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111Labirinto  作者: 白米
第一章 喪失者
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004 誰得の選択

 小野小町。

 平安前期九世紀頃の女流歌人であり、六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。絶世の美人とされた彼女は日本の歴史上人物でも有名どころであり、小学六年辺りでもう既に教わっていることだろう。



 いや、まあ同姓同名ってだけなんだろうけどな。

 本物だったらなんかもう駄目だろ。第一歌人じゃなくて服屋だし。


「よろしく」


 この世界ではどうにも俺がそうらしい|(元)天界人という存在は嫌悪の対象らしいし、親しくなることは無いだろう。

 服装のせいでもう手遅れかもしれないが、名乗るのは控えるか。

 エンゼルの名前がそうであったように、名前で文化の違いも分かるものだしな。


 ……? あれ、でも小野小町って名前はどちらかというと俺の名前に近いものがあるような……?


「おいおーい。相手さんが名乗ってるんだから君も名乗らなきゃ。自分のお顔に自信があるのは分かるけど、そんなんじゃモテないぞ?」


「顔?」


 顔に自信? どんな生物だソレ。

 というか俺……自分の顔とか知らん。まあそれは置いといてもだ。


「他人と違うパーツの大きさや位置の変化を誇る馬鹿がこの世界にはいるのか?」


 馬鹿みたいだなそいつら。

 いや、小町の言動から察するにこれは万国共通の常識なのか……?

 知識としても存在しないぞ……。


「えっと……アウストラロピテクスの方で?」


「誰が原始人か。人を言語も確定されていないようなほぼ猿と一緒にするな」


 恐ろしく失礼な奴だな。


「あ、同郷の人でしたか。チョリーッス」


「チョリッ……? ……同郷? お前も天界人だったのか」


「え?」


「え?」


 疑問で返されてしまった。

 話の食い違いが起きてしまっていることを認知した訳だが一体全体今の会話の何処で話の食い違いが起きるのか。

 予測されるのは話の食い違いが起きた同郷の話からだが、小町の言いたいことが分からない以上何故食い違ったのかは分からない。


「ちょいとつかぬ事をお伺いしてもよろしいザンスかイケメン君?」


「ザンス!? イケメ……? イケメンとは? イケた麺つゆの略称か?」


 どうやら記憶と一緒に持ってかれた部類の知識に含まれるものらしいが、俺の思い付くのはこれ位しかない訳で。


「違うし。全く違うし」


 しかし違うらしい。

 なら……これか! 『インターナショナル()ケンちゃんの()メロス朗読会()ンッとにマジパネェ()』……! これだ……これ以外に考えられない!

 ケンちゃんが誰なのかは思い出せないが、どんな人物だったのか、三十ヵ国語喋ることの出来て語り上手だったという人物像は浮かんでくる。


「……それは置いといて」


「置いとくな。答え合わせを要求する」


「置いとくの! で、貴方に尋ねます!」


 一蹴されてしまった。


「ユアネーム」


 結局ソレか。発音おかしいぞ、your nameだ。

 いや、まあ別段名乗りたくないという訳でも無く、俺だって男だし美人な小町とお近づきになるのもやぶさかでは無い……筈だし、問題さえなければ名前の一つや百つ、平然と名乗るのだが。

 ……って、もう既に間接的ではあるが暴露しちまってるな。

 なら別に、隠す意味も無い。


「千壌土久遠。そう言うらしいぞ」


「久遠がお名前?」


「そうだ。ところでそろそろエンゼルさんを交えて話を進めないか」


「え?」


 先程、正確に言えばエンゼルに尋ねたことを小町が答えた所辺りからエンゼルは一人会話の輪に入れず取り残され、その小さな体故に視界にも入らないという先程の俺以上の孤独感を味わっている訳で。

