり塗った表面に、カラフルなろうそくが十四本並ぶ。これは……――。

「ハッピーバースデー、ロビン。十四歳おめでとう」

 指先から輝く火花を散らしたメイファを、ロビンはぽかんとしてと見つめた。

 呆然と自分を指す弟子に、メイファは思わずぷっと吹き出す。

「本当に自分の誕生日を忘れていたの? 泣き虫ロビン、お子様ロビン、いたずらロビンに、まぬけなロビンを追加ね」

 四本指を折り曲げて目の前に突きつけられ、ロビンはようやく笑みを零した。

 そしてくるくる頭をかき、本当にまぬけだ、と改めてテーブルの上に広がるごちそうを眺める。

「ありがとう!」

 嬉しそうに満面の笑みを咲かせたロビンに、メイファはようやく満足げな表情を浮かべ、席に戻った。

「いい? ロビン。本当の魔法使いに必要なものは、強い魔力でも深い知識でもなく、誰かの力になりたいと思う心よ。昔から、魔力を持つ者は人のためにそれを使うよう言われてきたわ。魔法は決して自分だけのものではないのよ」

 メイファはロビンに言い聞かせ、取り上げた認定証を再び手渡す。

 ロビンは認定証を受け取り、木のスプーンで具だくさんのシチューをかき回しながら頷いた。

「うん。外の村にはだいたい賢者っていう魔法使いが居るんでしょ」

「あら、知ってたの?」

「ミス・ロビンにきいた」

「ミス・ロビンは物知りね」

 メイファがそう言うと、ミス・ロビンがくるりと一回転してみせた。どうやら「物知り」はミス・ロビンにとって褒め言葉らしい。

 ロビンはちびちびとシチューをすすりながら最後の署名まで認定証を読み終えると、ゆっくりと顔を上げた。

「ねぇ、まさか魔法使いになるのを認めるのが、誕生日プレゼントってことないよね」

 言うと思った。メイファは肩をすくめ、玄関のほうを指さした。

「そうしようかとも思ったけれど、どうせケチとかいじわるとか言われそうだしね。誕生日のプレゼントは、あっち」

 ロビンはすぐさま立ち上がり、玄関扉へ飛び込んでいった。

 外には満天の星空が輝いている。ロビンは勢いよく扉を開き、そこに現れたものに歓声をあげた。

「わーっ、でっかいほうき!」

 そこには、ロビンの背丈をゆうに超える大きなほうきが、真っ黒な魔の森を背に、ひとりでに宙に浮いていた。

 星空の下でひとり薄い光を放つそれは、今まで見てきたどんな魔法より神秘的に見える。ロビンは恐る恐るほうきに近づき、ほうきの柄にそっと触れた。

 よく磨かれ、ふしがなくつるつるしている。少し撫でると、ほうきはくすぐったそうに身震いした。

 確かに、ほうきはずっと前から欲しいと思っていたけど……。

「本当にこんなので空を飛べるの?」

「あなたが飛ぼうと思えばね」

 戸口でメイファが答え、パチンと指を鳴らした。

 すると、ロビンの体がふわりと浮きあがり、意思とは関係なくほうきに跨らせられる。

 ロビンが振り向くと、メイファは「しっかり掴まっていなさい」と片目をつむった。

「うわっ!」

 ロビンが柄を握った途端、ほうきは弾かれたように飛び出した。

 あっと言う間に目の前に魔の森の大木が迫り、ロビンはとっさにほうきの先端を上に向ける。

 するとほうきは急上昇を始め、頭上で笑う満月に向かって空を昇り始めた。

 ずり落ちないよう体を伏せてしがみつくロビンの瞳に、満天の星空が映る。今まで味わったことのない感動と興奮に、ロビンはいつの間にか嬉しそうに歓声をあげていた。

「ロビン!」

 はるか豆つぶのようになったメイファが、下で大きく手を振っている。

 ロビンが手を振り返そうと片手を離すと、ほうきは急に向きを変え、一目散にメイファのほうへ降下し始めた。

 ついさっきは共に月にも行くような勢いだったのに、地面に近づくなり、ほうきは投げるようにロビンをはじき出す。

 ロビンは草の上をごろごろと転がり、夢のような初飛行と、空へ近づいていく感覚が忘れられず、寝転がったまま満天の星空を眺めていた。

 草を踏む音がして、メイファが覗き込んでくる。

「どう? 満足かしら」

「うん!」

 師匠からの粋なプレゼントに、星空の下、ロビンは一番の笑顔を輝かせていた。






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