ブラザークエスト
作:青木弘樹
北条アキラ:23歳
北条ナオト:30歳
佐野まゆみ:37歳
市川ケンジ:???
俺は…兄を探している。
俺の名前は北条アキラ。23歳。俺には7歳年上の兄がいた。俺が3歳のころ、兄は突然いなくなった。理由は分からない。それから5年後、父は酒の飲みすぎで死んだ。そして…今から三年前、母も死んだ。夜中に路上で何者かに刺されたんだ。母は昔、夜の仕事をして、俺を養ってくれていた。何度かトラブルもあったようだが、結局犯人はいまだに見つかっていない。
そして…俺は今、兄を探している。覚えているのは名前だけ。3歳のころの記憶など、ほとんどない。どんな顔だったのか、どんな声だったのか、どんな将来を夢見ていたのか、何も分からない。分かっているのはただひとつ。名前が北条ナオトということだけ。
わずかな親の遺産、働いて貯金した金、それらを持って俺は今、ある場所に向かっている。ある児童養護施設だ。噂だけだが、15年ほど前まで、北条ナオトという名前の少年が、かつてそこの施設にいたらしい。
たまたま名前が一緒なだけかもしれない。しかし俺は向かった。兄を探して…。
ちなみに俺は現在は無職だ。兄を探すために俺は仕事をやめた。なぜそこまでして兄を探すのか?たった一人の肉親だからか?まあそれもある。しかしそれ以外にも明確な理由がある。
その理由とは…ま、それはそのうち分かるだろう。とにかく俺は電車に揺られ、その児童養護施設を目指していた。
「北条ナオト…兄さん…」
俺は古ぼけた写真を一枚持っていた。そこには兄が写っていた。ただ横顔なので、はっきりは分からない。しかし手がかりはあった。首筋にほくろが二つあるのだ。兄らしき男を見かけたら、首筋を調べる必要がある。俺の首筋にはほくろはない。しかし目の下にほくろがある。あるいはこれを見れば、兄も俺を思い出すかもしれない。いや、もう忘れてるかもしれないがな。
それにしてもずっと疑問なのは、なぜ20年前、兄は突然行方不明になったかだ。
それに…もうよく覚えていないが、父も母も、そんなに動揺していなかったように思える。まあ、うちは決して裕福ではなかったから、日々の生活に追われていたのかもな。
「北条ナオト…」
俺は再び写真を見た。どことなく母の面影がある。俺はどちらかというと父に似ている。もっとも酒で死ぬような人生はまっぴらだが。
酒の飲みすぎで死んだと言ったが、正確には酔っ払って転げ落ちたんだ。ある日の夜中、河川敷で。
俺は父が好きじゃなかった。酒が好きで、暴れはしなかったが、帰りが遅くなることもしばしばだった。だから俺は酒は嫌いだ。
母のことは好きだった。冷たい側面もあったが、誕生日にはケーキを作ってくれた。唯一嫌だったところは煙草を吸っていた所だった。水商売を始めるまでは吸っていなかったが、周りの影響で吸い始めるようになった。仕方ないといえば仕方ないことだが。
俺は煙草も吸わない。しかし考えてみれば、酒と煙草は人間の二大娯楽要素。俺は人生を損しているんだろうな。
酒、煙草、ギャンブル、女…男は何も考えず、気ままに遊んでいるほうが人生楽しいに決まってる。なぜ俺は生き別れた兄を探してわざわざ電車に乗っているんだ?
