第九話 退室
「おはよう……なのじゃ……」
「おはよう、意外と遅かったな……」
シュナがゆったりと起きだしてくる。
ちなみに、僕は既に起きていた。
高揚感で途中で起きてしまったって言った方が正しいかな……
「……お休みなのじゃ……」
「って待って!出発まで時間がないぞ!」
シュナの体がベットに吸い込まれていく。
こんな時に起こすには……
「もうすぐ下の食堂が閉まっちゃうぞ。」
「本当か!?今すぐ行くのじゃ!」
これまでとは打って変わった高速な身のこなしでベットから跳び起き……というか飛びだし、ものすごい速さで着替え始める。
「ちょっと!着替える前に何か言ってよ!」
「いや、お主だから別によいのじゃが……」
「シュナが良くても僕は良くない!」
そんなこんなで着替え終わり、下の階へ食事を食べに向かう。
なんだか、嫉妬の視線が少しずつ昨晩はお楽しみでしたねというような穏やかな視線に変わっているような気がする。
居心地が悪いのには変わりがないが、慣れているからいいか。
いつも通りシュナは大量のご飯をお腹に放りこんでいく。
朝から相変わらずの食欲で。
もちろんクリームシチューは机の上になかった。
「そろそろ行くかのう。」
「そうだな。とりあえず、荷物だけ準備してきたら?」
「了解じゃ。」
二人揃って階段を上って部屋に入る。
ちゃちゃっと荷物を用意して準備完了。
野営道具よし、戦闘用具よし、食料よし。
途中で、飛び道具を買っていけばいいし……
「シュナ、準備できた?」
「もちろんじゃ。いつでも行けるぞい。そういえば、食料は準備してあるのじゃろうな。」
「当たり前だよ、シュナの胃袋がいっぱいになるぐらいに大量に食料は手に入れてある。銀貨10枚分の食糧だからな……」
魔法袋の中で物が腐ったりはしないようなので、肉なども入れてある。
つくづく便利なものだ。
「じゃぁ、宿の人にお礼だけ言ってから出発とするか。」
「そうじゃな、さすがにお世話になった人に何も言わずに出ていくのは気が引けるのじゃ。」
階段を下りて、宿の人が住んでいる部屋の前まで移動する。
「すみません。だれかいますか?」
ノックしながら扉越しに話しかける。
「はい。どなたでしょうか。」
「えっと……イツキですが話がありまして……」
「え!?……少々お待ち下さい!」
宿屋の娘の声の後に、どたばたと地震が起きたような音が連続で響き渡る。
……大慌てで部屋を片付けているのだろうか。
別に、どんな風になっていてもいいのに……
「お待たせしました!どうぞ!」
扉が開き、中に招き入れられる。
穏やかな雰囲気のある薄く茶色が掛かった壁紙に、お城の様な形をした木の彫り物。
本棚があちらこちらに設置されていて、いかにも読書好きな人の部屋だ。
こんなに本があるとは……だいぶ裕福なのだろうか。
でも、本棚のあちらこちらに不自然に開いているところがあるのは気のせいだろうか。
「えっと、どのようなご用件でしょうか。」
「ちょっと出かける事になりまして……場所はダンジョンなんですけれど、泊りこみになると思うんでお別れの挨拶に……ってわけです。」
宿屋の娘の顔が一気に暗くなる。
何かあったのだろうか。
「……分かりました。次に来るまで部屋は開けさせていただきます。」
「えっと……」
「ダンジョンに行くって事は後で戻ってくるんですよね。それまでの分の料金は後で徴収させて頂きます。まぁタダですけれど。別れの挨拶はいりません。」
「何が起きているのか分からないんですが……」
「簡単に言うと、返ってくるまでずっと宿泊している扱いをさせていただきます。無事に帰ってきてくださいね。」
「……なんだか分かりませんけどありがとうございます。」
「では、いってらっしゃいませ。」
退室を勧められてそのまま出ていく。
何が起きたんだろうか。
「……何が起きたか分かる?」
「……わらわも分からないのじゃ。」
最後の方にはしてやったりって感じの顔をしていたから……まぁ機嫌が悪いって事ではなさそうけど……
とりあえず……ここで佇んでいても何もできないので一旦宿屋から出る。
「次にここに戻るときは、依頼を達成してからだな。」
「そうじゃな、とりあえず今はダンジョン攻略じゃ。」
ダンジョンへの道はここをまっすぐ行ったところにある。
だいたい、3時間ぐらい歩いたら着くかな……
「じゃぁ!いくのじゃ!」
「っと、その前に、ちょっとだけいいか?」
「別にいいのじゃがなんじゃ?」
「あと、一つだけ買いたい物があってね。」
ちょっとだけ道端の露店による。
釘か……まぁこれでもいいだろう。
ちゃちゃっと買う。
「じゃぁいこっか!」




