転生先の乙女ゲームがバグだらけなんですが。
ゆるふわゲーム世界転生。ハッピーエンド。短め。
あ、これ異世界転生だ。
王立魔法学校からの手紙を受け取った瞬間、エミリの頭にそんな言葉が浮かぶ。
「空とぶ島と潮風の夢」、通称そらしおはエミリが前世で大好きだった女性向けゲームだった。
膨大な魔力を持った平民の主人公が王立魔法学校に特待生となり、キャラクター育成をしつつ友情や恋愛をしつつ学校生活3年間を過ごし、学校卒業と攻略対象との恋愛成就を目指す恋愛シミュレーションゲーム。
その世界の主人公になったことを、元・赤井英美里、現在の名をエミリ・レッドは理解した。
恐る恐る手紙を読み進めると、やはり魔力量が多いから学校に通えという内容が大層な言葉遣いで綴られている。
背後で困惑しながら手紙を覗き込んでくる母にむかってエミリはゆっくり頷いて見せた。
「お母さん、私、魔法学校に行きます!」
「いつか、そんな日が来ると思っていたわ……」
ゲームのオープニングと全く同じ言葉だった。
その後、エミリは順調に入学式の日を迎えた。幸い魔王を倒したり世界平和を目指すような大冒険作品ではないので普通に生活する分には死の危険はない。真面目に勉強をして、きちんと卒業できれば魔導職の資格が取れる。努力や交流次第では宮廷魔導士や魔導騎士になる可能性だってある。
「さすがにそこまでの高望みはしていないけど、とりあえず資格があればいろいろできるし」
爽やかな晴天に向けてぽつりとつぶやく。
エミリは、根はとても平凡な少女だった。前世の記憶は一部抜け落ちているが、転生チートなのかゲームの知識だけはしっかり記憶が残っている。
それをフルに使い、平凡だけどそこそこ稼げて老後にまったりできる生活を狙っていた。
ワクワクしながら学校の門を抜けると、青い髪をした眼鏡の男子生徒に声をかけられた。
彼はフィリップ・メイジャー。真面目勤勉枠で、宮廷魔導具士を目指す同級生キャラだ。
リボンの結び方がなっていないと注意をされ、素直に指摘を受け入れる事で好感度があがり後々のフラグになる。逆に細かい指摘に文句をいうと好感度が下がる。
別に彼と恋仲になろうとはエミリは露程も思っていないが、無駄な軋轢を残す気もない。
指摘を受けたらサラッと礼を言ってリボンを直し、去れば良いだろうと思っていたが……。
「君、ミョゲラリオエンキャっていますよ」
「はい?」
「ミギェリアンメって言ってるのですよ」
「…………は、い?」
人間の声帯で発することができるか怪しい音で話しかけられてエミリは硬直する。それを挑発と受けっとたらしいフィリップがあからさまに顔を歪めた。
ああ、まずい。
エミリは慌ててリボンを結び直す。
「リボン、ですよね。すみません直します!」
「ふん……わかっているならすぐにそう言いなさい」
「き、緊張のせいかこっちの耳が耳鳴りをしていて、うまく聞こえなくってアハハ」
「ああ、そうか。それは申し訳ない。保健室に行きますか?」
「いえいえ大丈夫です!」
「そうですか。何かあれば近くの人に助けを求めなさい。お大事に」
そう言って、フィリップは颯爽と歩き出し、噴水の中を通って去っていった。
周りにいる生徒は誰も、フィリップの奇行を気にせず歩いている。
エミリは気づいてしまった。
これは大好きなゲーム、そらしお。その最初期版の世界だと。
そらしおは元々同人サークルが自主制作したオリジナルのPCゲームだった。
美麗なキャラクターデザインに、イベントスチルやマルチエンディングの数も豊富で、小規模な販売から始めたと思えないほど話題となり、一般商業化を果たした作品である。
しかし、最初期の同人イベントで頒布したROMを知るものはみんな口を揃えてこういう。
「あの大量のバグをよく直したもんだ」
と。
音声が早送りになったり逆再生になるという謎の現象。
キャラが歩道以外を歩いたり、T字ポーズや座ったまま床を滑っていく現象。
顔のパーツが崩れる。体のサイズがおかしくなる現象。
