Love Experience.
結果として、『リバーシブルな日常2』は大成功に終わった。映画上映中という話題作であることが幸いし、前作の売り上げもさらに伸びている。
「ようやった三島!期待以上の出来や!」
「ありがとうございます!」
ラストシーンに至るまでにはかなりの試行錯誤があった。三島は何度となく海嶺の家に呼ばれ、要所要所でアドバイスをし、時に衝突もしながら物語を進めていった。正に、作家と編集が一緒に作った一冊だ。
「長かったような、短かったような・・・」
気付けばもう12月も終わり。新しい年がやって来ようとしている。
・・・と、その前にひとつの一大イベントが。
「―ひーろーくんっ♡」
「だからその渾名はやめてください!悪寒が走りますから」
「もう、相変わらずつれないんだから。いい加減なびいてもいい頃じゃない?」
物語を考えているときはあんなに真剣な表情も見せるのに、普段の海嶺と来たら終始この調子である。
「ねえねえ、24日は空いてる?もちろん空けてくれてるよね?」
「生憎、その日は仕事です」
嘘ではない。別に24日に片付けなければならない仕事でもないのは確かだが。
「え~、それじゃ私とデートできないじゃない」
「空いててもしませんけどね」
「ひろくんのケチ」
「ケチで結構」
どこまで本気なのやら、海嶺はぶーとむくれる。
「二人で過ごす初めてのクリスマスイブなのに」
「付き合ってすらいませんけどね」
今日の用件はそれではない。三島は姿勢を正した。
「―新しい作品、出しませんか」
「・・・え?」
「『リバ日2』の想像を超える大ヒットで、わが社でもそれを望む声が高まってきています。是非お願いしたい、と思いまして」
「ジャンル指定とかは?」
「ありません。今までどおりの恋愛モノにするも、全く新しいジャンルにするも自由です。今、先生が本当に書きたいものを書いていただいて結構です」
海嶺はふうん、と顎に手をやった。
「・・・ねえ、博紀くんは、さ。私の新しい話、読みたい?」
「・・・ええ。読みたいですよ」
「今までと全然違う、一瞬千珱院美麗だって分からないくらいの話でも?」
「読んでみたいです、どんな話でも」
しばらく考えて、海嶺はやがて頷いた。
「・・・うん、書く。今までと全く違う奴を、書いてみる」
「それについて、ひとつお伝えしておかなくてはいけないことがあります」
雰囲気で何かを悟ったのか、海嶺の顔から笑みが消えた。
「次の作品を担当するのは、僕じゃないかもしれません」
「・・・どういうこと」
「もともと『リバ日2』だけの契約でしたので、今後も先生の担当を出来るかどうかは分からないんです。他の作家さんを担当するよう、上から勧められてもいます」
「・・・そんなの」
遮るように言う。
「先生は、書けますよね。僕が担当じゃなくても。誰が担当でも確実に書いてくださるんですよね」
分かっている。これは逃げだ。
仕事上の付き合いを嫌いだと言った彼女に自分は何と言ったのか、忘れたわけじゃないのに。
「・・・そんなの、分かんない」
「どうしてですか。今まで、ずっとそういう風にやってきたんでしょう」
「だってこんなに真剣に話と向き合ったこと、今までなかった!博紀くんと一緒だからそれが出来たのに、居なくなっちゃったら・・・!」
海嶺の眼に涙が溜まるのを見て、三島は視線を逸らす。
「『リバ日2』がこうしてヒットしたのはさ、私の経験値が上がったことだけが理由じゃない。博紀くんが一緒に・・・一生懸命考えてくれたからだもん」
だからこそ、もっと大きな仕事にも挑戦してみたいと三島は思ってしまうのだ。もっといろんなことがやってみたいと。
「そりゃ、経験値上がれば作品にプラスになるかもとか最初は考えたけど、でもやっぱり・・・そういうのとは関係なく、私は博紀くんが好きで。だからあんなに真剣にお話を書けたんだから」
「僕と一緒じゃなきゃ、真剣に書けないとでも?」
「そんなこと、ないけど・・・」
そういうことじゃなくて、と海嶺は額をおさえる。手首を涙が伝った。
「離れたく、ない・・・それだけなの」
「・・・それは、やっぱり仕事上の付き合いの延長でしかないんだと思いますよ」
書きたいから一緒に居る、そんな関係でありたくない。
