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第十三話 魔法陣


 ロビンは家老のヨランドに連れられて、城をぐるりと見て回った。

 話を聞くと、この城の城主はファンティニ王とフェントニ王という双子の王様らしい。

 二人ともやはり相当のワガママで、城に閉じ込められてからというもの、城中の召使いを呼び集めてあれこれ用事を言いつけ、何年もその部屋から出てこないそうだ。

 召使いに豪華な食事を作らせ、一口しか口にせずに下げさせたり、毎日何か新しい暇つぶしを見つけてやらないと、かわいそうな召使いたちを弄り遊ぶようにこき使うらしい。

 そんな生活ばかりをしているからか、双子の王はその部屋の扉から出られぬほど太ってしまったのだという。

 しかも、ファンティニ王の執事はこのヨランド、そしてフェントニ王の執事はヨランドの双子の弟、ノランドだというのだ。

 執事まで双子なのか、とロビンはまた呆れたが、見掛けだけ立派な城中をヨランドについて行くうちに、だんだんと不安を覚え始めた。

 ちょっとだけ剥げかかった壁紙の継ぎ目、何か重いもので擦ったような傷のある柱――この廊下は、もう、何度も通ったような気がする。

「あのう……」

 壁一面に飾られた絵画の前で、これは有名な画家がこの城を訪れた時に、丸二百日かけて描いた世界絵じゃ、と説明をするヨランドに、ロビンは恐る恐る話しかけた。

「うん?」

「この絵、さっきも説明してもらったんだけれど……」

 ロビンは苦笑いしながら、壁一面を占領する世界絵を見上げた。

 確かに、見覚えがある。だって、大樹ユグドラシルがブロッコリーにしか見えないって思った覚えがあるもん。

「はて、そうだったか……」

 ヨランドは立派なあごひげを撫で、丸まった背を伸ばして絵を見上げた。

 そしてふむ、とひとり頷き、またゆっくりと歩き出す。

 ロビンは着いて行くことに不安を覚えながらも、家老の後を追った。

「はて……どこまで案内したかのう」

「えっと、あのー……とりあえず今まで見たものには、魔法に関係があるものはありませんでした。だから、その……えっと、十年前にメイファが来た時は、どんな魔法をかけていったの?」

 ロビンの質問に、ヨランドは足を止め、あごひげを撫でながら何もない天井のすみを見上げた。

 昔を思い出しているのか――しわのよった額に、ロビンは本当に考えているのかとまた不安を覚えた。

「そう……世話になった礼にと、まだ王ではなかった王子たちのワガママを叶えてくれましてな。ほんの少しの傷でも、城の左右に平等に同じものが浮かび上がるようにと……それにもう一つ、この城に、魔の森の魔物が入らぬようにと。悪いものを城に入れぬよう、盾の魔法をかけると言っておられたかな」

