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111Labirinto  作者: 白米
第三部 Mondo di grande e di Labyrinth
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001 喪失者の始発

 ────……おい久遠、何を寝てんだー?

 やること終えて帰ってきたぞ、約束だ、一緒に遊ぼう。


 なあおい、聞いているのか?


 そうだ、みやげなんかも持って来たんだ。


 ほれ、グレイプニルだ。

 折角クソ忌々しいモンを俺自ら久遠の為に作らせて持って来たんだぞ?


 俺が千切った奴とセットだぞ?

 腕輪にでも首輪にでも足枷にでもなるようわっかも付けたんだぞ?


 自由自在に伸びるんだぞ! 便利なんだぞ!


 ウゥ……何故起きん。一緒に遊ぼうと約束したではないか、またふりすびーとやらで一緒に遊ぶのだ。

 今度も俺が勝つぞ、勝つんだぞ。


 何だ? 怪我をしているのか。

 あぁ、だから寝てるんだな、安心しろ。今直してやる。

 オーディンを喰らったことで俺治癒魔法が使える様になったのだ。

 ……正直関係性皆無だから何故と聞かれても分からないんだけどな。



 …………。………………? …………治療は完了したぞ? なのに何故完全回復出来ないのだ?

 マサカ……クソ神ニ持ッテイカレタノカ!?


 クソ……おかしいとは思った。

 久遠と出会った地とここでは余りに離れすぎていているのはそれが関係しているんだろうな。


 おのれ神め……我が友より何を奪い取った。

 ……体に欠損部位は無い。となると……まさか、記憶か?


 奴ら、久遠から記憶を奪い取ったのか?

 …………許せぬ、許せぬぞ。



 久遠! 安心しろ! お前の記憶は俺が必ず取り戻す!

 グレイプニル、鞄に入れとくからな。俺だと思って大切にしてくれ。

 ……いやまった、今の無し。


 グレイプニルが俺とか比喩でも虫唾が走るわ。…………ドワーフ共め……。

 あぁ、だがグレイプニル以外のみやげがな無い……こんなことならグングニルごと呑み込むのでは無かったな……。


 まてよ、リバースすればあるいは……。


 …………駄目か、消化しちまってる。



 そうだ!グレイプニルに俺の血を馴染ませれば俺ってことになるだろう!

 うんそうだ、それが良い。


 神の力も得てるし、久遠の役に立つ事間違い無しだ!


 そうと決まれば早速……トヤッ、ハッ、ホッ……で、ラリホーっと。……出来た、完成だ!

 名付けて! グレイプニル【血盟】!



 完璧だ……完っ璧過ぎるぜ……!



 ……と、じゃあ俺はもう行くよ。

 …………神を殺して、必ず久遠の記憶取り戻してくる。



 だから次に会う時は……一緒に遊ぼう、久遠。







 俺は誰なのだろう。

 目を覚ました矢先に思ったのは、生後間も無くして誰もが知り得るであろう自己の情報欠落に関する疑問を表すことだった。

 目を開いて早々に若干の肌寒さを感じさせられるということはここが外であることを意味しているのであり、現に俺は人気の無い廃墟のど真ん中で眠っていたらしいのだが、そういう周囲を見てアレがビルで地面を固めているのがコンクリートだと分かる事から察するに俺は自己の事のみを忘れているのだと推測出来る。

 ただ、ここが何処なのかという疑問に答えが無いところを見ると、どうにも俺はここに望んで来た訳では無く、何らかのイレギェラーがあってここに居るということなのだろう。

 記憶が無くて思考に若干の混乱が見られるのは若干心配ではあるが、何時までもここに居ては風邪を拗らせる可能性もあるだろうし、取り敢えずは何処でも良いから建物内に入り、風を凌ぐか。



「ようこそゴミ溜めの街へ! 堕ち人君!」


「……誰だ? ついでに俺も誰だ?」


 いや、そう言えば本気で誰なのだろう、俺。

 さっきからビルの影で隠れていた奴が俺の前に出てきて喋り出してくれたお蔭で言葉が通じることの確認は出来たが、現状自分が誰なのかすら知らない状況下で他人の事を知る必要性なんて皆無ではなかろうか。

 それにしてもこいつ等全員グルだったのだな、大所帯だが全員男……俺も男だからむさ苦しい事この上無いし、目の前に居る奴は細いが狸顔だ、何と無く信用出来ん。

 俺の事を『堕ち人』と呼んだが、その単語は俺の記憶にないし、現在の俺と彼らの服装はまるで違う、それは文化の差で片付けられるレベルじゃなく科学水準の違いではなかろうか。