それも感動のご対面のためじゃない。情報もあいまい。
「やめよう…」
俺は考えるのをやめた。ミュージシャンや小説家が時々自殺するのは、きっと考えすぎなんだ。頭がいいということは時に不幸なことでもある。まあとにかく、少し眠ろう。
電車に揺られること2時間。目的地の児童養護施設に最も近い駅に着いた。ここら辺は田舎で、景色もいい。残念なのは今日が曇り空だということだ。まるで俺の心を察しているようだ。しかし俺はそんな神秘的なものは信じない。幽霊も信じないし、占いも信じない。よって占いのババアも信じない。
「さて…」
ここからは歩きだ。地図を見る限り、30分も歩けば着くだろう。自動販売機で缶コーヒーを買い、ゆっくりと歩き出した。
歩きながら考えていた。俺はこの先どうなるだろう?兄と再会できたとして、その先は…?しかしもう後戻りも出来ない。俺は一歩一歩確実に歩を進めた。
そして約30分後、俺は目的の児童養護施設に着いた。古そうだが、なかなかいい施設だ。
「すいません」
「はい?」
玄関に人がいたので話しかけてみた。
「あの…ここの責任者の方はおられますか?」
「いますが…どういったご用件でしょうか?」
俺は事情を話した。
「そうですか…分かりました。では館長を呼んできますね」
「すいません」
しばらくして館長が現れた。男性で、歳は60くらいか。
「はじめまして。私は北条アキラといいます」
「はじめまして。館長の竹中健二です」
俺は館長に事情を話した。
「なるほど…生き別れたお兄さんを探して…」
「はい」
「では、とりあえず記録を見てみましょう。こちらへどうぞ」
俺は資料室に案内された。
「まあ座ってください」
「はい。失礼します」
俺は椅子に座った。館長は資料を探し始めた。
「失礼します」
職員らしき女性が入ってきた。
「お茶でもどうぞ」
女性はお茶を机に置いた。
「すいません。わざわざ…」
「いえいえ。遠くから大変でしたね」
「ええ…まあ…」
「ゆっくりしていってくださいね」
女性は笑顔だった。俺は少し気が安らいだ。
「ありがとうございます」
女性は去っていった。
「う~む…このあたりだな…」
館長はそれらしい資料を見つけたようだった。
「ちょっと見てみようか」
館長は優しそうな人だった。俺のような客を自ら相手するとは親切だ。あるいは暇なだけかもしれないが。おっと…そういう邪推はやめよう。
「北条ナオト…北条ナオト…」
館長は資料をくまなく見ていた。そして
「あった!」
館長は見つけたようだった。俺も見てみた。
ここの施設に20年前に預けられている。施設を出たのは15年前。しかし写真はなかった。
「あの…元はどこに住んでいたかは分からないんですか?あと写真とか?」
「ん?ああ、そういう個人情報は別にファイリングしてあるが、悪いがそれは外部の者に見せることは出来ないんだよ」
「そうですか…」
「悪いね。規則でね」
「…」
これだけの情報ではどうしようもない。
「よかったら連絡先教えてもらえんか?携帯電話の番号でもいい。何か分かったら連絡させてもらうよ」
「本当ですか?」
俺は携帯電話の番号ほか、住所や生年月日なども教えた。
「よし。じゃあ詳しいことが分かったら、電話するよ」
「よろしくお願いします」
「昔からいる職員にもいろいろ聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
俺は深々と挨拶をし、そしてその施設を去った。
夜。俺はとりあえず簡易ホテルに一週間ほど泊まることにした。
「外泊なんて、何年ぶりかな…」
俺はちょっとした旅行気分だった。しかし遊びほうけるわけにはいかない。といってもここは田舎だ。娯楽施設もほとんどなかった。
3日が過ぎた。連絡はまだない。
「遅いな…本当に調べてくれているのかな?」
時間的な問題もあるが、とにかくお金がもったいないと思った。
しかしその2日後。
”ピピピピピ…”
携帯電話が鳴った。
「もしもし!」
「もしもし?アキラ君かね?私だ。館長の竹中だ」
「はい。北条アキラです」
「待たせてしまったな。彼について分かったよ」
「本当ですか?」
「アキラ君、残念だが、おそらく彼は君のお兄さんではないよ」
「!?」
「まず昔の住所がまったく違うんだ。そして彼は今、ある工場で働いているんだが、うちの職員が本人に直接会っていろいろ聞いてみたんだ。そしたら彼には兄弟はいないとのことだった」
「…」
「首筋にほくろもないし、今は結婚して幸せに暮らしているようだ」
「そうですか…」
俺はがっかりした。しかしちゃんと調べてくれていたことには感謝した。
「残念だが、そういうことだよ」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「すまないね、力になれなくて」
「いえ…」
「それじゃあね、アキラ君。気を落とさずにね」
「はい。ありがとうございました」
俺は電話を切った。
「…」
出来れば自分が直接本人に会って確かめたかったが、施設の人が嘘を言っているとも思えない。やはり人違いなのだろう。
夜だったので、今日はとりあえず寝て、明日家に帰ることにした。
次の日。
俺はまた電車に揺られていた。俺は窓から景色を眺めていた。今日はいい天気だ。そして俺の心も晴れやかだった。
