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羽目を外すとは情けない

作者: 只野 唯
掲載日:2026/03/12


 隣国への外遊は、無事に終わるはずだった。

 式典も、会談も、宴も。

 王子として求められる役割は、すべてきちんと果たした。

 だから。

 その夜くらい、少しだけ気が緩んでも――仕方がなかったのかもしれない。

 

 気づいたとき、朝だった。

 窓から差し込む光。

 見知らぬ天井。

 そして。

 隣に、女性が眠っていた。


「……」


 王子は天井を見つめたまま、静かに息を吐いた。

 やってしまった。

 酒は強い方だ。

 普段、ここまで酔うことはない。

 だが昨夜は、祝いの酒が何度も注がれ、断るのも外交のうちではない。

 結果がこれだ。


「羽目を外すとは……情けない」


 自分で呟き、額を押さえる。

 そのとき。


「……もう起きてるの?」


 隣の女性が、くすっと笑った。

 王子はゆっくり顔を向けた。

 長い髪。

 少し眠そうな目。

 どこか見覚えがある気がした。


「申し訳ありません」


 王子はすぐに頭を下げた。


「昨夜のことは、私の不徳の致すところです」

「真面目ね」


 女性は肩をすくめた。


「別に、私も飲んでたし」

「それでも」


 王子は真剣な顔で言った。


「責任は取ります」

「責任?」


 女性は面白そうに笑った。


「結婚とか?」


 王子は少し考えた。


「もしあなたが望むなら」

「本気?」

「本気です」


 女性はしばらく王子を見ていた。

 そして、ふっと笑った。


「変な人」

「よく言われます」

「普通、逃げるのよ」

「逃げません」


 王子は静かに言った。


「一緒に夜を過ごした人を、大切にしない男にはなりたくない」


 女性は少し驚いた顔をした。

 そして。


「……やっぱり変」


 そう言って笑った。

 

 その日の午後。

 王子は帰国の準備をしていた。

 外遊は終わり。

 王宮に戻れば、また忙しい日々が始まる。

 そのとき、護衛が慌てて駆け込んできた。


「殿下!」

「どうしました」

「帝国の姫君がこちらへ」


 王子は一瞬、思考が止まった。


「……姫?」

「はい。政略結婚のためのご挨拶だそうです」


 胸が嫌な音を立てた。

 まさか、と思った。

 そして。

 扉が開いた。


「久しぶりね」


 そこに立っていたのは。

 朝、同じベッドで目覚めた――あの女性だった。

 王子は固まった。


「……あなたは」


 姫は腕を組んで言った。


「言ったでしょ?」

「?」

「普通、逃げるのよって」


 少しだけ意地悪な笑顔。


「逃げない王子様だったみたいだけど」


 そして、少しだけ頬を赤くして言った。


「責任、取ってくれるんでしょ?」


 王子はゆっくり息を吐いた。

 そして深く頭を下げた。


「もちろんです」


 顔を上げる。

 今度は、まっすぐに。


「あなたを、一生大切にします」


 姫は少しだけ照れてから、そっぽを向いた。


「……当たり前じゃない」


 でも、その声は。

 どこか嬉しそうだった。


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