第五十七話 隠密
聞こえた不穏な言葉に、意識を研ぎ澄ます。
反撃の狼煙を上げる……普通の会話では絶対に使わない言葉だろう。
「国王を……殺さないと……この国は確実に終わるという調査結果が出ている。これを、ただ国の中で流しただけだと平和でゆるみきった連中は信じないだろうし、最悪の場合、国に事実をもみ消されて情報元の俺らがやられるかもしれないからな」
低い男の声が響き、いやな予感が膨れ上がる。国王の……暗殺計画といったところだろうか。国が終わる可能性があるという情報も怪しい。
「あの、最近客人として来た人間も要注意だわね。とてつもなく強いとかは無いと思うけれど、国王との連絡を取っている人とか、この調査結果に書いてある大きな組織からの連絡係かもしれないわね」
お嬢様の様な声が中から響いてきた。最近客人としてきたという人間というのは……俺らの事だろう。
とくに、そういう事実が有るわけではないが、疑われているのは事実と考えていいだろう。いや、疑惑の最前線に立っているといってもいいだろう。
「あの……あの人はそういう人には見えませんでしたよ。人間とは違って獣人を嫌悪している様子も有りませんし、なにより覇気の様なものが有りませんでした」
次に聞こえてきたのは、何所か聞き覚えのあるやんわりとした声。この人は僕の擁護側だろうか。
とりあえず、ここで話し合われているのはただならぬ事だという事は解った。
「俺も覇気は感じられなかったな。まだ、初心者といったところだろう。人を殺したこともないだろうな」
「おいらもおんなじ事を感じたべ!」
複数人の同意の声が響く。中には有る程度人がいると考えていいだろう。
というか、僕は人なんて殺したことは無い。というか、殺人とかに手を染めたくはない。
「だが、諜報員という可能性もある。諜報員はばれたら死ぬのが基本。だから、証拠が残りやすい人殺しに手を染めないものだ。念のために数人の監視役を設けたほうがいいだろう」
「じゃぁ……私がやります。私なら、少しだけ話したことが有りますし友人となれば、情報などが聞き出せる可能性もあります」
先ほどの聞き覚えのあるやんわりとした声が響いてくる。
……完全に僕が疑われている気がする。
「解った。じゃぁ、監視はお前に任せよう。少しでも情報が入ったら即座に伝えてくれ。だが、もし手篭めにされそうになったら殺しても構わん」
「解りました。一応ポケットに武器だけはしまっておきます。あと……色仕掛けは禁止という事ですか?」
「使っても構わんが、一線を越えることだけはないように。俺らはそういう犠牲は無くしたいんだ」
「解りました」
会話がひと段落ついたのか、がわがわとした雰囲気が戻ってくる。
「そうだ、ここで全員に話しておく事がある。作戦の決行日は近々決定する。たぶん……今月中だ」
その言葉の直後に息をのむ音が聞こえた。だが、それは絶望の類ではなく、期待や待望の音に感じた。
「絶対に……あの王のたくらみを止めるぞ!この平和な国を……あの王の行動で終わらせるわけにはいかないのだ!」
「「おうっ!」」
唱和とともに、椅子から立ち上がるような音が響く。
その音に反射的に反応してしまい、僕は後ろに下がってしまった。その結果、突然の事態に足がもつれてしまい、ドシンと音をたてて地面に倒れこんでしまう。
「何者だ!」
やばい……ばれた。
どたどたという音が中からひびき、足音が近づいてくるのを感じる。
どうすれば……
頭の中でいろいろと考えて……即座に近くにあった扉を開けて中に入る。
中を碌に見ないで入り、音を立てず、なお且つすばやく扉を閉める。
直後、さっきまで僕が前にいた扉があく音が響く。
「誰かが居るのか!?」
「いや、いない!こんな短時間でばれないように移動するのは無理だ!たぶん、気のせいか、何かが落ちた音だろう」
「そうか……ちょっと重大な事を話したから気が張っていたのかもしれないな。まぁ、いいだろう」
扉のしまる音が聞こえ、ようやく安堵のため息をつく。
危なかった……
「……何これ」
そろそろ物語が加速していきます。




