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第十六話 第二の魔の森


 双子の王の居る国、トモリを飛び立ってからは、ロビンは順調に空の旅路を進んでいた。

 ミス・ロビンと地図を広げ、とりあえず一番近い大きな国を目指そう、と頷きあったまではよかったのだ。

 澄み切った青空が少しずつ紫雲を広げ、夕日によってオレンジ色に染まっていく。

 そんな頃、珍しく大人しく言うことを聞いていたほうきのオスカーが、突然勝手に滑降を始めた。

 ロビンが何を言ってもオスカーは一目散に地上を目指し、やがてダークグリーンの森へ落っこちてしまった。

 それからロビンが何度もオスカーを飛ばせようとしたが、オスカーはなぜかピクリとも動かず、頑なにただのほうきのふりをしている。

 憤慨するロビンとは裏腹に、落ち着いたミス・ロビンは「夜の旅は危ないって言ってるのよ、きっと」とのことだった。


「何でこう……メイファって面倒なものばかり作るんだろう」

 すっかり日も落ち、闇に包まれた森の中で、ロビンは焚き火を前に頬を膨らませていた。

 ヨランドにもらった固焼きのパンと炙ったチーズで食事をしている間は上機嫌だったが、終わってからロビンの気分は急降下。愚痴ばかりを溢している。

 一方ミス・ロビンは大好物のイチゴを存分に平らげ、陽気に飛びながら細い焚き木を火の中へ落とした。

「だってどうしようもないでしょ。夜の森は危険なの。幸い寒い季節でもないし、今日はこのままじっとしていましょ」

「だからってさぁ……何も、こんな所で休まなくてもいいと思う」

 ロビンは不機嫌そうにそう言い、隣の古い看板を見上げた。

 長年の風雨で黒く染まったその板に貼られているのは、派手な赤文字の目立つ、一枚の注意書き。

「≪怪物注意!≫そんな森の中で寝泊りしようっての!?」

「注意って書いてあるんだから、少しは静かにして!」

 ミス・ロビンがロビンよりはるかに大声で怒鳴り、ロビンの頭をぴしゃんと叩いた。

 ロビンはべーっと舌を出し、再びフードを深くかぶる。

「ミス・ロビンはいいよ……いざとなったら、飛んで逃げられるもん」

「バカロビン。私、そんなに薄情じゃないわ」

 どうやら、今朝の魔の森での出来事をミス・ロビンは忘れているらしい。

 女性は薄情だ。ロビンは銀狼のクライヴとそんな会話をしたことを思い出し、長い長いため息を零した。

 ミス・ロビンが近くの木の枝にぶらさがり、ふて腐れたロビンを見下ろす。

「魔の森より小さいけれど、静かでいい森ね」

「いい森? 怪物が住んでるのに?」

「その看板古いから、今はもう居ないかもしれないわ」

 ミス・ロビンの楽天的な意見にふんと鼻を鳴らし、ロビンは揺らぐ焚き火に目を移した。

 暗い森の中、唯一の光が、ロビンの色の違う両の目を揺らす。

「僕……夜って嫌いだな。誰かに呼ばれてるような気がするんだもん」

 ロビンはひざを抱え、背中を丸めて呟いた。

 夜風に吹かれた焚き火が、まるでロビンに手を伸ばすかのように怪しく揺れている。

 遠くで梟がホウホウと鳴き、夜風に森がざわめいた。

 ロビンは時々、こうしてわけのわからないことを言う。特に夜になると、なぜか憂鬱そうな顔をするのだ。

 その度にミス・ロビンは首を傾げ、「男の子ってわからないわ」と呟く。

 また風に炎が揺らいだ。――その時、森の奥から、低い遠吠えのような声が聞こえてきた。

 ロビンははっと顔を上げ、素早く辺りを見回す。

 ミス・ロビンが慌てて宙を舞い、ロビンのフードの中へ飛び込んだ。

 ロビンは辺りを警戒しながらゆっくりと立ち上がり、小さな明かりに浮かぶ森をじっと見つめる。

 確かに聞き覚えのある、その声――今朝、魔の森で聞いたばかりの声と、そっくりだった。

 木の葉を掻き散らす音と共に、軽やかな足音が確実に近づいてくる。

 ミス・ロビンが震えながら、恐る恐る肩から顔を出した。

「またオオカミ?」

「違う……――ウルフマンだ!」

 ロビンが叫んだとたん、目の前の大木が真っ二つに引き裂かれた。

 ロビンはとっさに飛び退き、飛び出てきた巨大な影はたった今ロビンが居たところへ着地する。

 足がすくんで動かない。ロビンは両目を見開いたまま、一瞬ちらりと見えた長い牙に体を硬直させていた。

 焚き火を踏み、大きな影が振り返る。

 不自然に背を曲げ、二本足で立つ巨大な狼の顔が、ロビンのほうへ近づいてくる。

