旅先で死ぬとは何事だ! 3
午後から、中央区を一望できるシンボルタワーや繁華街を観光した蒼司達はホテルへ向かっていた。
「いやぁ…やっぱり都会はいいね!刺激たくさんがあって興奮が収まらないよ!」
「だからってタワー内で大声を出すのはやめてくれよ、すごく恥ずかしかったんだぞ」
午後からもバカ二人のバカ丸出しな行動に振り回された蒼司は何度か「帰りたい」と思ってしまったが、それは仕方のないことだろう。
滞在期間は残り三日間、蒼司の苦労はまだ続く。
興奮が冷めずハイテンションな勇樹と対照的に、項垂れて歩く男が一人。輝亮だ。
「おいテル、まだ落ち込んでるのか」
「はぁ……」
深い溜め息を吐く輝亮。
「こりゃぁ重傷みたいだね」
「さすがのテルもあれだけの晒し者になれば堪えるだろうな」
宣言通りにナンパをした輝亮だったが、最初は案の定誰にも相手にされなかった。
しかし、「これでダメだったら今日は諦める!」と意気込んで最後にアタックした女の子にはOKされたのだ。だが、それが間違いだった。
『ねぇキミ、もしかして地元の子?』
『そうだけど、わたしに何か用でも?』
『僕ね、観光に来てるんだけど街のことがよくわからなくてさ、よかったら案内してくれないかな?もちろん、お礼はさせてもらうからさ。ね?』
『うーん……、まぁわたしも暇だからいいかなー………』
『本当に!?嬉しいなぁ、じゃぁさぁ………』
ここまでは珍しくうまくいってるなぁ……、と眺めていた蒼司。
しかし、輝亮のやることがうまくいった事は無く、今回も例外ではなかった。
『おいアミ、何やってるんだ。ん?……誰だてめぇ』
輝亮達に割って入ったのは、筋肉モリモリマッチョマンなスキンヘッドのナイスガイだった。
『あ、ヨーちゃん!もう着いてたなら連絡してよぉ』
『悪い、ブレインリンカーの充電が切れてたんだ。それよりお前、このガキは誰なんだ?』
『んー?わたしもよく知らないけど、観光に来てるらしいよ。それでねぇ、わたしをナンパしようとしたんだよ、ずいぶん古風なコだよねぇ』
『ほう、人の嫁に手を出そうとするなんて、なかなかな根性をしてるじゃねぇか!』
そう言って、ゴキッ!ゴキッ!と拳を鳴らす筋肉。
輝亮は状況を飲めていないのか、単に恐怖で動けないのか、脚を震えさせて突っ立っていた。
そして周りには、筋肉の大声で集まった人々によってギャラリーが形成されていた。
『え……、嫁?……ええぇっ!?』
『うん、わたしはこう見えて既婚者なのー』
『そういうことだ。お前、俺の嫁に何をしようとしたんだ?運がいいことに今日の俺は機嫌が良いんだ、正直に言えば骨がニ十本折れるだけで済むぞ』
『あーあ、輝亮もバカだなぁ。あれほど人妻は二次元だけにしておけって言ったのに』
『いや、冗談言ってる場合じゃないと思うぞ』
蒼司と勇樹はギャラリーの中に混ざって、輝亮の行く末を眺めていた。
状況から見るに、輝亮に逃げ場は無かった。
さて、輝亮はどう切り抜けようとするのだろうか。
『すみませんでしたっ!!』
それは、あまりにも見事な動きだった。
追い詰められた輝亮が取った行動は、とにかく謝ることだった。
そして見事な土下座である。何度も言うが、その土下座には全く無駄な動きは含まれず、見事だった。
『土下座!?』
『ぶはっ!なんだよあれ!』
『うっわー、恰好悪すぎだろ』
『動きに無駄が無さ過ぎて逆に退くわぁ……』
輝亮の土下座にざわつくギャラリーの人々。
筋肉も輝亮の土下座に驚いたのか、怒りの表情から戸惑いの表情に変わっていた。
これで場が収まってくれるかな……と、安堵する蒼司。
『でもさ、土下座までさせちゃうとか大人気無さ過ぎじゃね?』
『確かにね、ちょっとやり過ぎだと思うね』
その安心は束の間、ギャラリーの中からそんな声が出来てきたのだ。
そして、その声を聞いて己が置かれている状況を把握し、筋肉ナイスガイの表情は再び怒りの形相に戻っていた。
『てめぇ……、よくも見世物にしてくれたなぁ!ぶっ殺してやる!!』
『うっ!ウワアアアアァッ!!』
筋肉が拳を振り上げると、輝亮は一目散に蒼司の方に向かって走っていた。
『蒼司ぃ!た、助けてくれぇっ!殺される!!』
そして、あろうことに蒼司を盾にしたのだった。
『頼む蒼司!なんとかしてくれ!』
『お前、最低だぞ……』
親友の愚行に幻滅した蒼司だったが、状況はそれどころではなかった。
筋肉マンが今にも蒼司ごと輝亮に殴りかかろうとしていたのだ。
『おいお前!そこをどけ!』
『こいつのした事は俺も謝るよ。でも、ちょっとやり過ぎじゃないか?』
『んだとぉ!他人の嫁に手を出したコイツが悪いに決まってるだろうが!!』
筋肉は怒りに任せて拳を振り上げた。
『お前から死ねぇッ!!』
そして無造作に蒼司目掛けて拳を放つ。
ギャラリー誰もが蒼司が殴り飛ばされる光景を想像して目を閉じた、悲鳴を漏らす人もいた。
しかし、その光景は現実の事にはならなかった。
筋肉の拳は蒼司の右手に受け止められていたのだ。
『な!?』
受け止められるということを想像していなかったのか、筋肉は驚愕していた。
そして、筋肉の表情は驚愕から苦悶へと変わっていた。蒼司に拳を捻り上げられたからだ。
『これ以上大事にしない方がお互いのためだと思うんだ。勘弁してやってくれないかな』
蒼司は右腕に込める力とは対照的に、穏やかに言った。
『わ、わかった……、だから離してくれ!』
蒼司が拳離すと、筋肉はギャラリーを押しのけて駆けて行った。
『はいはーい!もう終わったからみんな帰ろうねー!これ以上は見物料をもらうよ!』
勇樹がそう言うと、ギャラリーは解散した。
これが、輝亮が落ち込むに至った事の顛末である。