 それじゃあ……魔法がまるで逆になっているんだ。

 何を間違えたのだろう? あのメイファにかぎって魔法を間違えるなんて……。

「じゃあ、メイファは何を使って魔法をかけてたの? 指をパチンってしてた? 杖とか、魔法陣とか、呪文とか?」

「魔法のしくみは魔法使いにのみ知ることを許されると言っておった。私らは見ておらんのだよ」

 結局何のヒントも得られない。ロビンはすっかり肩を落とし、ただため息をつくしかなかった。

 その時、今までロビンとは別行動で城を回っていたミス・ロビンが、ロビンの袖をぐいぐいと引っ張り始めた。

 ロビンはばたつく相棒を見下ろす。すると、ミス・ロビンがまん丸の目でこちらを見て、何か言いたげにしていた。

「何?」

 ロビンは首を傾げたが、ミス・ロビンは問いに答えずに飛び立った。

 ロビンは仕方なく、ミス・ロビンの行くままに、目の前を飛ぶミス・ロビンを追う。

「おや、どうしたね」

「僕、ちょっと探してくる! 必ず魔法を解くから、その王様に少しは運動するように言っておいて!」

 ロビンは後ろ走りでヨランドに呼びかけ、柱に思いっきり頭をぶつけた。


  *


 ロビンはぶつけた頭をさすりながら、早く早くと急かすミス・ロビンのもとへ駆け寄った。

 まだ眼帯を外していないから、何を言っているのかわからない。だけど、ミス・ロビンは何かを見つけたようだ。

「何? 何か見つけたの?」

 ロビンは揺れる脳みそを止めようと頭を振り、右目の眼帯を上にずらした。

 ミス・ロビンは階段を下りてすぐ見える、一階に飾られていた大きな絵の側を八の字に飛行している。

「ここ、メイファの匂いがするの」

「えっ、そんなところに?」

 嘘だぁ、と疑わしげな声を出すロビンに、ミス・ロビンは憤慨して高く飛び上がった。

「私の鼻は確かよ! 半分しか脳みその詰まってない、ロビンのくるくる頭と違ってね」

「余計なお世話だよ」

 ロビンは頬を膨らませながら、絵にそっと触れてみた。

 魔法の反応はない。絵にメイファお得意の細かなトラップや細工が施されているわけでもなさそうだ。

 大雑把なロビンは、ある程度絵を触れて回ってから、また絵の中心に戻ってみた。

 おとぎ話の挿絵のような、戦の様子を描いた勇壮な絵画だった。空から襲い来る魔物たちに、小さな人間達が槍や剣や弓を持って勇敢に立ち向かっている。

 ロビンはそこに描かれた剣を振り上げる戦士をじっと見つめ、何か解決のヒントはないかと、絵画を上から下へとじっくり眺めてみた。

 角のある魔物と――木の葉のように宙を舞う人々と――立ち向かう戦士たちと――豪華な額と――僕の靴。

 その時、ロビンのブーツの下で、何かがキラリと光った。

 一瞬の希望を見逃すまいと、ロビンは腰を折り、ブーツを退かす。

 すると、うっすらだが、魔法使いだけに見える反応を見つけた。

「あったぁ!」

 ロビンは嬉しそうに叫ぶと、とたんにカエルのように床に突っ伏した。

 ちょうど指二本分ぐらいの太さの魔法反応が見える。宝石をちりばめたようなエメラルドグリーンの反応。それが床にあるということは、きっとメイファの使った魔法陣だ。

 ロビンは這いつくばったまま体を後ろにずらしたが、それ以外に魔法反応は見当たらなかった。

 城の中に反応が続いていない、ということは……。

「この絵の後ろにあるの?」

 ミス・ロビンがロビンの横に滑り込み、大きなおなかを邪魔そうにしながら魔法陣を覗き込んだ。

 しかしロビンは首を横に振り、絵をじっと見上げたまま立ち上がる。

「ううん。きっと、この壁の向こうに続いているんだ。メイファは用心深いから、魔法陣の重要な部分を壁で隠しちゃったんだよ」

 用心深いにもほどがある、とロビンが呻くと、ミス・ロビンが「やっぱりね」と高く飛び立った。

「このお城、最初に見たときに何だか違和感があったのよ。外観と内観で差があったのね」

「だったら早く言ってよ」

 ロビンは風船のように両頬を膨らませ、絵の表面を撫でた。なめらかな皮のような感触だ。

「これ、壊しちゃってもいいかなぁ」

「ダメよ! だって、絶対これ高価なものよ」

「これが? どこにでもある絵に見えるけど」

 そう言うロビンに、ミス・ロビンがキーキー声で反論してきた。ロビンにわからない芸術が、ミス・ロビンにはわかるらしい。