 少し前から店の隅で体育座りしているエンゼルの方からBGMのように鼻歌が聞こえてきているのだ。

 良い声してる。エンゼル良い声してるよ。


「OH……」


 その存在に気付いた小町がそう呟いているのを放置し、俺は店の隅で鼻歌なんか歌ってるエンゼルの肩に手を乗せて言う。


「そろそろ俺をここに連れて来たことの意味を教えて貰えるか?」


「────……ウサギは、寂しいと死んでしまうんにゃ」


 上から目線の癖に目線は随分と下にあるもんだから撃たれ弱いらしい。


 落ち込んだエンゼルに生気を戻すのにはそれ程時間を要さなかったが、以後気を付けようと考えつつ、気を持ち直したエンゼルの言葉に耳を傾ける。



「今日来たのはコイツの服を見繕う為にゃ」


「エンゼルさんここ、レディースショップだよ?」


 やっぱりか。

 というか実は先程の疑問、店に入って確証に代わっていた。

 店内にあるこの沢山の服、これら全てが男物だった場合俺は即刻ここを立ち去らねばいけなくなる。

 オカマ祭りになる。


「ほら、前にボーイなんちゃらっていってたじゃん。それで良いわ」


「ボーイッシュ!? ボーイッシュの事言ってるのそれ!? それ別に男の子が着るからボーイって付いてるんじゃないよ!?」


 どうにもエンゼルの勘違いが来店の理由らしかった。

 よかったのかよくなかったのか。

 この中から俺の着る服を選ぶとかそれなんて鬼畜? と思う反面、そうなると振出しじゃね? と思う心がある。


 ヒラヒラ着たいと思わないわー。

 でもこの格好のままじゃ拙いわ―。


 的な。……どうすんだコレ。


「そうなの?」


「まあ着せるけど」


「えっ」


 今なんて? 小町の口から何やら不穏な言葉が出て来た気が……するわ。現実逃避止める。


「そのカッコじゃ外出れないもんねー。私に任せてよ」


「えっ。あ、待っ……」


 俺の静止なんか気にもとめずに店の奥へと消えていった小町を俺はただ見ているしか無い訳で。


「良かったにゃ。一先ずコレで堕ち人には見えなくなるわ」


「代わりに男の尊厳とか持ってかれないよな?」


「大丈夫じゃにゃい? ボーイって付いてるし」


 いやまあスカートとかは出てこないだろうけども。

 ただそれでも、小町が持ってくるであろう洋服はしっかりと女物である訳で、……というか服のサイズとか全く聞かれてないんだが。

 まあレディースショップで俺の身長に合う服って言ったら限られてくるだろうし、その辺を配慮に入れてってことだろうな。

 キッツキツの物が出てこないことを願おう。



「おっ待たせー!」


「おぶっ」


 何故か背後より這い寄って来た小町は膝カックンして来た。

 クリティカルヒットした俺の体はバランスを崩し、頭部が後ろに居る小町の頭に強打。


「「ぉ゛ぉぉ゛ぉ……!」」


 ダブルノックダウンという結果になりました。


「いや何すんだよ」


「悪戯半分でやった。後悔しかしてない」


「だろうな……」


 軽い悪戯のつもりが実害被ってんじゃん。

 まあ、それはさて置き小町の手には先程まで無かった数着の服があり、俺の視線に気付いた小町はドヤ顔になった。


「ジャジャーン! これが君に似合う服です。多分」


「女物の服を似合いたくないと思うべきなのか多分という言葉にツッコミを入れるべきなのか」


「難しいところだにゃ」


 難しくしたのはエンゼルさん、アンタですよ?

 まあ兎にも角にもといった風に、小町に背を押されて服と一緒に更衣室へ押し込まれた俺は、ニヤニヤ笑う小町をシャットアウトするように勢いよくカーテンを閉める。

 疲労から来たであろう溜息を漏らしながらも狭い更衣室の中で、目の前には見慣れぬ男の全身を丸々写し出す大きな鏡が壁と一体化しているが、取り敢えずこれが俺の顔かと脳内保存しておいた。

 更衣室で初めて自分の姿を見たなんて奴、早々いないだろうな……。



 さて置き、身支度の遅い男はアマゾン川を泳いで一往復だなんていう妙な思考から逃げる様に急ぎ着替えの作業に入った俺は、重苦しくも防御性能に疑問を抱かざるを得ない貫かれた鎧を脱ぎ捨て、血濡れた上着を若干苦労しながらに脱いだところで、その手は止まる。


「うひゃぁ!?」


 変な声出た。

 俺は服を脱いだ瞬間に周囲の気温を知ったかのようなリアクションと共に、全身鳥肌が立つ程に肌寒い現状に身を震わせる。

 ナニコレ超寒い! こんな服一枚脱いだだけなのに何故こんなにも寒いのだ!?


