第三話
先を見通せない暗闇の中。アルクとスーリアは息をひそめ、身を小さくしていた。二人がリーパーの襲撃を辛くも逃れてからすでに数時間。二人はモンスターに見つからないように闇にまぎれつつも、施設の出口を捜して彷徨っていた。
「クッ、これじゃ出口がどこだかさっぱりわからないぞ……」
「せめて明りだけでもあればね……」
小さく悪態をつく二人。ヒカリゴケが生えているのはセンターの一部だった。建物の大半は、闇に閉ざされてしまっている。スキルを使って明りを取ることもできることはできるが、そんなことをすればすぐにリーパーが駆けつけてくるだろう。二人は安全のために、暗闇の中を手さぐりで進むしかない。
アルクの記憶が正しければ、彼が目覚めたのは地下一階のはずだった。三年前、彼は地下一階のカプセルを使用したのだ。二人はまだ階段を上っていないので、彼らの現在地は地下一階となる。階段を見つけて一階に上がれば、出口はもうすぐだろう。加えて地上には陽光もある。一階へ行けさえすれば後は楽だ。
だが、そうは言っても簡単には問屋が卸してくれない。肝心の階段がどれだけ捜しても見つからないのだ。
「なあ、スーリア。君は他の生存者たちと結構長い間ここにいたんだろう? その時、構造は把握しなかったのか?」
「してないわ。あの時は逃げるので精いっぱいだった。今みたいにスキルが使えなかったからね」
スーリアは自分たちの周りに浮かんでいる小さな魔法陣を指差した。認識阻害魔法――アルクがスキルを用いて形成した、二人を守る壁。これがあるため、二人はあれからリーパーに見つからずに済んでいた。
「なるほど。うーん……どうしよう……」
肩を落とし、アルクは考え込む。会話が止み、しっとりと静かな空気が流れる。スウッと、生温かい風が抜けた。スーリアのしなやかな髪が、ほんの僅かにだが揺れる。するとスーリアはポンと手を叩いた。
「風よ! 風がある方に行けばいいんだわ!」
「風……そうか!」
アルクは自らの服の袖を破った。彼が着用していた、高密度スーツと呼ばれるカプセル使用のための専用スーツは、極めて薄い素材でできている。ゆえに風を良くはらむ。ビニール質の薄っぺらな布は、そよ風にも満たないほどの風に驚くほどよくなびいた。
「こっちだ」
布の揺れの導くまま、二人は暗闇を進む。足音を出来るだけ立てないようにすべく、ゆっくりと滑るように。そうして角を一つ曲がり、二つ曲がり……。やがて二人は、先ほどリーパーの居た辺りへと戻ってきた。布の揺れ幅が、だんだんと大きくなる。風がはっきりと肌で感じられるようになってきた。
「そろそろか……」
「ええ、たぶん。あッ!」
廊下の端に光が見えた。ヒカリゴケとは違う、白く明るい光。スーリアは喜び勇んで光の方へと駆けだす。だが次の瞬間、アルクが彼女の肩を掴む。
「待った!」
「えッ?」
「あれ」
まばゆい光の陰に、キラリと輝く白いものが見えた。スーリアが眼を凝らしてみると、それはリーパーだった。しかも、一体ではない。何体ものリーパーが、門番のように階段周辺を守っている。連中は光の陰に隠れながら、じっと何かを待ちかまえているようだ。二人は慌てて通路を戻り、角へと身をひそめる。
「チッ、あんなところにリーパーの群れが居るなんて……」
「あそこだからだよ。階段の前で待っていればそのうち餌が来るって、やつらはわかってるんだ」
「なるほど、考えたものね。……それでどうする? さっきの技で強行突破する?」
スーリアは両手で大きく丸を描いた。スイカを撫でているようなそのしぐさは、プラズマボールを示しているのだろう。それを見たアルクは気難しい様子で眉を寄せる。
「あれは一直線上にいる敵しか効果が無いからなあ。群れ相手だと力を発揮できるかどうか……。スーリアの方は何かいい手はないの?」
「実を言うと……私、回復スキルしか使えないのよ。目覚める前の記憶がどうにも曖昧でね……」
スーリアは顔を下に向けた。華奢な肩が大きく下がり、口から小さく吐息が漏れる。
「ごめんね、役立たずで。本当は私じゃなくて他の誰かが残れば……」
「そんなこと言うなよ! 大丈夫、リーパーは俺が何とかするから」
アルクはスーリアの肩をしっかりと押さえた。平熱が低いからのか、細い肩は少し冷たく感じる。アルクはスーリアの存在が酷く頼りなく、また儚く思えた。まるで陽光に溶ける美しい雪像――色白なことも相まってか、彼にはスーリアがそんなふうに見える。ゆえに、彼はスーリアを腕にしっかりと抱きしめた。
「な、何をするのよ……」
「ごめん、つい」
「別にいいわ、あなたのことは……嫌いではないから」
ハッとした様子で、二人は離れた。スーリアはいつもの無表情に戻ると、アルクから顔をそむける。その頬はほんのりと桜色に染まっていた。アルクは気恥ずかしそうにスーリアから顔をそらすと、角からリーパーたちの様子を伺った。アルクの背中の後ろから、スーリアもそっと覗きこむ。
「連中はかなり密集してる。一瞬しか時間を稼げないけど……あれなら爆発呪文で何とかなるかもしれない」
「爆発呪文?」
「ああ。目くらましようのスキルさ。一瞬しか効果がないし、敵が散開してると使い物にならないから微妙だけど……。ここはこれに賭けるしかないかな。真正面からじゃ勝ち目はないし」
「私はあまりスキルに詳しくないわ。だから、あなたに従う。あなたの考えるようにすればいい」
「よし、じゃあ使おう」
アルクとスーリアはアイコンタクトをとった。二人は互いに深くうなずく。アルクは手を顔の前に突き出すと呪文の詠唱を始めた。スーリアはそれを、固唾をのんで見守る。
「さあ、行くよ……エクスプロージョン!」
リーパーの密集している場所の中心。そこから一気に光があふれた。遅れて爆音が周囲に轟く。その爆音と光の嵐の中を、二つの足音が駆け抜けていった――。