表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

第十一話 入国審査


 奇妙な逸話の取り巻く双子国で下ろしてくれと言った時、おじさんは渋い顔をして、やめておけとロビンを止めた。

 しかし、最初からそこが目的地だったのだと言われては、少年の旅を邪魔するわけにもいかない。

 初めての馬車の旅を終え、ロビンはおじさんに礼を言うと、大きく手を振ってお別れをした。

 高く振り上げられた麦藁帽が頭に戻り、馬車が見えなくなるまで見送ると、ロビンは眼帯を外し、またミス・ロビンと一緒に地図を覗き込んだ。

 目の前には、早々に見えなくなった魔の森とは違い、途切れることなく道に寄り添っていた緑の森に囲まれる一本の道。地図には他に道もなく、ほんの爪の先ほど進んですぐの位置に双子国がある。

「この細い道、行けば着くよね」

「そうね、もし違ったら引き返せばいいのよ。大きな目印があるし、大丈夫でしょ」

 ミス・ロビンはロビンの肩から飛び上がり、森の上にはためく旗に向かってひらりと羽ばたく。

 ロビンは頷き、地図を小さくたたんでかばんへ戻した。

「じゃ、行こうか。何だかドキドキするね」

「眼帯するの忘れちゃダメよ。さっきみたいなことになったら、あなた化け物扱いされちゃうかもしれないんだから」

「……はいはい」

 いつもながら直球な発言に顔を顰めつつ、ロビンはしっかりと頭の後ろで紐を結んだ。


 緑の森の中の道は、慣れ親しんだ魔の森のぬかるんだ道とは、まるで大違いだった。

 森の木はどれも背が低く、葉の青い若々しい木々ばかりで、小動物や鳥が楽しげに左右の森を行き来し、足元はしっかりと舗装され大型の馬車も走れるようになっている。

 ロビンは背負ったほうきのオスカーで無意識に道掃除をしながら、木々の上ではためく黄色の国旗を目指していた。

 しかし、本来きき目である右目を隠してしまっているためか、バランスが取りづらく、何度も道をそれて森に突っ込んでいこうとしてしまう。

 そのたびにミス・ロビンが「ちゃんと前を見て歩きなさい!」とロビンを叩き、元の道に戻してあげていた。

 大きくカーブした道を曲がると、道幅が広がり、やがて国の入り口と思われるレンガのアーチが見えてきた。

 道の端から端までを塞ぐ、城壁にしては小ぶりな壁には、中央からきっちり左右に、まるでそっくりの門が二つ備え付けられていた。

 それぞれ両開きの扉の片方だけが開けられており、遠くから見ると地面からキョロリと外の世界を伺う両目のようにも見える。国への入り口まで双つ。そこまでするかと、ロビンは思わず目をこすった。

 確かにふたつあることを確認し、ロビンは曲がり道で少し斜めになっていたほうきを背負いなおすと、気を取り直して国の入り口へ向かった。

 道の端には、様々な形の箱馬車が並び、門の中央にはすでに数人の列ができていた。二つの門の真ん中に並んだ行商人たちは、胸当てだけをつけた兵士たちに、それぞれ二つの入り口のどちらかに振り分けられている。

 右に行った者は黙って進んでいるようだが、左に行った者は大体兵士たちに引きずられ、何か喚きながら強引に連れて行かれている。

 近づくと、二つの門の中心に、看板が立てられているのが目に入った。使い古した色の紙には、飾り気のない文字で“入国検査”とある。

 どうやらここを抜けるしか入国の方法はないらしい。ロビンは恐る恐る列に並びつつも、左に行けといわれたら一目散に逃げようと、いつでも列から抜け出せるよう周りの様子を伺っていた。