ここ数年は働いて寝る、の繰り返しだった。たまに映画を見に行ったり、友人と食事に行ったりもしたが、基本は働いて寝る、それだけだったので、このちょっとした旅行が楽しかったのだ。
海外旅行にしょっちゅう行く人の気持ちが、少し分かった気がした。
それに田舎はいい。俺の住んでいる町も大都会ってほどじゃないが、まあまあ都会。都会には都会のよさもあるが、おしゃれなビルより、きれいな山や川のほうがいい。それは人の本能がそう思わせるのか、俺が都会でいい思いをしたことがないから、そう感じるだけなのか。
とにかく歳をとったら田舎に住みたい。今はそう思った。
そしてその日の昼過ぎ、家に帰ってきた。
とりあえず途中で買った弁当を食って腹ごしらえをした。腹が減っては戦ができぬ、ってやつだ。
その後、俺はパソコンを開いた。
見るのは、人探しのサイト。出来るだけ金は使いたくないので、探偵には依頼しない。いや、むかし依頼したことはある。しかし結局見つからなかった。
今の世の中、金をかけないで何かをしようと思ったら、時間がかかる。しかし金をかけたからといってうまくいくとも限らない。だったら時間と手間をかけたほうがいい。どうせ無職だ。時間はたっぷりあるさ。
数日が過ぎた。
俺は今日もパソコンを見ていた。時々、転職のサイトも見ていた。今は貯金があるから何とかなるが、永遠に無職というわけにもいかない。
そんな中、ある情報が目に入った。
「ん?」
そこに書かれていたのは、こういう内容だった。
北条ナオトという30歳の男がタクシーの運転手をしているというのだ。しかも俺の住んでいる町のとなりの町で。その男は両親もいなく、かなり若いころから一人で生きてきたらしい。
「これは…」
ネットの情報というのは、嘘も多い。間違いも多い。しかし他に頼るものもないし、とりあえず行くしかない。
「よし!」
次の日。俺はさっそくそのタクシー会社に向かった。
「ごめんください」
事務所のような所へ入ってみた。人がいなかった。外部の者がこうも簡単に入れるとは驚きだ。まあ見たところかなり小さな会社みたいだし、監視カメラはある。盗む価値のあるものもないようだし、車を盗んだところで、タクシー車は目立つからすぐ分かる。きっとそういうことだろう。
「ごめんください」
しかし返事はなかった。しかし数分後、
「あの…何か?」
事務員のおばさんらしき人が入ってきた。
「あ、すいません、勝手に入って。実は人を探していまして、北条ナオトって人なんですけど…」
「北条さん?ええ、今日も出勤してますけど…」
「そうですか。ちょうどよかった」
「ええ。どういうご用件ですか?ま、だいたい分かりますけど…」
「?」
おばさんは妙なことを言った。
その時、あるタクシー車が帰ってきたようだった。
「ああ…あの車ですよ、。間違いないわ。けどあなた、乱暴はしないでくださいよ」
「乱暴?」
このおばさんは、いったい何を言っているのだろうか?
「では失礼します」
俺は事務所を出た。さっきのおばさんが言っていた車は駐車場に停まり、中から男性が出てきた。
「あの、すいません」
俺は男に近づいた。
「!」
男は俺を見るなり、驚いた表情をした。そして、
「わああ!ごめんなさい!」
そういって、慌てて走って逃げた。
「!?」
俺はわけがわからなかった。しかし一瞬、首筋にほくろのようなものが見えた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は男を追いかけた。
事務所のおばさんが、その様子を見ていた。
「やれやれ…北条さんにも困ったものね…」
「おーい!待ってくれー!」
俺は必死に追いかけた。それにしてもなぜ逃げるんだ?
「はあはあ…うわっ!」
男はつまずき、転んだ。俺は男に追いついた。
「はあはあ…ちょっと…どうして逃げるんですか?」
「頼むよ!あと二週間待ってくれ!そしたら給料が入るから!」
男はおびえていた。
「はあ!?あんた何を言ってるんだ?」
「だから今は金はないんだよ!頼むよ!?」
「あんた何か勘違いしてないか?」
「ええ?だって…あんたサラ金の追い込みだろ?」
「サラ金?」
「あんたん所の社長から電話があったんだ。最近イキのいい若いのが入ったから、覚悟しとけって…」
「…」
「ち、違うのか?」
「違うよ…まったく…」
「じゃ、じゃあ、あんたはいったい…」
俺は汗をぬぐい、事情を話した。
「へえ…そうか。そうだったのか…」
男はようやく落ち着いた。
「それで、ここに来たんです」
「なるほど。けど残念ながら俺はあんたの兄貴じゃないよ」
そう言うと男は首筋を見せた。
「!」
首筋にほくろは一つしかなかった。
「なっ。しかも俺は今妹と暮らしている。弟なんていないし」
「そうですか…」
「ったく、あいつ半年前、急に来て、しばらくここでいさせてだってよ。離婚したみたいでさ…」
「…」
「サラ金には追われるわ、パソコンは壊れるわ、踏んだり蹴ったりだよ…」
「…」
俺は少し同情した。
しかしその時。
「サラ金だけじゃないわよ」
ある女性が現れた。腕を組んで、男をにらんでいた。
「あ…まゆみ…」
「気安く呼ばないでナオト。いい加減ツケを払ってもらうからね」
「?」
この女性はいったい…。
つづく☆
その1~その4まであります。
よろしくお願いします。