「どうし……っ!」


「開けんな!」


 勢いよくカーテンをオープンしやがりました小町に脳内でセクハラ大魔神の称号を与えつつカーテンを閉め直して急ぎ新しい服を着る。

 俺は、ズボンにも同様の魔法が施されていることを予期しつつ、今度はしっかりと心の準備をしてズボンを下し、案の定来た寒さにも心の準備があってか何の問題も無く対応。

 ……よもや下着も用意されているとはなんて思いつつトランクスに履き替えた後、片方だけ短いパンツに衣類としての機能性を尋ねたくなりつつも文句を言える立場では無いと言葉を飲み込み、身に着ける。

 細身の造りだというのに腰回りが緩く、ベルトが無ければ終始ズボンを持っていなければならなかっただろうな、なんてくだらない事を考えながらに、靴下と靴も履きかえて、最後にパーカーを羽織い、鞄を装備したところで着替えは終わった。


「あ、もしかして元々着てた服も防寒魔法が掛けられててそれを忘れてたの?」


「…………」


 覚えてることの方が少ない現状、そんな下らない事覚えてたら自分を殴りたくなるわ。



 ……さて、着替え終わったところで疑問が一つ。

 俺の両手首に腕輪が付けられているのだが、取れない。

 右が白で左が黒。オセロかよと思わないでもないが、そんなのはさて置いて取れないとは何事だろう。

 全力で引っ張ってみても、手首の方が先に取れてしまいそうだと思われる程に抜ける気配がしないのだ。


「エンゼルさん」


「何さ」


「身に着けてた腕輪、外れない」


「あーそりゃ呪いにゃ。呪われた装備。」


 そうか……呪いの装備、か。


「…………何で!?」


 本気で記憶が無くなる前の俺が何をしていたのか気になるところだが、何で勇者が呪われた武器装備してんだよ。

 着替えるだけで鬱になるという貴重な体験談を今後誰かに話す事を予想しつつ、俺は狭い行為室内で一回転、男が生脚とか誰得な所以外というか嘔吐の対象であること以外は何の問題も無いことを確認し、更衣室のカーテンを開ける。

 ……真面目に誰得なのかはさて置いて、一九歳男の脚にすね毛一つ生えてないとはこれ如何に。


「着替え終わっ」


「ドヤァァァ。どーよエンゼルさん。私の見立ては」


「男の生脚誰得よ。というかこの店の商品にしては地味にゃ」


 言葉を遮られたのはさて置き、エンゼルの言葉には激しく同意したい。

 己自身も得をしないこの格好に一体何の意味があるのか、……ただ俺は派手好きという訳ではないらしいから今の物でも十分過ぎる程に派手だと思うのだが……。


「服を着ると、外温を遮断出来るようだが、露出している部位が寒さを感じられぬままに壊死した、なんて展開は無いんだよな?」


 どうやらこの服にも元々俺が着ていた服と同様の効果が備わっているらしいことは身に着けた瞬間に分かっていたが、その辺が不安だった。


「無いよ怖いなー」


 無いなら良いか。

 先程まで着ていた服からも分かるが、元々服に頓着していた様子も無い訳で。

 俺は元々着ていた服も鞄の中に突っ込んでおいた。

 真面目な話、この鞄は一体なんなのだろうか。


「さてお支払のお時間だけどー……君はお金ないよね?」


「無いな。……威張る事ではないが……」


 早く無一文から脱却したい。


「じゃあエンゼルさんの奢りってことか……うぇ」


「何にゃ。ワタシだって支払い能力位あるわ」


「そうだろうけどさ……」


「?」


 何か問題があるらしい。


「ツケで良いのなら俺が後日支払に来るが……?」


 元々、他人の金で買い物をするなんて抵抗がある訳で、小町の人柄を鑑みるにその位の融通は利きそうだ。

 ならば支払い能力を持ち得た後に服の代金を支払えば良いのではなかろうか。


「あっ、気にしないでー私とエンゼルさんの問題だから」


「というか、アンタはワタシを嘘吐きにする気か」


 やはり問題はあるらしいが、俺とは無関係のものであるらしい。

 その後も、一悶着あったりしたがそれはさて置き、次の目的地があるからと俺とエンゼルは店を出ることになる。


「ありがとうございました、またのご来店、お待ちしてまーす!」


 俺が再度ご来店したらただの変人だろ。

 小町の言葉にそんなことを思いながら、俺は再度エンゼルを抱きかかえて小町の元を後にしたのだった。

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