 邪悪な黄色い瞳がギラギラと光り、木陰で震えるロビンを睨みつけた。

 殺される! ロビンはぎゅっと目を瞑り、早すぎる死を覚悟した。

「何だ、子供じゃないか」

 しかし、ロビンに浴びせられたのは、滝のようなよだれではなく、あっけらかんとした青年の声だった。

 今にも鋭い牙に噛み砕かれると覚悟していたロビンは、恐る恐る片目を開き、目の前の狼男を見つめる。

 狼男はオオカミそっくりの唸り声を出しながら、硬い爪のついた指で体毛に覆われた首を一撫でした。

 すると、みるみるうちに背が縮み、黒い体毛が引き、体にまとったボロ布の間から人肌が見えてくる。

「すまない、驚かせて」

 唖然と腰を抜かしたロビンに、人の手が伸びてきた。

 その手の持ち主は、コバルトブルーの髪と黄色い瞳を持った、キリリとした顔立ちの青年だった。ついさっきまで獰猛な狼男だった青年は、破けた服をまとい、何事もなかったかのように微笑んでいる。

 その首には、三日月の銀細工のついた黒い首輪が巻かれていた。どうやら、青年はこれを触って狼から人に戻ったらしい。

「てっきり怪物だと思ったんだ。こんな夜中に魔の森に人が居るなんてな。しかもこんな子供が。さぁ、立ちな」

 青年はロビンの腕を掴み、引き上げながらそう言った。

 ロビンは強張った顔をさすり、ありがとうと青年の手を借りる。

「ここは魔の森なの?」

「あぁ。黒の魔の森は、魔物の魔の森。この森は、怪物の魔の森だ」

 無邪気な少年のようにニッコリと笑い、その怪物の一人は言った。


  *


 ダナ。青年はそう名乗ると、再び人狼に姿を変えた。

 普通なら狼男は月の満ち欠けによって人狼に変わり、人狼の時の記憶はないはずなのだが、不思議な首輪のせいか、ダナは変身した後もしっかりと人の意識を持っていた。

 ダナはロビンの荷物やロビン自身を軽々と小脇に抱え、暗い森を歩き出す。

「夜は森が魔物になる。俺たちの村へ行こう」

「この近くに村があるの?」

 ロビンはダナの脇に抱えられながら、二メートル以上もある人狼のダナを見上げた。

「あぁ、あるさ。リディアというんだ。小さいが、きれいな村だ」

 オオカミそっくりに鼻を鳴らし、ダナが言う。

 フードに隠れていたミス・ロビンが、ロビンの片目を翼で叩いた。

 ペチッ、と翼が当たる感覚に、ロビンは必需品を思い出し、慌てて眼帯を右目に押し付ける。

「怪我したのか?」

「ううん、僕、ちょっと変わってるんだ」

 心配そうに見下ろすダナに、ロビンはニッコリと首を横に振った。

 何とかごまかしがきいたのか、ダナは長い鼻からふうんと声を漏らす。

「それで、何だってあんな場所に居たんだ? この森は、外の道からは入れないようになっているはずだけど」

「あぁ、僕、ほうきから落っこちたんだ。そいつ、言うこときかなくてさ」

 ロビンはそう言って、ダナが逆方向に抱えるオスカーを指さした。

 ロビンでは担ぐのもやっとだったというのに、ダナが抱えていると、オスカーも子供用のほうきに見える。

「ほうきに落とされたって……それじゃあお前、魔法使いか」

「そう。まだなったばかりだけど」

「そうか。双子国には寄ったか? 酷い扱いされただろ」

「まったくだよ。あのまん丸双子王、魔法を解いても何のお礼も言わないんだもん。まあ、正体明かしてないから仕方ないけど。あんまり酷いからおしおきしてやったんだ」

 ロビンはふんと鼻を鳴らしたが、双子の王の泣きべそトマト顔を思い出し、思わずニヤリとする。

 すると、ダナは驚いたように満月そっくりの目を見開いた。

「へぇ! あの魔法を解いたのか。エメラルドウィッチのしわざだっていうんだろ。あの魔女の魔法をねぇ!」

「しわざって、そんないたずらみたいに言わないでよ! エメラルドウィッチは悪い魔女じゃない!」

「あぁ、ごめん。それにしても、本当にお前がそれほどの魔法使いなら、うちの村の賢者が大喜びするぜ」

 吼え声と笑い声の混じったようなダナの言葉に、ロビンが素早く反応した。

「賢者が居るの!?」

「動くなよ。注意してても、引っかいちまう。はらわた出るぞ」

「本当に賢者が居るの? 君の村に?」

「双子国と違ってな。あぁ、居るさ。俺のじいちゃんだよ」

 賢者の孫で、変身自在な狼男。そんなダナに抱えられながら、ロビンはふたつめの村へと向かった。




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