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111Labirinto  作者: 白米
第一章 喪失者
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002 迷人と兎人形

 俺はゴブリンの棍棒を拾いながらに目の前でニヤニヤと笑う男共を睨みつける。

 事態の理解は全くといって良い程に出来ていないが、今目の前にいるこいつらがここに居るのは他人の足を引っ張る為であることだけは確実に理解することが叶った。

 推理するに、俺は狸顔の男が言うところの『箱庭エデン』という所からこの場所へ来たのは良いが、俺が通って来た場所は正規のルートではなく、ここは少なくとも勇者が来る場所ではなかったのだろう。

 そして今、この時を持って俺は元来た道を戻ることが叶わなくなったと、そういうことなのだろう。

 『楽園(エデン)』と呼称されたそこは多分今現在居るこの場所からしてみれば憧れや妬みを送られる場所であり、そこから来た奴に八つ当たりして鬱憤を晴らしているのがこいつらという訳か。


 つまり今後、俺が記憶を失う前の知人に出会い得る可能性はほぼ皆無であるということになる。

 人からも土地からも無き記憶の手がかりを探すことは叶わぬ、とそういうことか。


「やってくれたな」


「ヒャハハ、ザマァ見ろ! 今迄俺達を見下していた罰が当たったんだよ!」


「見下す? ……記憶が無いから分からないが、ここは見下されるような土地なのか?」


 狸顔の男が言う所の『箱庭エデン』。

 周囲にある建造物からすら見て取れる程にその社会発展にかなりの差が見受けられる。

 むしろ見下すとするなら此方側の人間が『箱庭エデン』の人間を見下しているのではないだろうか。

 俺の知識の中でこの辺に関することがまるで無いのが良い証拠だ。

 こちら側の人間はあちら側の情報を少なからず持っているようなのに、あちら側の人間はこちら側の知識をまるで持っていないのが良い証拠だ。


 情報で遥かに劣るあちら側の人間が、どうしてこの土地の人間を見下すのか、皆目見当が付かなんだ。


「は? 記憶が無い?」


「無い。だからさっき聞いただろう。俺は誰だ? と」


 正直なところ、千壌土 久遠という名が自分の名だとは全く思えないのだ。

 今の状況なら例えそう呼ばれたとしても自分が呼ばれていることに気付くかどうかすら危うい。


 知識を知識としてしか認識出来ない俺はまるで未完成の辞書を頭の中に突っ込んだ感覚がある。

 せめて持つ知識が完璧であってくれたなら、客観的に世界を見ることを可能とする今のままの方が良いのだろうが、これからも知識を取り入れていくとなると客観性は失われ他人の主観性に毒される可能性が大いにある。


