旅先で死ぬとは何事だ! 6
午後十時を過ぎたころ、蒼司は夜食を買うためにホテルの近くのコンビニに来ていた。
今日のホテルは街から離れた場所にあるので、この時間になると割と静かだった。
蒼司は適当にジュースやパン、カップ麺を選んでレジに持っていく。
ポケットから携帯端末を取りだして、専用の機械にかざして会計を済ませる。
今時、こんな携帯端末を使う人間は珍しい。十数年前から複合端末、《ブレインリンカー》が普及し、電子マネーもメールのやり取りもそれで行われるようになったからだ。
VRゲームの技術を応用して開発された《ブレインリンカー》はその名の通り脳にアクセスして仮想のデスクトップを視覚情報に反映する。これによって《ブレインリンカー》を装着した人間はリアルタイムで情報のやり取りをすることが出来る。
もちろん、VRゲームの技術を応用しているため《ブレインリンカー》でVRゲームを遊ぶことは可能だ。
叔父さんが子供のころ、仮想現実は画期的な技術だったらしいが、今ではゲームと言えばVRゲームというくらい当たり前のものになっている。
それほどに普及している《ブレインリンカー》を何故蒼司は使わないのかというと、単純に仮想デスクトップというものが苦手だからだ。自分がゲームの世界に入って操作するVRゲームは好きなのだが、仮想デスクトップの頭の中に勝手に情報が入ってくるような感覚が気持ち悪く感じるのだ。
夜食を買い終え、ホテルへ向かう。
もうすぐ四月だが、夜の風はひんやりしていた。
「静かだな」
この辺りはホテルやコンビニ、他はラーメン屋くらいしかないので静かだ。今日の出来事を思い出し、やっと落ち着けるなと胸を撫で下ろす。
輝亮と勇樹のバカ二人に振り回されて疲れてはいるが、蒼司は楽しんでいないわけではなかった。
海上都市は刺激が多く、蒼司は何だかんだ言いながらも観光を楽しんでいる。
次に来る時は葵と叔父さんも連れて行きたいと思っているくらいだ。
―――明日は二人のお土産選びもしたいな。
「やめて!離してよっ!」
蒼司が明日の予定を考えながら歩いていると、少女の叫び声が聞こえてきた。
「なんだ!?」
声が聞こえた方に向かってみると、四人の男に囲まれた少女が見えた。
「あの子は……」
蒼司はその少女に見覚えがあった。
忘れるはずはない、あの銀髪と碧眼のは紛れもなく窃盗事件の時の少女だ。この人外的な美貌は忘れようとしても忘れられるようなものではなかった。
少女を確認すると同時に、蒼司は違和感を覚えていた。
小柄な少女が男に腕を掴まれて悲鳴を上げるのは当たり前のことだが、あの少女は窃盗犯を一瞬で拘束するという芸当を披露している、それほどの実力を持っているなら男の腕を振り解くくらい簡単なはずだろう……。
蒼司が考えていると、男達は黒い車に少女を押しこんで走り出してしまった。
―――バカか俺は!!
目の前で女の子が誘拐されそうになっているなら、余計な事は考えずに助けに行くべきだった。
「止まれぇっ!!」
蒼司は叫ぶと同時に走り出す。
だが、相手は自動車だ。夕方の窃盗犯とは違い、人間の脚で追いつくことは困難だ。
黒い車はスピードを上げ、蒼司を引き離していく。
「…っ!くそっ!」
このままでは完全に逃げられてしまう。
黒い車と蒼司の距離はどんどん離れていき、道を曲がられると見失ってしまうくらいになっていた。
何としても見失う前に追いつかないと……。
「あっ!!」
先程のコンビニの前を通った所に、丁度バイクを駐車しようとしている人影が見えた。
蒼司はそれに駆け寄り、バイクに跨った。
「おい!何すんだよ!!」
「悪い!急いでいるんだ!後でちゃんと返すからっ!!そうだ…これでも食べて待っててくれ!」
そう言って蒼司は男性に夜食が入った袋を押し付けるとバイクを急発進させた。
「お、おい……」
バイクを奪われた男性は袋を抱えたまま、蒼司が走り去っていく様を呆然と眺めることしかできなかった。
ギュイィィーン!!
荒々しくモーター音を鳴らし、蒼司を乗せたバイクが疾走する。
車内が目視出来る距離まで近づくと、誘拐犯は蒼司に気付いたようで車のスピードが上がった。
蒼司も離されまいとスピードを上げる。
だが、黒い車のスピードは思ったより速く距離はみるみる離されいく。
どうやらあの車はセーフティが外された違法車らしい。
公道を走るほとんどの車両には異常なスピードを感知して自動的に速度を落とすセーフティが設定されている。
このバイクも例外ではなく、あの違法者に追い付こうとしてもセーフティが邪魔をして追い付くことが出来ない。
蒼司は歯噛みすると、バイクをスピードをさらに上げる。それでもセーフティがかからないギリギリの速度なので黒い車との距離はまだ縮まらない。
グオォォォッ!!
凶悪な爆音を鳴らすると、黒い車は一気に蒼司との距離を大きくした。