 そんなロビンを知ってか知らずか、ミス・ロビンが励ますようにロビンの後ろ頭をつつき、ロビンのフードの中に身をひそめる。

 順番が近づくにつれ、緊張にすっぱくなってくる胸をさすりながら、ロビンは前に並ぶ男の後頭部をじっと見つめていた。

「次!」

 腹に響く太鼓のような声に、ロビンは思わずビクッとした。

 ロビンの前の男の番だ。男は兵士に言われるがままに、手に提げたトランクを広げて見せている。

 立派な錠前のついたトランクの中には、ひとつひとつ丁寧にクッションに収められた、きらきらと輝く宝石が入っていた。この人は宝石商のようだ。

 兵士はぶあつい手袋をはめた手で宝石をいくつか摘み上げ、値踏みするようにじろじろと見回した。

 宝石商は明らかに不安げな表情で、息を詰めて待っている。自分もこんな顔だろうかと、ロビンは頬をさすった。

 兵士は大きなルビーを太陽に透かし、疑わしげに目を細める。それをまるで投げつけるようにトランクへ戻すと、

「この宝石は、魔法で作り出したものに違いない」

 そうきっぱり断言して、兵士はトランクを乱暴に叩き落とした。

 兵士の口から出てきた「魔法」の言葉に、ロビンが反応する。

「そんな!」

 宝石商が引きつった声をあげ、地面に散らばった宝石を土ごとかき集めた。

 しかし全部をトランクに戻す前に、屈強な兵士が二人がかりで宝石商を捕まえ、左のアーチへと引きずっていってしまう。

「次!」

 涙の訴えを叫びながら連行されていく宝石商に引きつっていたロビンは、兵士の短い声に思わず飛び上がった。

 右手右足を同時に出し、ロビンは一歩前へ出る。

 ロビンを見下ろして早々、屈強な兵士は、厄介そうに顔を顰めた。

「掃除夫、には見えないな」

 低く響く声に、ロビンは頷く。隣にいる良く似た顔をした兵士が、巻き紙に何かメモを取った。

 兵士は手袋をはめた手を腰の後ろに回し、ゆっくりとロビンの周りを一回りする。

 ロビンはフードに隠れたミス・ロビンが見つからないよう、それとなくフードの付け根を引っ張った。

「ほうきに、鞄ひとつ。そして……その目は何だ?」

 兵士がロビンの前に戻ってきて、ロビンの右目を顎でしゃくった。

 ロビンは眼帯の上から手を当て、何か後ろめたいことがあるわけでもないが、つい視線をそらす。

「えっと、これは……ちょっと、特殊で」

「さては、目玉を代償に悪魔と契約を交わしたな?」

 言葉を濁すロビンに、疑わしげに兵士が顔を近づけてくる。その言い方に、ロビンはカチンときた。

 確かに黒魔術は悪用されることが多いけど、正しい使い方さえ知っていれば、必ずしも悪いわけではないんだ。ちゃんと魔法も知らないくせに、悪いものだって決めつけないでよ!