 少なくともこいつ等から情報を取り入れるのは控えた方が良いかもしれない。

 出来るなら金で情報をやり取りする者から得るのが一番良い。

 無駄な感情移入をされず、情報のみを取り入れることが可能だ。

 後は書物なんかも良いんだろうが、周辺の雰囲気を見るに図書館なんていう便利なものがあるとは到底思えない。


 ……しかし、何と無くだが知識として得ていた物も幾つか抉られているな。

 情報が不自然にプッツリ切れているのが少なからずある。

 これでは記憶喪失でなく記憶消失だな。



「記憶喪失、だってのか?」


「同情するなら金をくれ」


 多分だが、今俺が持っているであろう貨幣はこの土地で使えない。

 レベルの変動で行き来が不可能になる程に特殊な関係の場所であるのならそれも当然だろうし、となると俺は無一文だ。

 穴の開いた鎧が金になるとは思えないし、となると先立つものが必要だ。


「ハッ、やだね」


「だろうな」


 まあくれるとは思っていなかったがな。

 となるとまずは金を稼ぐ必要がある訳か。

 この世界で需要のある仕事って一体なんなのだろう、その辺の知識は元から無いようだし参ったな。

 どうにも元々の俺は脳筋だったようでそういう金儲けとかの知識が微塵も無い。

 ある意味凄いな、宝石の加工とかなら出来そうだというのにここまで金儲けの知識が欠落してるってのは。

 一体どういう生活を送っていたんだよ。


 ま、考えるより行動するか。どうにも頭はそれ程良く無いらしいし、考えていても仕方が無い。


「もう用は無いな? 俺はもう行く」


「は? ガキらしく泣き言の一つでも言わねーのか?」


「言ってどうする。事態が好転するのか? お情けで金でもくれるのか?」


「…………」


 狸顔の男は言葉に詰まる。

 こいつらは絶対的に善人では無い、ただ、純粋な悪人でもない。

 ゴブリンとの戦いで死んだら荷物を頂いて行ったんだろうが、問答無用で俺を痛めつけたりすることを目的とはしていないようだ。

 俺が記憶を失っているらしいことを聞き、少なからず後悔し、同情を見せている風な感じがある。

 無論、大きなお世話だし同情なんて向けられても不快なだけだ。


「だろう。用は無いようだな。じゃあそこを除けて貰おうか、通れない」


 狸顔の男を中心とした奴らは俺の言葉通りに横へずれて道を開け俺はそこを内心の動揺なぞ無かったもののような優雅たり得る足取りで歩き、その目には作り物の侮蔑を込めながら、その場を後にする。


