第9話 評価は、だいたい後から追いつく
評価というものは、不思議な性質を持っている。
起きた瞬間には誰も気づかないくせに、少し時間が経つと「前からそうだった」顔で定着する。
ギルドでの空気が、また少し変わったのは、勉強会の張り紙が消えてから二日後だった。
まず、怪我人が減った。
劇的ではない。数がゼロになったわけでもない。だが「致命傷になる前に戻ってくる」冒険者が増えた。血まみれで担ぎ込まれる代わりに、自分の足で歩いてくる。
受付の奥で、治療師が小さく首を傾げているのを見た。
「……今日は、軽いのばかりだな」
それを聞いたリリアが、書類を整理しながら答える。
「そうですね。不思議です」
不思議でもなんでもない。
《最適化》は、因果を淡々と示している。
——現場対応改善。
——搬送時間短縮。
——初動判断向上。
だが、誰も「応急処置のおかげ」とは言わない。
言わないからこそ、いい。
俺は、依頼掲示板の前で立ち止まった。今日は簡単な依頼を一つだけ受けるつもりだった。人目につきすぎないやつを。
《倉庫の荷運び》
いい。実にいい。
力仕事だが、危険は少ない。誰でもできるが、誰もやりたがらない。こういう仕事は、評価も噂も生まれにくい。
依頼書を剥がしていると、背後から声がした。
「……アルト」
振り返ると、昨日、倉庫裏で小声の相談をしていた冒険者の一人だった。
「少し、いいか」
「手短に」
そう言うと、彼は少しだけ安心した顔をした。
「昨日……仲間が、怪我したんだ」
胸の奥が、少しだけ締まる。
「大丈夫でしたか」
「ああ。魔法で治った。ただ……」
彼は、言葉を選ぶように続けた。
「縛って、待った。教わった通りに。そしたら……」
そこで、言葉が止まる。
「……間に合った」
それだけで、十分だった。
「誰にも、言ってない」
彼は、慌てて付け足す。
「言うな、とは言いません」
俺は、静かに言った。
「でも、広めなくていいです」
彼は、少し驚いた顔をした。
「いいのか?」
「必要な人には、勝手に伝わります」
それが、一番壊れにくい。
男は、深く頷いた。
「……あんた、変わってるな」
「よく言われます」
それは、前世からだ。
倉庫の荷運びは、淡々と終わった。効率よく配置し、無駄な動線を減らす。それだけで、半日の作業が三時間で終わる。
依頼主の商人が、目を丸くした。
「早いな……」
「人を動かす順番を変えただけです」
「……また来てくれ」
断った。
目立つと、余計な仕事が増える。
ギルドに戻る途中、騎士団の詰所の前を通りかかった。
中から、聞き覚えのある声がする。
「……あの止血のやり方だが」
バルド団長だ。
「自主的にやってる連中がいる。禁止はしない。だが、命令にもするな」
誰かが答える。
「それでは、統制が——」
「統制は、事故が起きてからでいい」
一瞬、沈黙。
「今は、様子を見る」
それ以上、聞く必要はなかった。
評価は、もう動き始めている。
俺が何かしたからではない。
俺が「何もしなかった部分」が、勝手に働いている。
夜。
宿の部屋で、ベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。
疲れている。だが、前世のそれとは違う疲れだ。
身体は動く。呼吸も深い。眠れそうだ。
《最適化》が、今日の総評を出す。
——直接介入:最小。
——間接効果:中。
——評価伝播:遅延中。
悪くない。
むしろ、理想に近い。
俺は、目を閉じた。
この世界は、相変わらず非効率だ。
だが、非効率の中にも、学習はある。
それに気づける人間が、少しずつ増えている。
評価は、後から追いつく。
だから今は、静かにしていればいい。
そう思いながら、俺は久しぶりに、何も考えずに眠りについた。
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