 俺の常識だとおかしいのは俺で正しいのはあちら。……なら何故このような格好をしているのだろう。


「ハァー? ステータスカードとやらでも確認すればどうだい?」


「ステータスカード……」


 確かに俺はそういうものを……持ってるのか? その辺は俺に関係していることだからあやふやだ。

 霞がかかっているというよりは持ってかれたものの残りカスがうっすら俺を俺だと認識している感じで、ステータスカードの事も何と無く、それこそ勘に近い感じで持っている気がする。

 鞄の中を弄りながらに自分の恰好を再確認して見たが……何だこりゃ。

 一瞬そういうデザインかとも思ったが、俺の服は血みどろで鎧には剣で貫かれたような穴がある。

 ……何だ? 俺は殺されかけてショックで記憶を失ったのか? だとすれば犯人はこいつ等か? いや、こいつ等の態度を見るに初対面……だとすると俺の失った記憶を取り戻さなければ受けた仇を仇で返せないという訳か。


 まあ、今それは良い。

 何故かは分からないが、もう血が出ていないどころか傷は塞がっているようだし、鞄を弄っていてそれらしいものに行き当たった。

 プラスチックの様な性質のプレート、これがステータスカードだというのは何と無く分かるのだがこれが俺のかどうかと問われれば分からないというのが気持ち悪い。

 俺の持つ鞄に入っていたのだから俺ので間違い無い筈だというのに……。





 千壌土 久遠 19歳

 職業:勇者 Lv10




 千壌土(せんじょうど) 久遠(くおん)。どうやらこれが俺の名前であるらしい。

 千壌土が苗字で久遠が名前。日本人の使う文字で表されているところから察するに俺は日本人なのだろうな、ここが日本なのかはさて置くとして。

 ……まあ、今はそれより気になる点があるのだが。


「……勇者?」


「どうした?」


「どうやら俺は勇者だったらしいぞ」


 俺は論より証拠と言わんばかりにステータスカードを狸顔の男に見せ、見せられた方は少なからず驚いているようだが、俺からしてみれば何のことだか分からない内に架空上の英雄に仕立て上げられていたことに嫌悪の念が込み上げて来るばかりだ。

 黒髪茶眼の勇者だなんて全然神聖な感じがしないというか……物語に出てくる勇者って言うのはこう……なんかキラキラした感じだろう。




「……勇者様が何でこっちから来てんだよ?」


 こっちから?


「さあな。知らん」


「……チッ、気に食わねぇ」


 知らねぇよ。

 というか、この狸顔の男は自分が気に入られたいとでも思っているのだろうか、その発言は正直言って気持ち悪い。嫌悪の対象だぞ。


「まあ勇者だろうがなんだろうが関係ねぇ! おい!」


「おう!」


 何を始める気なのだろう。

 余り良い予感がしないというのが本音だが、逃げ出そうとも思わないのだが不思議なところだ、今の俺は多分、元の俺が俺らしさを根こそぎ奪われたいわば残りカスのような存在なのだろう。

 個性も減ったくれも無い俺はどうやら大人数を前にある程度萎縮しているようである。


「歓迎するぜ勇者様? まあもっとも、俺達の用意した洗礼を潜り抜けられたら、だけどな」


 そんな言葉と共に、男達の影からある物が運ばれて来た。

 その身長は一メートルにも満たず、小太りしたその体は緑色に染まって頭には角を携えるそいつは檻の中に拘束されて閉じ込められており、檻は荷台に乗せられていた。


「……それは?」


「ゴブリンだよ、勇者なら知ってんだろ?」


「……ゴブリン?」


 ゴブリン……知っている、な。

 どういう接点があったのかは全く分からないのに知っていて物凄く気持ち悪いが、ゴブリンという存在なら知っているには知っているらしい。

 ……ただ、その頭上に浮かんでいる緑色のゲージのようなものはなんだ?