 歩いていて思ったのは、どうにもここが普段人の暮らしている場所ではないということだ。

 いや、厳密に言うのであればここには少なからずの人が住んでいるのだろう。

 ホームレス。

 仕事の無い大人や、親の居ない孤児、五分位歩いていて人とすれ違う事は多々あったし、鞄をスろうとした子供にぶつかったこともあった。

 片手に鉄の剣を持つ俺から物取りをしようなんざ勇気ある奴だとは思うが、甘い。

 そいつはぶつかった瞬間にその襟首をひっ捕まえて前へ投げ飛ばし、そいつが逃げ出すのをただ侮蔑の眼差しを向けて見送った。

 生きる為には盗みを働くことも仕方が無いなんてのは、まあ分からなくも無い理屈だがそれを肯定するかと問われれば別の話しになってくる。

 まだ年端も行かない子供が盗みを天職としているだなんて嘆かわしい。

 何と無くだが、例え金が無くとも生きる術は山ほどあるように感じるのだ。

 これはこの世界を知っているからでは無く……経験? 勇者の癖に一体どんな生活を送っていたのだろう。


 海の音が聞こえる。

 どうやらここは海岸沿いに瀕しているらしい。

 俺はその波の音に引かれて走り出し、自分が着ている鎧を重く感じながらコンクリートの地面を駆けて音の根源たる砂浜の向こうに広がる海へ辿り着く。


「……汚い、海だな」


 たどり着いた場所には、燃えないゴミを主流とし、粗材ゴミから鉄屑といった大きいゴミまでが砂浜を占領し、海に浸かったゴミが水を汚して濁らせる。

 貝殻なんて一つも見つからず、魚なんて一匹も住んでいないようなそこは最早海としての面影があるかすら危うまれるような場所になっていた。

 波の音で釣られて来たのに悪臭も付いて来た時点で分からない筈は無かった。

 しかしそれでも俺は海の魅力に駆り立てられた。

 辺りを見回すと、粗材ゴミを漁り使えそうな物が無いか探す人影が少なからずあるようで、走ってここまで来た俺になど誰も気に留めることすらしない。


 灯台を見付けた。

 明りを灯さぬ古びたそれは上から辺りを見渡すには最適な場所だと思い、俺は遠くに見える灯台まで走る。

 途中見える風景はあまり記憶したくないものばかりで、遠くを見渡すことの意味を見出せなくなり始めながらも、俺は走った。


 灯台の前に辿り着いた時、俺は息を切らし肩で息をするようになっていた。

 ここに来てから異常なまでに体が重く感じられるのは記憶を失う前もっと動けていたからなのだろうか。

 こんな鎧を付けて勇者を名乗っている位なのだから、もしかすると運動神経抜群だったのかもしれない。

 ただこの場所に来て、それが変わったのか。


 それが何故か、知る術は無いのだが。


「……これ、入れるんだろうか」


 近くに着てみて分かったが、この灯台は思いの外老朽化が進み、人が入るには適さない造りになっているようだった。

 もし入ろうものなら崩れてもおかしくは無いのではなかろうか。

 そんなことを考えていると、入れそうな入口を発見した。

 しかし残念なことに、入り口は長年放置されていたせいで自然の力によって封鎖されており、これをどうにかしようとしたら少しの労力でどうにか出来るような状態では無かった。


 これをどうにかするなら、周辺を歩き回った方がまだ有意義。

 汚れた海を長く見ている趣味は無い訳で、最早この場に異議を見出せなくなった俺は早々にその場を立ち去ることに決める。


 思い立ったが吉日。いや、この場に来てから十分すら経過していないが、あまり長居したいと思える場所でも無い。

 波の音を聞いた時程テンションが高い訳では無いから走る事なんてしないが、灯台に背を向けた俺は歩きだし、着実に距離を稼ぐことにする。


 いや目的地が無い以上、歩き回ることが得策とは言えないが、動かなければ何も得られない。

 最低でも寝床の確保は必須だし、そこ等中にある廃ビルの中でホームレスやら孤児やらが使ってない場所を探さなくては。


 太陽はもう傾き始めてるし、現状を把握できない以上寝床と食料の調達は必須。

 幸い空腹という訳では無いし、恰好から察するに戦士かなんかだったらしい俺の所持品に食べ物が何一つ無いってことは無いだろうからまず優先すべきは寝床の確保。


 出来れば崩れる心配が無く、風が防げる場所。

 要は造りのしっかりした窓ガラスの割れてない廃ビルだな。


 ……宿を取るって選択肢が出てこないのは何故だ? というか俺は屋根と壁さえあればどこでも良いのか?

 贅沢言う気は元よりないが、自分の思考は野宿する事を前提にして組み立てられている。


 どんな生活を送っていればこんな……。



「……雪?」


 頬に触れた冷たい感触に空を見上げると、曇り空より白い結晶が地へと降り注ぎ始めていた。

 全然寒く無い為に気付かなかったが、空より降り注ぐそれが現在の季節を物語っていた。


 本気で寝床を何とかしなければ凍死は免れない。

 しっかりとした危機感を抱くことに成功した俺は、チラチラと降り注ぐ綺麗な白より視線を外し、前方不注意な歩き方を止めた。


 ……つまりは、見上げることを止めて前を見ただけのことなのだが、雪に見惚れたほんの数十秒の合間にエマージェンシー。



「あーヤダヤダ、誰に許可取って降ってんのかしにゃ。足の裏に水が染み混じちまうにゃ」



 そいつはウサギだった。

 長い耳に、ピンクの体、赤い目をした骨や内臓の代わりにわたが入ってそうなそいつは何処か作り物のようであってそこかしこに縫い目が見られる。

 つまりは今二足歩行で俺の前を横切らんとしているのは、俺の目が腐っていなければ紛うことないウサギの人形で、『ぽふぽふ』という音を奏でる足に雪が齎す地面の濡れで汚れることを気にしている辺り、その体は見たまんま布で出来ているということで間違いないだろう。


 人形……いやぬいぐるみか? 兎にも角にもそいつは今現在俺の目の前で、足が濡れるのを気にしながら自分の意思で動いているのだ。



「ん?」


 あ、俺の存在に気が付いた。




「アンタ、ワタシことエンゼル・シルバー&ゴールドを抱いて歩くと良い事あるにゃよ」

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