007 塒で荷物整理
部屋が薄暗いせいで気付かなかったが、部屋の中は物凄く汚かった。
大量のビール缶が散らばり、煙草の吸い殻が落ち、ゴミ袋が山を作り、雑誌が足の踏み場を無くしている。あいつが使用していたであろう布団からは異臭が放たれ、押し入れからは開けることが躊躇われるようなオーラが漏れ出している。
壁も、年季が入っているとかそんなのは無関係に染みやらカビやらで目も当てられない状態。
キノコも生えてそうである。
極めつけはやはり、斉藤(仮)の血液。
カビ臭いだけでなく血生臭いとか最悪だ。
「こ……ここは人の住める場所ではない、だろ」
「贅沢は敵よ。諦めにゃさい。ほら、エロ本もあるっぽいわよ」
ハンッ! そんな年中発情期な人間が性欲処理に使うようなもの誰が必要とするか。
…………あれ、俺も人間だし必要とするのか?
まあどちらにせよどうでも良い。そんなことよりも、だ。
「……この近くって、森とか無いのか?」
「そこで暮らす気? 魔物の巣窟だけど」
文化的な暮らし? ンなもん要らねェ! 空気だ、せめて良い空気を俺にくれ!
魔物ねー……そいつら倒したらレベル上がるんだろ? なら暫く森に籠って魔物が襲い掛かってきたら戦い、それまでは睡眠を取って、腹が減ったら魔物の肉を喰らう。そんな暮らしをしようかな。
「森はあるんだな?」
「ちょ、正気?」
「いや、この場所に居ると正気を保てなくなりそうなんだよ」
そう、先程から手の震えが止まらない。
余りの汚さに、全身が拒絶反応を起こしているのだ。
玄関先から動いていない俺とエンゼル。双方共に……というかエンゼル自身も部屋の中へ進出しようとはしない時点でこの場所が住むのに適していないこと位分かっているだろうに。
「そんな大げさな……」
「……大げさ?」
何処が? こんなに汚……い、の……に。
「……久遠?」
…………汚い。汚い。汚い。汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
キタナイ。
ゴミワ、分別セズニ燃ヤシマショウ。
気付くと俺は血に染まった鉄の剣を床に落とし、鞄に手を突っ込んでいた。
そして中に入っているものを知っているかのように、当たり前が如く一つの短剣を取り出した。
その短剣は黒かった。
室内へ向けられた暗闇の中でも異彩と共に黒く光るその刀身からは、ドロリとした液体の様な、異色ではあるが油の泉を連想する魔力が流れ出始める。
そして、俺は思う。
ゴミは焼き尽くすのだ。
生物だろうが物質だろうが、汚い物は全て。
「焼け」
無意識の内に出た言葉だった。
先程からずっと、俺は意識的に行動することが出来ていない。……だが別にどうでも良いと思った。
何故なら次の瞬間、辺りは火の海と化したからだ。
ビール缶は。
煙草の吸殻は。
ゴミ袋は。
雑誌は。
布団は。
ナニかは。
染みは。
カビは。
キノコは。
血液は。
焼けた。炎が俺の意思を組む様に、部屋では無く汚物のみを焼き尽くす。
その光景は焦土。しかし、メラメラと燃えたぎる炎で焼けて行くのは皆、俺がゴミだと認識したものだ。
無論、そんな都合の良い炎は無いだろうし、この部屋は時期に崩れ落ちるだろう。
「………………ハハハッ!」
「何やってんの! 早くひにゃんするよ!」
「えー? なんでー? 折角ゴミを焼いてるのに」
「自分も焼く気か! ホラ早くする!」
エンゼルは笑う俺を引っ張って、急ぎ部屋の外へと駆けだした。
その小さな体でよく出来るなと思いつつ、収まらない笑いを抑える事無く俺はエンゼルについて行った。
いや、行こうとした。
「……あれ?」
「どうし……火が、消えてる?」
俺達の足は止まった。
先程まで燃え盛っていた筈の炎がまるで無かったもののように消え去っており、部屋の中には何も無くなっていたからだ。
あれ程あったゴミの山はその痕跡すらも消え、先程まであった悪臭も無い。
部屋も、確かに古くはあるがまるで人が使ってはいなかったかのように……言うなれば生活感が根こそぎ持っていかれていた。
部屋の中へ降り注ぐ筈だった光を遮断していたカーテンも消え、中にはオレンジ色の光が射しこんでいる。
「まさか……ゴミだけを焼いたってのか?」
「有り得にゃい……アンタ、何をした?」
「……さぁ? 多分コイツの力だとは思うんだが」
そう言って俺は、自分の手に収まった短剣に目を向ける。
黒剣リットゥ ☆7
スキル 炎生成 炎操作 炎強化 魔装
目に入って来た情報から名前やその効果を知り、確証を得る。
決定だ。絶対コレ。これ以外有り得ない。
「黒剣リットゥ…………」
「……ま、イイわ。ワタシもう帰るし」
思わずその名を呟く俺から手を放し、エンゼルはそう言うと半開きの扉に手を掛ける。
そして俺の手に収まった黒剣を一瞥した後、「じゃあね」と会釈し俺が礼を言う間も無く部屋を出て行った。
引き止めようとした俺を拒絶するように扉は閉められ、俺は諦める。
取り敢えず、結果的に部屋の中はどうにかなった。
俺は靴を脱いで部屋の中に入り、何も無くなった畳の床に寝転がる。
一息ついてみると、気が抜けたせいかドッと来た疲労感に体は思ったより疲れていたらしいことを痛感することになり、歳を取ったな、なんて思う。
記憶が無いのだから知識があるだけの幼児と何等代わりない気もするが、体は成長しているのだからそれではいけない。
疲れを癒すにせよなんにせよ、まだ夕方だ。まさかもう寝る訳にも行かないし、取り敢えず今はこの四次元ポケット疑惑がある鞄の中身を確かめるべきだろう。
無意識の内に取り出した黒剣リットゥ。
コレの様な便利グッズがまだ入っているかもしれない。
幸いにもそれが何なのか知る術もあることだし、鞄の中身を根こそぎ取り出して使える物を知っておこう。
勇者の衣服【半壊】 ☆3
スキル 防御中UP 体温調節
銀の鎧【半壊】 ☆3
スキル 防御大UP 聖属性
これはさっきまで俺が着ていた服と鎧か。
服は上下セットだったんだな……なんかジャージみたいだ。
半壊していても効果は健在のようだが、どちらにせよこの国で身に纏うことは無いだろうな。
コレ着て歩いたら浮きまくりだし。
服を脱いで寒くなったのは体温調節ってスキルの恩恵を得られなくなったからか。
……黒剣リットゥの時にもあった星は何だ? レア度?
