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第十二話 城の中へ


「ちょっ、ちょちょちょちょっと待って!!」


 青ざめた看守が招集をかけてから、行動はあっという間だった。

 磁石が鉄くずを集めるように兵士が駆け込んできたかと思いきや、事情を知るなり、有無も言わせずロビンを担ぎ上げ、あれよあれよという間に牢の外へ運び出してしまった。

 今度は目隠しをする間さえ惜しむかのように、数人の兵士に両手足を拘束され、猛スピードどこかへ向かっている。

 照り付ける太陽に目が眩み、視界の端でちらりと黄色い国旗が舞った。

 城へ向かってる? まさか、あの中に入れられるんじゃ……――

 そのまさかだった。兵士たちは城門の一歩手前まで来ると、門を開けずにロビンを城の敷地内へ投げ入れた。

「うわっ!」

 身体が宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。

 衝撃で眼帯がずれた。ひどく痛めた腰をさすり、ロビンは慌てて立ち上がる。

「ちょっ、ちょっと! ここって入ったら出られないんじゃないの!?」

「弟子なら師匠の魔法ぐらい解いてみせろ! さもなくば、牢に残っている魔法使いの仲間は皆火あぶりにする」

 兵士は息荒く言い捨てると、槍と弓を持った見張りを二人残し、一目散に走り去ってしまった。

 見張りは大きな毛虫でも見るような目でロビンを一瞥すると、十分距離を取ってこちらを向き、監視を始める。

 ロビンは人っ子一人近づかない城の城門にしがみつき、ただ呆然と風に流れる砂煙を見つめた。

 ミス・ロビンがロビンのフードの中から顔を出し、肩によじ登ってくる。

「あーあ……ロビンがばか正直にあんなこと言うからよ」

 ロビンはずれた眼帯も直さず、眉を下げて「だって、まさかこうなるなんて」と擦れ声で返した。

 念のためミス・ロビンが門の外へ飛び出そうとしたが、まるでそこに見えない壁があるかのように、ミス・ロビンの体はポーンと跳ね返されてしまった。

 ロビンが門から腕を突き出そうとしても、硬い空気の層に触れるだけ。やっぱり魔法がかかっているんだ。

 メイファの魔法がいかに優れているかは、弟子のロビンが誰よりも身をもって知っている。ロビンはあっさりと抵抗を諦め、城のほうへ向き直った。

 白い壁、青い屋根、黄色の国旗に、手入れされた立派な庭。絵本で見た夢の光景が、今まさに目の前にある。

 しかし、ロビンは浮かない表情で、ただ風にはためく旗を見つめるしかなかった。

「どうしよう……」

「どうしようもないわね、出られないんだもの」

 今に泣き出しそうなロビンに、苛立ったミス・ロビンのとげがぶすりと突き刺さる。

 ロビンは横目にミス・ロビンを睨み、ふんと鼻を鳴らした。

「いいよ、僕だって一人前の魔法使いだ。一人で何とかしてみせるさ」

 ロビンは胸を叩いてそう言うと、長い袖を捲り上げた。

 ぎゅっとこぶしを握り、再び村のほうへ振り返る。

 まずは、

「オスカーッ!!」

 突然の大声に、ミス・ロビンがひっくり返った。

「来ないと置いてっちゃうから! 二度と手入れしてやらないから! 折って燃やしちゃうからー!!」

 大声で叫んだその時、遠くから悲鳴が聞こえ、村のどこからか大きなほうきが一目散に飛んできた。

 さすがに置いていかれるのも折られるのも嫌なのか、オスカーは二人の監視が放った弓を見事に避け、門を越えて城の敷地内に飛び込んでくる。

 ロビンは行き過ぎたオスカーに飛びついて捕まえ、暴れる柄をしっかりと押さえつけた。

「よかった、誰かが札を剥がしていたんだ」

 しかし、ロープをいくつか連れてきたということは、やっぱり縛られていたらしい。

「魔法、関係ないじゃない」

「ほうきに主人を認めさせるのだって、魔法使いとして立派なことだよ」

「今のは脅しよ」と呆れた声を出すミス・ロビンを無視し、ロビンはオスカーを無理やり跨いだ。

「ちょっと上へ行ってみよう。オスカー、さっき壁があったのに気づいたろう? ここから出られなかったら、君は掃除用の使い捨てほうきになっちゃうから。出たかったら言うこときくんだね」