背景のモブの表示かおかしくなる現象。
ミニゲーム(的当てゲームやモグラ叩き)に出てくるモンスター「野ネズミ」のグラフィックが攻略対象の顔になる。座学で1000ページの本が2秒で読み終わってしまう。
魔法道具が走り出す。動物と食材の画像が逆になっている。
ドアが壁判定になって抜けられない。代わりに隣のゴミ捨て場のゴミ箱がドアになっている。
マントやネクタイ等の座標がおかしい。
その他もろもろ。いくら趣味の同人サークルとはいえ、どうしてこれで販売に踏み込んだのか逆に感心すると言われる代物だ。
ただ、ゲーム自体はきちんとエンディングまで迎えることができる、進行不能系のバグがなかった点と、初売りをしたイベントの翌日朝には一部、動物と食材の画像修正やドアの位置などを修正するパッチや修正データが即行で配られたのであまり大きな問題にはならなかったらしい。
むしろ、あえてバグを楽しむという人達が続出した。
(最初期版は実際にプレイしたことはないけど、動画サイトとかでよく見たし……それに話や攻略方法自体は商業版とほとんど同じ、違うのはグラフィックや一部のアイテムと追加エンディングくらいだったはず)
「うん、大丈夫!やればできるわ!!」
そう自分に喝を入れて、入学式を行う広間に向かった。
途中の中庭で、枝に刺さったりんごが小鳥を食べていたのは、見なかったことにした。
****
入学式、クラス分け、教師とクラスメイトの自己紹介に入寮。
諸々の基本イベント1日目を超えて、エミリはベッドに倒れ込む。
「いや、バカか!?」
大声では叫べないが、そこそこの声量で嘆く。
入学式、学校長の声が猫の鳴き声になるのを太ももをつねって耐えたし、担任教師……これも恋愛イベント対象である元学園主席の天才魔導教師エドガー・グラム、の髪の毛がなぜか全部消えて丸ハゲになっている様子。立ち上がると頭が虹色に点滅するクラスメイト、遠くにいる時は普通なのに近づいてくると身長が3メートル超えになる掃除のおばちゃん、もらった教科書は走って逃げた。放っておいたら、いつの間にか机に戻ってきたけれど。
笑ってはいけない学校生活プラスシュルレアリスムの世界に1日で頭がおかしくなりそうだった。
「え、私ほんとうにここで勉強できるの?無理じゃない?教科書も逃げるじゃん」
許されるのであれば、今すぐ家に逃げ帰りたい。
しかし、特待生で入学したエミリはそれができなかった。
落第や退学をすれば、入学金や前期の授業料を支払わなければいけない。
本来は貴族や裕福な商家向けの学校なのでその金額はただの平民であれば10年以上働いて返せるかどうかという額だ。
必死で思考を巡らせて、やっと一つの答えが浮かぶ。
そうだ、修正パッチに当たる魔法道具を作ろう。
それから、エミリは必死で魔法道具を学んだ。
とりあえずの日常はゲームの知識でセリフや受け答えを予測し、目の焦点をあえて合わせないようにして珍妙な対象を直視しない事で乗り切った。
たまにおかしな事を返事をしても、慣れぬ生活でめまいと耳鳴りがするの……で乗り切った。
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苦節2年。ついにエミリは魔法道具「修正の眼鏡」と「修正の耳飾り」を完成させた。
メガネを通してみれば、グラム先生の髪はフサフサのサラサラになったし、虹色に発光する同級生も普通の顔色になっていた。
耳飾りをつければ、早送りの音声は普通の声になり、謎に挟み込まれる効果音は聞こえなくなった。
あとなぜか、Tポーズで滑る人も、以前はその伸ばした腕に物理判定があったけれど、メガネを通したあとは歩いている人の形の判定になっている。教科書も逃げなくなった。
「世界を直接変えることはできないと思ったから、自分の感覚だけかえる装飾品の形にしたけれど、案外周りに影響が出てるのかも?」
不安はあるが、少なくとも以前に比べればマシだ。
