↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

第13話 遅いよ、お兄ちゃん

「うちで働いてみないか?」


 ベルンの誘いに、俺とミナは同時に顔を上げた。


「字と計算ができる者も、力仕事のできる者も足りていない。仕事内容と給料は、契約するときに決める」


「やります!」


「私もお願いします」


 俺たちはアオを見る。


「働いてもいい」


「何で偉そうなんだよ」


 アオはパンを飲み込み、ベルンへ向き直った。


「給料はいらない。代わりに、帳簿を全部見せてほしい」


「断る」


「分かった。じゃあいい」


「いいのかよ!」


 ミナがアオへ顔を近づけた。


「そもそも、帳簿が何か分かってる?」


「ミナが見たら、ドグが自由になった」


「何でも解決する本じゃないのよ」


 ベルンが咳払いをした。


「働かせて金を払わないのは、奴隷商人のやり方だ。給料は受け取れ」


「使い方を知らない」


「それも覚えろ」


 アオがうなずいたので、俺は話を戻した。


「その前に、一度家へ帰ってもいいですか?」


「なぜ私に許可を求める?」


 聞き返され、固まった。


「どこへ行くかは、自分で決めろ。お前はもう奴隷ではない」


 俺は手首の布を見た。


「……そうでした」


「仕事は明後日からだ。三人そろって、日の出までに来い。アオとミナには部屋も用意する」


 俺が礼を言う横で、アオはベルンの胸元を見ていた。


「何だ?」


「黄色い鎖がある」


「ベルンさんは奴隷じゃないだろ」


 俺が言うと、アオはうなずいた。


「お前たちのは赤かった。これは違う。外へ伸びて、途中で見えなくなる」


「どこへつながっている?」


 ベルンが聞いても、アオは首を振った。


「だから帳簿を――」


「見せない」


 俺はアオの肩を引いた。


「その話はあとだ。ヒナに会いに行くぞ」


◇


 家の角を曲がると、俺は走る速度を上げた。


 屋根がある。扉もある。


 なのに、煙突から煙が出ていない。


「ヒナ!」


 扉を叩く。


「俺だ! 帰ってきた!」


 返事はなかった。


 石の下から予備の鍵を取り出す。鍵穴になかなか入らず、両手で押さえてようやく回した。


 寝台にも、奥の部屋にも、誰もいない。


 卓上に銅貨が数枚と、作りかけの髪飾りが置いてあった。


「ユウキ……?」


 声に振り返ると、近所のおばさんが戸口に立っていた。


「ヒナはどこですか!」


「市場よ。毎日、作った物を売りに行ってる。今日は南側に――」


 最後まで聞かずに駆け出した。


 待っていてくれると思っていた。


 待つためにも、ヒナは一人で飯を食わなきゃいけなかったんだ。


◇


「今日のパンを買う分だけでいいんです」


 市場の端で聞こえた声に、俺は人をかき分けた。


 役人が、ヒナの髪飾りを取り上げている。


「営業札のない者は商売できない」


「お店は出してません。歩いて売っていただけです」


「規則は規則だ」


 取り返そうとしたヒナの手首を、男がつかんだ。


「やめろ!」


 俺は二人の間へ入った。


「……お兄ちゃん?」


 ヒナの声がした。でも、まず男の手を離させたかった。


「無許可営業の次は、役人への脅しか?」


 指先に火が灯った。


 役人はヒナを離し、警棒へ手を掛ける。


「役人を焼くつもりか?」


「駄目!」


 ヒナが俺の腕にしがみついた。


「帰ってきたばかりなのに、また連れていかれちゃう!」


 火が揺れた。


 腕をつかむ指が、痛いくらいに食い込んでいる。


 俺は手を閉じた。


「この子に営業札は必要ありません」


 ミナが掲示板から戻ってきた。


「必要なのは、台や敷物を置いて、場所を使って売る人です。この子は歩いていただけです」


「屁理屈を言うな!」


「では、掲示を書き換えればいい」


 アオが横から言った。


「『台や敷物を置く者』を消して、『市場で物を売る者』に変える」


「役人が勝手に律を書き換えられるわけがないだろう!」


「文字は変えられないのか?」


「当たり前だ!」


「では、なぜ言葉なら変えていい?」


 役人が口を止めた。


 アオはその手を指さす。


「それはヒナの物だ。なぜ、お前が持っている?」


 男は髪飾りを籠へ投げ返した。一つが落ち、その靴に踏まれる。


「次は営業札を取ってから来い!」


 言い捨てて歩いていく背中を、俺はにらんだ。


 追いかけようとはしなかった。


 役人は別の露店で税を受け取っている。アオがその方を見て、小さく言った。


「あの店の人にも、黄色い鎖がある」


 ミナが何か尋ねていたけれど、俺はヒナへ向き直った。


 その手が、まだ腕を離さない。


「……ただいま」


 ようやく言えた。


 ヒナは俺の顔を見ていた。怒っているみたいに、唇を結んでいる。


「遅いよ」


「ごめん」


「帰ってくるって言ったのに。ずっと待ってた」


「ああ」


 ヒナが胸へ飛び込んできた。


 背中へ腕を回す。あのときより軽い気がして、強く抱きしめた。


「本当に自由になったの?」


「もう、ガルドは俺の主人じゃない」


「それも、取り返したの?」


 ヒナが手首の布に触れる。


 俺は結び目へ手をやった。


「返すよ」


「ううん。お兄ちゃんにあげたんだから、お兄ちゃんのものだよ」


 ほどきかけた指を止めた。


「今度は、誰にも取られないよね?」


「もう誰にも渡さない」


 ヒナの目から涙がこぼれた。


 胸を、ぽかっと叩かれる。


「馬鹿!」


「痛っ」


「何で自分を売ったの!」


「お前を守るためだ」


「私のためなら、何をしてもいいと思ってるの?」


 俺は答えられなかった。


「私、お兄ちゃんを奴隷にしたかったんじゃない!」


 ヒナは服をつかんだまま泣いた。


 俺があの日、聞かなかった言葉を、今度は最後まで聞いた。


「……ごめん」


「本当に馬鹿」


「ああ」


 もう一度、ヒナを抱きしめる。


 しばらくして、胸のところから小さな声がした。


「……おかえり」


「ただいま」


 やっと顔を上げたヒナへ、二人を紹介した。


「アオとミナ。俺を助けてくれた仲間だ」


 ミナが挨拶する隣で、アオはヒナの顔をじっと見た。


「本当にいた」


「妹がいるって、俺が嘘ついたと思ってたのか!?」


 ヒナが小さく笑った。


「変わった人だね」


「だろ?」


「なぜユウキが答える?」


 笑うヒナを見て、やっと帰ってきた気がした。


 ミナが踏まれた髪飾りを拾う。編み目が切れていた。


「もう売らなくていい。俺が働くから」


 そう言った俺へ、ヒナは首を振った。


「私も、自分で稼ぎたい」


 その手には、まだ売れ残った髪飾りの籠があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【漫画版がAmazonで無料!】
漫画『神の奴隷』表紙:Amazonで無料で読む
少年二人が奴隷商人を出し抜く逆転劇を、漫画でも!
▶ 漫画版『神の奴隷』を無料で読む

お読みいただきありがとうございます!
続きが気になったら、ぜひブックマークを。
面白かったら、評価で応援していただけると嬉しいです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。