 ロビンはむっと顔を顰め、素早くかばんの中を探った。

 兵士が怪訝そうにその様子を覗き込む。ロビンは魔法使い認定証を取り出し、目の前の兵士に突き付けた。

「僕は一人前の魔法使いだ! 悪魔との契約なんてまだできないけど、いつかちゃんとやってみせるんだから!」

 ロビンがきっぱりと言い放つと、その場の全員が突然ざわめきだした。

 四方八方から低い声が聞こえ、ロビンは思わずたじろぐ。体を後ろに引くと、様子を見ていた農夫にぶつかって、農夫は苦笑いをしながら身を引いた。

 早口でのヒソヒソ話を終え、次にはシンと静まり返る。異様な雰囲気に、ロビンは恐る恐る認定証を下ろした。

 すると、先ほどの高圧的な態度から一転、熟す前のオレンジのような色の兵士の顔が、そこにあった。

「こいつを、捕まえて、牢に、ぶち込め!」

 途切れ途切れの命令に、ロビンは目を丸くした。

 何で!? と聞き返す間もなく、その場の兵士総出でロビンの腕や足を掴み上げ、まるで胴上げの状態でロビンを左の門へ運んでいく。

 ロビンは何も理解できないまま、屈強な男たちに押さえつけられて、抵抗さえもできなかった。


  *


 初めての入国が、まさかこんな形になるなんて。

 ロビンは冷たい牢の中で、足元に転がった石ころを蹴り、潰れたパンのような顔を柵に挟んでいた。

 ぶさいくな顔のロビンの上には、見つかってしまったミス・ロビンがちょこんと乗っかっている。

 ロビンは柵越しに冷たい牢屋を行ったり来たりする看守を見つめ、恨めしそうに頬を膨らませた。

「……さいあく」

 ロビンがポツリと漏らした声に、看守が恐い顔で振り返った。

 ロビンは負けじと顔を顰め、これでもかと歯をむき出してみせる。

 ミス・ロビンがバカな事はよしなさい、と叩いたため、ロビンは頬をしぼませた。

 わけのわからない入国検査の後、ロビンは目隠しをされて担ぎ上げられ、そのままこの牢屋に投げ込まれてしまっていた。

 初めての村もまだ見てないし、買い物とかいうのもしたかったのに。順調と思われた旅のはじまりが、思わぬ形で挫けてしまった。

 じめじめしてカビくさい、石、鉄、錆の牢――しかし、冷たい牢に監禁されているのは、ロビンだけではなかった。

 ロビンの向かいにある牢には、大勢の人がぎゅうぎゅうと押し込まれていた。

 どうやら見たところ、ロビンの真正面の牢には男が、その左側の牢には女が入れられている。さっきの宝石商は正面の牢の端っこで、取り上げられたトランクの代わりに膝を抱いて縮こまっていた。

 何の罪を犯したわけでもないのに、なぜか重罪人のように、ロビンだけがこうして隔離されている。

 あまりに不条理な状況に、ロビンは再び頬を膨らませ、冷たい鉄格子を握り締めた。

 ほうきのオスカーも、魔法具の入ったかばんも、ポケットの中のいたずら道具まで全て没収されてしまった。

 せめて、オスカーの封じの札が剥がれていてくれれば、もしかして、もしかすると、百分の一ぐらいの確立で、助けに来てくれるかもしれないのに。……たぶん、それはないけど。

 ロビンは勝手に自己完結して、ぐったりとうな垂れた。冷たい鉄の柵が、ロビンの額をひやりと撫でる。

 何をどう間違えたんだろう。僕はただ、黒魔術を悪用しない、ちゃんとした魔法使いだって言いたかっただけなのに。

 ここはあの城の中なのかな……あの看守さえ居なければ、目の前の人たちにいろいろ聞けるのに。少しでも喋ると、おっかない顔して睨んでくるんだもん……。

 辺りはシンと静まり返り、どこからか水滴の落ちる音だけが、冷たい牢の中に響く。

 その時、一定の靴音を響かせていた看守が、ぴたりと足を止めた。

 その瞬間に、ロビンは顔を上げる。すると、看守は大きく咳払いをし、唯一光の差し込む階段を上り始めた。

 ようやく出て行くようだ。ロビンは今だと身を乗り出し、目の前の牢に向かって懸命に手を振った。

「ねぇ、ねぇ、誰か!」

 かすれた声は思ったよりもよく響き、ほぼ全員がロビンのほうに注目した。

 ロビンは看守が駆け戻ってこないか警戒しつつも、小声で質問を投げかける。

「僕たち、どうして捕まっちゃってるの?」

「魔法使いだって疑われてるから」

 左側から、幼い女の子の声ですぐに返事があった。

 しかしすぐに、誰かが女の子の口を塞いだようだった。くもった声が聞こえ、また沈黙が流れる。

 ロビンはまたすぐに質問をした。

「どうして魔法使いだと捕まるの?」

「魔法使いだからだよ」

 今度は、正面の牢から声がした。

 ロビンと向かい合うように、牢の一番前に座り込んでいる少年が居る。ロビンと同じぐらいの歳だが、目の下に真っ青なくまができ、体はずっと痩せていた。

 先ほどと同じ返答に、ロビンは首を傾げる。

「なんで?」

「この国には魔法使いは立ち入り禁止なんだ」

 また目の前の少年が答えた。じっとロビンを見つめてくる。ひどいくまのせいか、何だか睨まれているように思え、ロビンは少したじろいだ。

「なんで?」

「昔はこんなじゃなかったの」

 すると、今度は少し大人びた女性の声で返事が返ってきた。

 左の牢へ目をやると、牢の右端から、悲しげにこちらを見つめてくる女性が居た。

 彼女の隣には、全く同じ顔の女性がもう一人居た。二人とも整った顔立ちをし、美人と呼ばれる類なのだろうが、どちらも頬骨が浮き出るほど痩せてしまっている。

「昔、この国に新しい城が出来た頃、一人の魔法使いがこの国を訪ねてきたの。昔は魔法使いを毛嫌いしたりしていなかった。むしろ、魔法使いを丁重に扱っているほうだったわ」

