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勇者、○○する。

勇者、告白する。

作者: 藤司

「だって俺は、巨乳大好きなんだ!」


 魔王城に乗り込んだ勇者、魔法使い、僧侶、戦士ら四人のパーティ。だが魔王を攻撃しようとする仲間の前に、勇者は立ちはだかった。ここで魔王を倒せば、世界から巨乳という存在が消えてしまう。世界の平和か、巨乳の存続か。勇者は、乳を選択した。


 勇者のカミングアウトを聞くと、魔法使いは目をぱちくりさせた。瞳の中で光るものが湧き上がるのに、そう時間はかからない。魔法使いは顔をそむけて唇を噛みしめた。


「ほ、本気で言ってるのかよ」


 後方で戦士の唖然とした声がした。勇者は苦悶に満ちた様子で額を押さえ、うなずく。


「嘘だろ、だって、パーティに加えようってこの二人連れてきたの、お前だったんだろ?」


 戦士はそう言って僧侶、魔法使いの順に指をさしてみせた。


「だからてっきり、お前は貧乳専門勇者なのかと――」

「違うんだ!」


 勇者の悲痛な叫びが広間に響き渡った。足がかすかに震えている。彼は床に剣を突き立てて、とりすがるようにして何とか立っていた。


「俺は煩悩の塊だった。断ち切りたかったんだ、巨乳への憧れを、想いを! そうでなければ、俺は勇者にはなれないから……俺は勇者じゃないから……」

「貧乳だから、パーティに選ばれたってこと……?」


 魔法使いが愕然として呟いた。彼女の瞳から一筋の涙が跡を引きながら落ちる。


「あなたは勇者ですよ!」


 僧侶が戦士を支えながら、涙声で叫んだ。


「あなたは誰もが認める勇者です! 預言者ニルトゥス様が直々に選ばれた方なのですから! 勇者でないはずがないです!」


 勇者はうつむけていた顔をゆっくり上げた。寂しげな微笑みを浮かべながら僧侶たちのほうを向く。


「俺が、本当に勇者だと思うか? 本当に?」

「違うの?」


 魔法使いは腕で目元をごしごしこすると、勇者に一歩詰め寄った。彼は魔法使いに目線を戻し、剣を強く握りしめた。


「俺は……俺は……」


 誰もが、勇者の答えを待っていた。魔法使いも、僧侶も、戦士も、魔王までもが。勇者は深く息を吸い込むと、まるで言葉を地面に叩きつけるかのように吠えた。


「俺は勇者じゃない! ただの村人だ!」


 からん、と乾いた音をたてて魔法使いの杖が床を転がった。

「村人……だと?」


 戦士の呟いた声がやけに大きく響く。それほどに、大広間はシンとしていた。


「だって、ニルトゥス様が――」

「預言者は間違えたんだ」


 戦士の言葉を遮って勇者は静かに言った。


「俺は木こりのせがれだよ。働かずに、いつも村で子どもたちと遊んでばかりいた、ただのクズだ」

「だったらどうしてこんなところまで来たんだ?」


 パーティの意気消沈ぶりを楽しげに眺め、魔王は尋ねる。


「全ては、預言者ニルトゥス様の勘違いから始まったんだ……」


 勇者と呼ばれていた男は握った剣をじっと見つめた。






 俺が生まれ育ったのは、ドルアラン国の最北端に位置する名もない村だった。自給自足の生活をして、村の外との交流は一切ない。そんな閉鎖的なところだったんだ。俺はそこで木こりの息子として生まれ、十四になるまでのほほんと暮らしてきた。村の連中はみんな優しかったし、誰も働けなんて言わなかったから。でも、俺が十四になってしばらくしたころ、一人の老人が村に迷い込んできた。それが預言者ニルトゥスだった。


「一夜の宿を貸して下さらんか」


 周りには年端のいかない子どもばかり。俺に尋ねたようだったが、ちょうどそのとき、一人のいたずらっ子が俺の口に大きなリンゴを押し込んだんだよ。それがすっぽり口に入っちゃって、噛むことも、客の前だから吐き出すこともできなかった。でも様子を見るに、旅人は魔物に襲われてかなり疲れていたようだったから、俺は返事をする代わりに仕方なくうなずいたんだ。旅人の手を引いて家まで連れて行こうとしたとき、子どもたちが俺に言ったんだよ。


「このおじーしゃん、お家につれこむ気なの、ゆうしゃん?」


 その言葉を聞いた預言者は、途端に目を輝かせてさ。


「そなた、勇者なのか? 名はなんというのだ?」


 焦ったよ。俺は勇者じゃないし、口の中のリンゴははまったままびくともしないし。でも、何も答えないわけにはいかないから、俺は精一杯口内を広げて言ったんだ。


「俺は、勇者じゃないです――」

「なに、ユーシアアイネス! ユーシアアイネスだと⁉」


 頭から血を流した爺さんのくせして、預言者は恐ろしく力が強かった。顔をよく見ようとでもしたのか、俺の頬を両手で押さえつけると、そのまま力任せに引っ張ったんだ。そのせいでリンゴは玉まるごとのどの奥に行ってしまって、俺は呼吸ができなくなった。周りでは子どもたちがギャーギャーわめいていたが、息がつまって俺は気を失ってしまった。

 次に目が覚めたとき、俺はまったく見知らぬ場所にいた。口の中のリンゴはどこかに消えていたが、同時に俺が今まで身につけていた衣服もなくなっていた。代わりに着ていたのは触ったこともない、見るからに立派な衣装だ。わけがわからない。

「お目覚めですか」とかなんとか言う女性について行って、行きついた先が王の間だった。分かっていないまま魔王討伐の命を下され、先代勇者が引き抜いた伝説の剣を頂戴した。


「次に勇者となる者の名は、ユーシアアイネス。そう予言していたのだ」


 預言者ニルトゥス爺さんは、ド素人の俺に剣の手ほどきを超特急でやって、「煩悩を断て」と巨乳の女を一切近づけさせなくなった。寿命で死ぬ間際に言い遺したのが、「パーティに巨乳は厳禁」なんて教えだったんだ。だから、君たち二人を選んだ。






 話を聞いた僧侶は放心状態だった。口をぽかんとあけて、虚ろな目で偽勇者を見ている。魔法使いはもはや感情を失った顔で、無気力に言った。


「それじゃ、あなたの本当の名は……なんなの?」

「俺は、俺の名は……」


 ためらっていると、魔王と目が合った。魔王はがんばれ、とでも言いたげにぱちりと片目をつむってみせた。勇者は覚悟を決め、一度は捨てた名を口にした。


「俺の名は、ブリックハウス・ユーゾウ。愛称は、ユウサン、です」

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