 じたばたと抵抗するオスカーに、ロビンは唸るように脅しをかける。

 オスカーは嫌そうにふるえたが、渋々という様子でロビンの命令に従った。

 オスカーが柄を真っ直ぐに伸ばし、ロビンの足が、ふわりと宙に浮く。

「男って野蛮ね」

 不安定に飛び立ったロビンを追いながら、ミス・ロビンがため息交じりに零した。


  *


 嫌がるオスカーをあやつり、ある程度城の周りを飛び回ったが、魔法に関するものは何一つ見つからなかった。

 何度城の周りをぐるぐる周っても、何が城を封じている原因なのか、ロビンにはさっぱりわからない。

 唯一、赤い瞳のガーゴイル像が怪しげだったが、それも稀に見るぶさいくなだけで、特に魔法はかけられていなかった。

 ロビンは黄色い国旗の横に止まり、離れた場所にある村を見下ろした。

 森に囲まれた小さな村だ。人の気配があるのはそこだけで、これが国と呼べるのかとも思ったが、王様がワガママで、さらに十年も城から出て来られないのであれば、国民が国を捨てるのは仕方のないことなのかもしれない。

「あーあ……おまえが僕のかばんも持ってきてくれればよかったのに」

 村から少し離れた地下牢の入り口を見つめ、ロビンが不満そうに呟く。まるでほうきのせいだとでも言いたげな発言に、オスカーがぶんと尾を横に振った。

 振り落とされそうになり、ロビンは慌ててオスカーの柄にしがみつく。

 一人前だっていうのに、ほうきすら満足に扱えない。情けない自分に、ロビンは唇を尖らせた。

 二つの国旗を一回りしていたミス・ロビンが、ロビンの横に戻って来る。

「外には何にもないわ。ねぇ、城の中に入ってみたら?」

「うーん……怒られないかなぁ」

「見つかれば怒られるけど」

「これ持ってどこに隠れろっていうのさ、ミス・ロビン」

 ロビンは不満げに言いながらも、オスカーの柄を叩き、地上へ向かっていった。


  *


 案外、城の中には簡単に入ることができた。

 風が通るように城の扉は大きく開け放たれ、門番も居なければ、忙しそうに行き交う召使いもいない。

 ロビンはぴかぴかに磨かれた床にオスカーの柄をつき、城の中を見回した。

 双子国は小さな国だが、さすがに王様の城だけあって、ぴかぴかに磨かれた装飾品や、歴代王の肖像画がずらりと並んでいる。

 左右の壁に飾られた巨大な絵画を見ながら進んでいくと、前方の突き当たりに、小さな扉を発見した。

 向こうまでかなり距離があるせいで、まるで小人専用の扉のように見える。けれど、おそらくロビンが今入ってきた大扉と同じものだ。

 ロビンはオスカーを壁に立てかけ、反対側の扉に向かって駆け出した。

 床を蹴るロビンの足音だけが、誰も居ない廊下に響く。ミス・ロビンがその後からしっかりついてきた。

「ねぇ、どうしたの?」

「前後左右まったく同じって本当かなぁって思って」

 ロビンはそう答えたとき、ちょうど白い大きな柱の前を通った。

 どうやら今のが城の中心らしい。ロビンは足を止め、柱の右にある絵と左にある絵を見比べた。

 建物は前後左右同じでも、さすがに絵は違うようだ。

「あれ? 絵は同じじゃないよ」

「後ろを見なさいな」

 ミス・ロビンがロビンの後ろ頭を叩き、そのままくるりと背後を飛んでいく。

 ミス・ロビンを追って振り返ると、後ろの壁に今見た絵とまったく同じものが飾ってあった。

「どういうこと?」

「ロビンはバカね、いい? 今立っている場所から城を半分にちょん切って、片方を回転させてみなさいな。まったく同じものが二つできるから」

 こうもりにバカと言われて顔を顰めつつ、ロビンは頭の中で言われたとおりの図を展開した。