「勇者様にはこれからこの剣でこいつと戦って貰う」


 狸顔の男はそう言って俺に何の変哲も無い鉄の剣を受け取らせ、持たされた俺は状況が理解出来ず、鉄の剣を片手に首を傾げるしか無いのだが、問答無用でゴブリンの拘束は解かれ檻は開かれた。


 ゴブリン Lv17


 何か見える。

 ゲージと言いこの名前といい、俺の目はどうしてしまったのだろう。

 ここまで常識の様に見えるというのに知識として全くないという現象が恐ろしく気持ち悪い。

 というか。


「勇者弱くね? ゴブリンですら十七レベルだそうだぞ」


「ハァー? アンタ何言って……ククッ、そう思うならそいつ倒してレベルアップでもしたらどうだ?」


「……?」


 狸顔の男が何かを企んでいることは分かる。

 ただ、目の前に居る緑色の小人が、自分より弱いと認識したであろう俺に棍棒片手に向かって来ているのだ。

 他の奴らに目もくれないってことは多分、この中で俺が一番弱いってことなんだろう。

 ……笑えないな。



 俺はゴブリンの棍棒を避けようとして、自分の体が思う様に動かなく感じた。

 恐怖で足がすくんで動けないのではない、記憶は無いのだが何というか……考えていたよりも体が動かないというのが正しいのだろうか、運動不足で体が付いて来ないのとも違うコレは一体……?

 っと、今は考えている場合じゃない。


 俺はゴブリンの身長が低いことに救われる形でその違和感を感じながらも避けることに成功したが、その動きは無様、何たる醜態を晒しているのだ。

 ゴブリンの続け様の攻撃を後に下がる事で回避し、振り下された棍棒を掴んだゴブリンの手ごと蹴飛ばしてゴブリンの手から棍棒を無くす。

 その際緑のゲージが少し減少したようだが、これは一体なんなのだろう。



 兎も角、棍棒さえ無ければ小さなゴブリンに俺を殺す術は無い。

 俺は手にした鉄の剣に力を込め、棍棒に目が行ったゴブリンの首目掛けて鉄の剣を振るう。

 ゴブリンの細い首すらも両断する事が叶わなかった俺は刃が途中で止まったせいで若干こけそうになりながらゴブリンの後ろへ回った。

 ゴブリンは首を斬られたというのに怯んだ様子が全く無く、棍棒を取りに走った。


 俺はそれを後ろから剣で突き刺し、それでも止まらぬゴブリンに恐怖を覚える。

 な、何故こいつは刺されても死なない……? 痛みも感じていないようではないか。


「ハッ! ビビんなよ勇者様ぁ! 上のゲージがゼロになればそいつは消えっからよぉ!」


 ゲージ!?

 俺は条件反射でゴブリンの頭上にある緑色だったゲージへ目をやり、その半分位から緑色が消え、黒くなっている。

 つまりアレを全て黒くすればゴブリンを倒せる、そう言う事か!

 そんな結論に辿り着く事が叶った俺を、ゴブリンの棍棒が襲う。

 結果として鎧に掠った程度だったが、当たり掛けたというのはそれだけで冷や汗ものだった。


 先程の様に、後ろへ避けて再度棍棒を蹴とばす、という手を取るのが最良だろうと俺は思う。

 だが、俺は知らぬ間にそんな思考を無視して前へと前進していた。

 そして繰り出すのは、突きの連撃。

 しっかりとした剣筋で、頭、胸、腕、脚、頭、胸、胸、胸……と、ゴブリンに反撃の隙を与えんとした猛ラッシュで俺は着実にゴブリンのゲージを減らして行く。




「これで、トドメ!」


 最後に頭へ剣を突き刺したところで、ゴブリンはまるでガラスが割れた様に砕け散り、その後には棍棒が残されていた。



 ゴブリンの棍棒



 らしい。まんまのネーミングだが、ちゃんと名前が付いているらしい。



「おめでとう勇者サマ?」


「……洗礼とやらはコレで終わりか?」


「おうとも、ステータスカードを確認してみな?」


「……?」


 よく分らなかったが、俺は言われるがままにステータスカードを確認し、その変化に驚いた。




 千壌土 久遠 19歳

 職業:勇者 Lv11




 Lv11……だと? 俺の常識だとレベルは最大で十。

 それ以上にはなり得ないと、誰かから……教わった? 気がするのだが、何度見なおしてもその数字に変化は無い。



「ヒャハハハハハ! やっちまったなぁ勇者様よぉ!」


「…………何だと?」


 突然、狸顔の男が笑い出し、俺は顔を顰める。

 その笑いは他人を嘲笑うモノであり、後ろの男共も共に大笑いしているところが尚の事不快、狸顔というのが本物の狸に本気で失礼なレベルまで顔を歪めた狸顔の男は種明かしでもする様に言う。



「これでお前は元居た世界へは帰れない! ずっとここで暮らすことになるんだ!」


「……帰れ、ない?」


「そう! レベルが十を超えてしまうともう『箱庭エデン』へは入れねぇのさ!」



 狸顔の男が言う言葉の意味を、俺はよくわからない。

 だが言えるのは、俺が嵌められたということだ。

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