「とにかく、もう終わりです。今までお世話になりました」
「・・・博紀くん」
「失礼します」
逃げるように、三島はその場を立ち去った。
❤❤❤
そして、24日。
「・・・仕事が進まない」
急ぎではないので別に構わないが、こうも進まないとなると寒い中わざわざ出社してきた意味がない。
「・・・帰るか」
愛機を閉じて会社を出る。
いつもの駅で乗り換えて、馴染みの街へ行って。辿り着いたのは、もう見慣れてしまったドアの前。
迷わずにインターホンを押した。
勢いよく扉が開かれる。
「博紀くん!?」
「・・・どうも」
記憶より少し荒れた肌に腫れた目元、乱れた茶髪に右手に持ったタバコ。
千珱院美麗―いや、海嶺静香がそこに居た。
「・・・なんで」
「少し、出ませんか」
海嶺はどうしていいかわからないとでも言いたげに眼鏡の奥の瞳を揺らして、やがて俯いた。
「・・・待ってて、着替えてくる」
そう言ってドアの奥へ引っ込んだ。
18時。クリスマス用の装飾が煌く街へ出る。
「・・・仕事じゃ、なかったの?」
ベージュのコートのポケットに手を入れて、横を歩く海嶺は呟いた。
「途中で切り上げてきました」
どうして、と海嶺は聞かなかった。続きを言おうとしているのを分かっているらしい。
「何だか、仕事が進まなくて」
言わなくてはいけない。どうして、進まないのか。
自分で嫌というほど分かっている、その理由を。
「―僕も、先生がいないと駄目みたいです」
海嶺が足を止めた。三島も合わせて立ち止まる。
「でも、担当が替わるのを止めることは出来ません」
「・・・そうね」
ずっと彼女の担当ではいられない。だから。
「どうしたら僕は、あなたと一緒にいられると思います?」
「どう、って・・・」
「先生ならどう書きます?僕はそれが聞きたいんです」
三島はじっと海嶺を見据える。
「・・・私の意見で、いいの?」
「ええ」
海嶺はふっと笑みを浮かべた。
「・・・そうね、私なら―」
❤❤❤
「―だからね、聖司はそんな性格じゃないの!何回言ったら分かるの!?」
「この流れならこれが一番自然でしょう!?聖司は変わらなきゃいけない!」
お互いに荒い息をつく。
「・・・ちょっと、落ち着きましょうか」
「・・・そうですね。コーヒー入れてきます」
三島は頷いてキッチンへ向かった。
あの夜、静香が描いたシナリオ。全てその通りとはいかなかったけれど、概ねのあらすじは辿ってここまできた。
「・・・あんな甘い話を、恥ずかしげもなく」
全く、作家というのはすごい。
妄想を淀みなくペラペラと喋り続けるので、逆に隣にいた三島の方が恥ずかしくなって慌てて自分の家へ連れ帰り、結局朝まで呑んで語って、二日酔いのクリスマスを迎えることとなった。
「どうぞ、静香さん」
「ありがと、ひろくん」
作家と編集としては一緒に居られないというなら、別の関係を結べばいい。
友達とか、恋人とか・・・夫婦とか。
静香はあれからいろんなジャンルに手を出したけれど、結局どこかに恋愛が絡んだ。非日常世界での恋愛、やはりそこから抜け出せないらしい。
今書いているのはSF。宇宙船のパイロットである聖司が地球に残していくヒロインに対して何をするか、それを巡って議論していた。
おとなしく別れて帰りを待ってもらうべきだと言う三島と、一緒に来てくれと拉致するに決まっていると言う静香。三島は一歩も引く気がなく、それはきっと彼女も同じ。
折り合いのつくところを探して書くと、大体それが一番納得のいく終わり方になる。それが二人のやり方になりつつあった。
二人で経験値を積み上げて、そうして作品の質を上げていって、今に至る。
溜まる経験値は二人分。それは恋愛経験値だけではなくて。
「さ、話の続きをしましょうか」
「いいわよ~、覚悟なさい」
静香が不敵な笑みを浮かべて、三島も負けじと笑い返す。
そういう風にして、今日も物語は紡がれていく。
なんとなーく書きました。特にメッセージとかはないです。
恋を知らない恋愛作家が恋をするなら・・・という妄想から始まった話。
個人的に美麗先生がお気に入りです。作中ではその魅力をあまり発揮できなかった感がありますが。
年下に甘えるお姉さんってシチュ萌えません?私だけ?