まあ分からないから次行ってみよう。
テント ☆2
干し肉 ☆1
ジャガイモ ☆1
ニンジン ☆1
タマネギ ☆1
パン ☆1
油 ☆1
水 ☆1
飴 ☆1
カレールー ☆1
聖水 ☆2
マトリョシカ ☆1
フライパン【剛腕】 ☆5
スキル 味向上 料理技能UP 固有装備
鍋【有能】 ☆3
スキル 味向上
箸 ☆1
マッチ ☆1
歯ブラシ ☆1
パジャマ ☆1
毛布 ☆1
枕【爆睡】 ☆4
スキル 安眠守護結界
これらは日用品か? 取り敢えず食べることと寝ることに力入れてるのだけは伝わってくる。
食材は、干し肉やパンは少し多めだが、野菜等日持ちしないものは一、二食分位の量しか入っていない。
後はやはり星はレア度らしいことが分かる。
勇者の装備より同等か貴重な調理器具と枕って何だ。
というかテントとかこんな小さい鞄によく入ったな。
……今更か。
この部屋、簡略化されてはいるけどキッチンも一応あるにはあるから後でカレーでも作ろうかな。
後は……ん?
グレイプニル【血盟】 ☆9
スキル 伸縮自在 形状変化 重量変化 分裂 捕縛 ステータス二倍 状態異常耐性 固有装備
ナニコレ。
明らかに異彩を放つそれは、物でありながらまるで生き物の様に殺気を放っていた。
俺にでは無い。俺以外の全ての物に。
……ただ、俺はそれを全く怖いとは思わなかった。
むしろ懐かしいと、絶対に手放したくない手放してはいけないと、そう感じていた。
例えこれ以外のもの全てを犠牲に支払うとしても、これだけは死守しなければならない。
そう感じてならなかった。
そしてこれを身に着けていれば、誰かと再会を果たすことが出来ると。
誰と? それの答えを持ち合わせてはいない。だがこれだけは知っている。
そいつは俺の友達だと。
大切な、友達だと。
兎にも角にも鞄の中の物は粗方確認した訳だが、中に入っていた物の量が多い為に殆どの物をを再度鞄へ戻す。
残したのは枕と毛布、後はグレイプニルだけで、グレイプニルはチェーン見たくベルトに着けた。
赤黒い鎖を身に着けた瞬間に体が軽くなった気がした。
これがステータス二倍の効果か、なんて思いつつ、ご飯でも作ろうと立ち上がり、パンを齧る。
正直今のままだとお腹が空き過ぎてて何もする気が起きない。
少しでも胃に入れて起きたかったのだ。
さて、作るならやっぱりカレーだろうか。
…………いや、だ、駄目だ。カレーは出来ない。
なんということだろう、記憶を失う前の俺は何を考えているんだ。最も重要な食材を入れ忘れているじゃないか。
カレーにはこれが無きゃそれはもうカレーとは呼ばない。
そう。
ご飯……お米がないんだ。
一応、パンで食べると言う選択肢もあるのだろう。
だが俺にとってそれは邪道。無いに等しい道なのだ。
福神漬けも落橋も確かに重要だ……だがそれ以上に、お米が無いのは絶望的だ!
一気に俺のやる気ゲージが低下していくのを感じる。
それはもう亜音速で。
料理をする気力まで持っていかれてしまった俺は、再度畳に倒れこむ。
枕に顔を埋め、もうこのまま寝てしまおうかと瞼を閉じる。
……ただ、パンを食べたとはいえ腹は減ってるんだよな。
そういえば近くにコンビニがあったっけ。
一応やっては居るみたいだし、そこで何か食うもんを……金ないんだった。
あれ、そういや箱庭エデンの通貨見てねぇな。
まさか無一文という訳でもあるまいに、一体何処に入れたんだ?
当然、こっちで使えるとは思っていないものの、ある筈の物が無いと言うのは気持が悪い。
探してみると鞄のポケットの方に小袋が入っていて、その中に入っていた。
エデン銅貨 ☆1
エデン銀貨 ☆2
エデン金貨 ☆3
……これは単純に素材としての価値ではなかろうか。
箱庭エデンの通貨はこの三つのようだが、こちらで金としての役割を果たす事は無い。
となればそう考えるのが妥当だろう。
さて、金が無いんだから仕方が無い。
やる気は出なくとも料理はしよう。
そう思い、立ち上がろうとした俺の体は糸が切れたように崩れ落ちる。
「あ……れ? 力が……」
抗う術も無く、枕に頭を叩きつけた俺は、そのまま意識を手放した。