「だけど、その魔法使いは国民の親切を裏切って、城に悪い魔法をかけたの。それから、この国では魔法使いを罪人として扱うようになったの」

 同じトーンの声の説明に、周りが少しざわついた。その反応を見ると、それが真実のようだ。

 ロビンはなるほどと頷き、もうひとつ質問をする。

「その魔法使い、どんな魔法をかけたの?」

「城に入った者は、たとえ蟻一匹でも外に出られなくする魔法」

 双子の女性の片方が答えた。その返事に、ロビンは目を丸くする。

「それじゃあ、王様もずっとあの中なの?」

 そう。と何人かが頷き、そして同時に答えた。

「あの魔女のせいだ」

「魔女って誰? 有名な魔女なの?」

 その質問に、ほぼ全員が誰かと顔を見合わせ、そして黙り込んでしまった。

 みんな知らないのか、または言ってはいけないのか。ロビンは首を傾げ、また別の質問をした。

「捕まってるってことは、みんなも魔法使いなの?」

「そんなんじゃない! 疑われているだけだ」

 正面の牢の少年が、噛み付くように答えた。

「ぼくの目の前で、たまたま花瓶が勝手に割れた。それだけで」

「それだけで魔法使いだって? そんなの理不尽だよ!」

「そうさ。でも、この国の二人の王が決めたことだ。少しでも疑いのある者がいれば、餓死するまで閉じ込めて、あとは魔の森にでも捨ててしまえって」

 少年の後ろで、しわがれた声の男が言った。石の地面に横たわったその人が、牢の中で一番痩せていた。

 この牢に閉じ込められた目の前の人々は、どれだけの月日をここで過ごしたのだろう。

 絶望的な事実に、ロビンは悔しそうに唇を噛んだ。

「そんなの酷すぎる……王様は、国民の幸せを願うものなんでしょ?」

「でも、この国ではその王でさえ閉じ込められているんだ。十何年も外に出られないんじゃ、そりゃヒステリーも起こすさ」

 十年も効力を衰えさせない――なんて強力な魔法なんだろう。

 一体どれほどの魔法使いなんだろう。その場を離れながら、そんなに長い間、効力を持続させる魔法が使えるなんて――。

 いつかメイファに教えてもらった、史上に残る有能な魔法使いの名前を思い出していた頃、静まり返った牢に再び鋭い靴音が響いた。

 牢の中の人々がざわめき、何事もなかったかのように、みんながうつ向いて口を閉ざす。

 ブーツで石畳を踏み、さっきの看守が帰ってきた。いや、この国のことだから、交代をしたさっきの看守の双子の兄弟かもしれない。真っ先に身を乗り出していたロビンが睨み付けられ、ロビンもすごすごと牢の中心へ戻った。

 看守が飽きることなくまた牢を行ったり来たりし始めた。コツコツと響くブーツの音を聞きながら、ロビンは膝を抱えた。

 どうやってここから出よう……餓死するまでここに居るなんて、絶対にいやだ。

 せっかく旅に出たのに。お城に着いたら、きっと華やかな暮らしが見られると思ってたのに。

 せめて、その魔法をかけた魔女の名前さえわかれば、何か対処法があるかもしれないのになぁ――。

「ねえ、おじさん」

 ロビンは再び柵のほうへにじり寄り、前を通る看守を呼び止めた。

 お兄さん、と呼ぶべきだっただろうか。微妙な年齢の看守が鬼のような形相でロビンを見下ろすが、ロビンは怯まず質問をぶつけた。

「お城に魔法をかけた魔法使いって、誰?」

 その質問に、看守は顔を顰め、向こうの牢の人たちははっと息を呑んだ。

 ざわつく人々を、看守は「黙れ!」と一喝し、また憮然とロビンを見下ろす。

「それを知って何になる?」

「魔法が解けるかもしれない」

 ロビンはきっぱりとした答えに、看守が少し怯んだように目を見開く。

「まさか」

「できるよ! 僕だって一人前の魔法使いだ。ちゃんとした師匠のもとで、毎日いろんな魔法を学んできた」

 疑わしげな看守に、ロビンは真剣に訴えた。

 “魔法”の言葉に、看守がまた少し怯む。しかし、戸惑うように視線を走らせ、そして微かに口を開いた。

「エメラルドウィッチ」

 看守は低い声で早口に零し、ごまかすようにひとつ咳をする。

 その答えに、ロビンはまん丸に目を見開き、そして弾かれたように立ち上がった。

「僕、そのエメラルドウィッチの弟子だよ!」

 ロビンが思わず叫んだその言葉に、強張った顔の看守も、その場に居る誰もかもが、はっと息を呑んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