 ロビンはミス・ロビンの長たらしい芸術論議を無視し、さっき外で拾った小石でピカピカの床に傷をつけ始めた。

 出来上がったのは、ロビンお得意の変身魔法陣。ロビンは魔法陣の上にオスカーの柄を合わせ、中心をトンと突いた。

 薄く光を放ち、途端にオスカーの姿が大きな金づちに早変わりした。

 パタパタ飛び回るミス・ロビンがロビンの乱暴な行動に気づく前に、ロビンは力いっぱい重たい大槌を振り上げた。

「せーの!」

 ドン! という爆発的な音に、ミス・ロビンが悲鳴をあげた。

 しかし時すでに遅し。貴重な絵画は壁とともにぶち抜かれ、壁の漆喰がぼろぼろと零れ落ちた。

「ロビン! 何てことするの!」

「直せばいいんでしょ。後でちゃんと直すよ」

 ロビンは大槌オスカーを元のほうきの姿に戻すと、ぶち抜いた壁の向こうへ足を進めた。

 ミス・ロビンはしきりにメイファみたいなお説教をしてくるし、オスカーは何てことに使うんだと柄をばたつかせる。

 穴の大きさで突っかかったオスカーを後ろに放り、ロビンは隠し部屋に踏み込んだ。

 思ったとおりだった。壁の向こうには大人が三人入ればいっぱいになりそうな、小さな部屋があった。

 むき出しの石壁のせいでまるで牢獄のようで、でもひとつだけある小さな高窓から、麗らかな日光が射し込んでいる。

 光の当たる中心には、この魔法陣の最重要部、メイファのトレードマークでもある八芒星が描かれていた。

「やっぱりここだ。ほら、ここで魔法を封印してるんだよ」

 ロビンは四角を重ねた角の八つある星を指し、うっすらと積もったほこりを足で払った。

 ミス・ロビンが恐る恐る小部屋の中へ入り、ロビンの伸ばした腕にとまる。

「魔法、解けるの?」

「うん。この魔法陣を解くには魔法陣の真髄、つまりメイファの八芒星を反魔法で削ればいいだけだからね。だけど……見たところミスはないんだよね。どうして魔法が逆にかかっちゃったんだろう?」

 ロビンは細いきれいな文字で陣の内側に書かれた呪文を確かめながら、首を傾げる。

 さすがのミス・ロビンも魔法のことはあまりよくわからないようだ。魔法使いになれるのは生まれつきの才を持っている者だけ。ミス・ロビンにはこの特殊な魔法陣さえ見えていないのだろう。

 魔法陣……魔の森の魔物を寄せつけない魔法……それが逆になって出られなくなったんだから……。

 ロビンは目をつむり、かつて自分が幼かった頃に記憶をさかのぼらせた。魔方陣の効力をひっくり返す方法、メイファがよく、僕のいたずら魔法を使って逆襲してきたっけ。あんなふうに魔法が逆になってしまったとしたら、答えはひとつしかない。

「誰かが反魔法をかけたんだ」

 ロビンの呟く声が、石張りの小部屋の中に響いた。

「そうなの? それじゃあ、魔法陣はもう効力をなくしているんじゃないの?」

「ううん、僕が使おうと思っているのは、反魔法の中でも解除魔法ってやつでね、魔法陣そのものを傷つけて効力を失わせるだけで、その魔法陣の力そのものはいじれないんだ。傷つけることはできるけど、書き足すことはできない。つまり、破壊はできても再製はできないんだ」

「そうなの? でも……どうしてメイファはいちいち魔法陣をいじったの?」

「そこが問題なんだよ。再製、修正ができるのは魔法をかけた本人だけ……個人で魔力のタイプが違うからね。あといじれるとしたら、自分の魔力を変化させることのできるメイファのような相当腕の立つ魔法使いか……あるいは、悪魔と契約して、究極の反魔法、暗黒魔術を取得した者だけ」

 ロビンは唇に指を添え、ぶつぶつと独り言のように説明した。

 そして立ち上がり、ぶち抜いた穴へくるりと振り返る。

「とりあえずこの魔法陣をたどってみよう。この大きさからすると、きっと城の下に大きく敷かれているはずだよ。どこかに細工があるかも」

 ロビンは転がっているオスカーを拾い上げ、ミス・ロビンを飛び立たせた。

 薄明かりのせいか、どこかたくましく見えるロビンの横顔に、ミス・ロビンはへぇっと声をあげる。

「今、ロビンがちょっとだけ一人前に見えたわ」

「僕、紙上ではもう一人前なんだけど」

 ロビンはニヤッと笑ってほうきを担ぎ、魔法反応を追って城を歩き始めた。




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