「これでやっとまともな学校生活が送れる……はずだったんだけど」
そう呟きながらカレンダーをチラリと横目で見る。
そう、入学からすでに2年。
残る学校生活はあと1年だけだ。
エミリは修正パッチ作りに没頭していたので、学園祭イベントも夏休みイベント、冬の聖夜イベントその他諸々のお楽しみポイントを全て「学問、道具研究」に費やした。
作中で衣装やおでかけに使えるお金も全て研究費になっている。
その上、バグを直視しないよう人との交流を避けていたので当然ながら攻略対象も恋のライバルである女子キャラとすら接点がない。先輩キャラに至っては卒業済みだ。
特待生としてのボーダーラインだけは守っていたので、成績は上の方だが、その勉強も一人でしていたので先生キャラとの接点も薄い。
そこまで恋愛に没頭するつもりはなかったが、せっかくのお楽しみ要素を逃したことはそれなりにショックだったし、将来の就職や進路に関する何もかもが決まっていない。
翌日、エミリは修正アイテムを身に纏いつつ、げっそりした気持ちで登校をした。今から入れるルートはありますか?と脳内で思考を巡らせるが、記憶の中にある攻略方法ではルート変更の最低ラインは2年の冬までだった。
せめて、誰かと定期的な会話をしておくんだった。
いや、でも音声がろくに聞こえなかったり顔が別キャラと差し変わるからそれもできなかったし……。
項垂れながら歩いていると、靴の先がレンガ道の小さな出っ張りに当たり、ぐらりと体が傾く。
こんな物今まで無かったじゃない、歩くたびに変な音が鳴ったりウネウネ動くことはあったけどーー!!
心の中で悪態をつきながら倒れかけた視線がグッと止まる。
「大丈夫ですか、レッド嬢」
肩を支えるように抱き止められた腕を見て、慌てて顔をあげる。
「えっと、ふぃ、メイジャー様」
「またフラフラして、本当にあなたは……おや?今日は眼鏡ですか?」
「あっハイ」
「そう、やっとですか。いつも目の焦点があっていないものだからつけた方が良いと思っていたんですよ」
そう優しく微笑んだあと、フィリップ・メイジャーは「とても似合っていますよ」と優しい声で呟いた。
「それでは、今日の午前は別の授業ですのでまた午後に」
「は、ハイ?」
「それと……」
自然な動作で、彼の手がエミリの首元にある制服のリボンに伸びる。
肌には触れぬよう、丁寧な動きで左右の形を整えられると少し困った顔で言う。
「またリボンが曲がっていますよ」
入学式の日にはわからなかったその指摘が、今日やっと聞き取ることができた。
目線を合わせず、声も聞かず、名前や顔の情報もろくに得ず過ごしていたエミリは今まで気づいていなかった。
授業でのコンビ課題やグループ課題で、いつも同じ『彼』と組んでいたこと。
成績優秀者で、魔導具の研究に本気で挑んでいる同志になっていたこと。
子供の頃は病弱だったのが魔導具の補助を経て体力を付け、普通の貴族子息と同じように学校に通える事になったから、人を助ける魔導具を作りたいと思っていて、慣れぬ環境で体を壊しながらも勉学と魔導具作りを頑張る平民の同級生に深い共感を覚えてをずっと見つめていたこと。
エミリ・レッド、学校3年目の春。もうルート変更はできない。
とりあえず、特待生として成績上位を保持しながら、残り1年のイベントはちょっとだけ彼と楽しめないだろうかと願い、一歩を踏み出した。
エミリの症状は強い魔力持ちの高位貴族は子供時代に発症する「悪い虫の病」の悪化版だったので、修正のメガネと耳飾りは簡易版を商品化してそこそこ売れたし、魔導具大好きフィリップくんとその一家が大喜びで資金援助をしてくれてお金に困らず平和に暮らしましたとさ(ただし結婚の外堀も埋められました)。めでたしめでたし、みたいな感じになったら良いですね。
いや画像入れ替わりまくりはバグってレベルじゃないですが。
同級生ガリ勉地味真面目堅苦しい系は乙女ゲーム舞台創作だとお相手に選ばれない事が多い気がしますが個人的には好きです。