 くるっと回してくっつける。想像しながら、積み木遊びみたいに手が動く。

「あ、なるほど。ミス・ロビンってすごいね」

「ロビンがおバカなだけよ。それにしても、ここまで同じじゃあ、本当に迷っちゃいそうね」

 入ってきた西側の入り口を確認するミス・ロビンの横を通り、ロビンは反対側の絵へ歩み寄った。

 本当にまったく同じだ。椅子にもたれかかったきれいな王妃様の完璧な立ち姿も、画家のサインまでも、そのインクの染みの形まで同じ。

 しかも、その絵の横にある、豪華な薔薇の生け花の開き方まで寸分違わず左右対称だ。

「うわぁ……ここまでやるとさ、なんか気味悪いよね」

 奇妙な城に、ロビンはミス・ロビンと苦笑いを交わした。

 その時、

「どうしたんだい、ぼうや」

 ゆったりとした声が聞こえて、ロビンは驚いて振り返った。

 頭から顎まで真っ白なひげを蓄えた上品そうな老爺が、しなる木の幹のように腰を曲げ、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 きちんとした服装から見ると、どうやら使用人の中でも位の高い人だ。ロビンはとっさに右目を押さえ、慌ててピンと背筋を伸ばす。

「あ、あの、ごめんなさい。僕、その、投げ入れられちゃって」

 ばか正直なロビンに、何言ってるのよ! とミス・ロビンが翼をばたつかせた。

 しかし、老爺は「ほう」とため息のような声を出すだけで、息を呑んだり、訝しがる様子もない。

「また、厄介な城にやってきたのう。私は城主ファンティニさまの家老、ヨランドと申します」

「あ、ぼ、僕はロビン。魔法使いのロビンです」

 で、こっちはこうもりのミス・ロビン。と、思わず自己紹介を返すロビンに、ヨランドは「ほう」と長い眉毛を動かした。

「魔法使い!」

 その声に、ロビンはしまったと口を押さえたが、もう遅かった。

 また牢に入れられちゃう! ロビンはいつ胴上げにあってもいいよう身構えたが、ヨランドはくしゃっと顔じゅうに皺をよせ、嬉しそうに微笑んだだけだった。

「そうか、君は魔法使いなのか」

 ヨランドは嬉しそうにそう言って、ほっほっと笑う。

 外の兵士たちとはまるで態度が違う。ロビンは戸惑ったが、ゆっくりと構えていた手を下ろした。

「あのう……捕まえたり、しないんですか?」

「ファンティニさまはそう申されるが、私は魔法使いを悪だとは思わんよ。私も、十年前にやってきたあの子を世話した一人じゃからのう」

「メイファを知っているの!?」

 ロビンは思わず身を乗り出し、大声を出した。

 しかし、すぐに年長者への敬意が足りないとミス・ロビンに叩かれたため、慌てて今のはナシねと手を振ってやり直す。

「あの、その、あなたはエメラルドウィッチを知っているんですか?」

「あぁ、知っているとも。あの子は本当にすばらしい魔女じゃった」

 ヨランドは頷き、しわだらけの顔でニッコリと微笑んだ。

 穏やかで優しい老爺に安心したのか、ロビンもほっと笑みを零す。

「あのね、僕、そのエメラルドウィッチの弟子なんです。だから、この城にかけられた魔法を解こうと思って……できるかどうかわかんないけど……でも、やってみてもいいですか」

 声を大小しつつ言うロビンに、ヨランドは「ほう、ほう」と頷いた。

「あの子の弟子か……そうか、あの子の弟子ならば、きっと立派な魔法使いに違いない。や、若者が自ら挑戦することは良いことじゃ。よろしい。ただし、ファンティニさまには内緒ですぞ」

 人差し指を立て、ほっほっと独特の笑い方をするヨランドに、ロビンは胸を張って「はい」と頷いた。





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