第6話 呼び出しは、だいたい面倒から始まる
呼び出し、というものは、たいてい碌な内容じゃない。
それは会社員時代の経験則だし、どうやら異世界でも同じらしい。
ギルドの裏口。普段は資材搬入に使われるらしい通路に、俺は立っていた。目の前には、見覚えのある鎧。
昨日、俺の名前を覚えていくと言った男だ。
「時間を取らせてすまない」
声は低いが、威圧する意図は感じない。ただ、立場の差ははっきりしている。
「いえ。約束の一時間外ですけど」
嫌味のつもりはなかったが、少しだけ本音が混じった。
男は一瞬だけ口角を上げた。
「安心しろ。講習の件で責めるつもりはない」
それはそれで不安だ。
「騎士団第三隊、団長のバルドだ」
やっぱり団長か。そういう雰囲気はしていた。
「アルトです」
「知っている」
即答された。
あぁ、嫌な流れだ。
「単刀直入に聞く。昨日の止血と、門での誘導。あれは、どこで学んだ?」
「……必要だったので」
第3話と同じ答えを返す。余計な説明は、だいたい自分の首を絞める。
バルドは腕を組み、少し考え込むように黙った。
「騎士団でも、応急処置の訓練はある。だが、形骸化している。誰も本気でやらん」
分かっている、という口ぶりだ。
「お前のやり方は、実用的だった。現場向きだ」
評価された。だが、声色に熱はない。
「だからと言って、騎士団に広めることはできない」
……来た。
「理由を、聞いても?」
「三つある」
指を一本ずつ立てる。
「第一に、規定がない。規定がないことは、やってはいけないことと同義だ」
予想どおり。
「第二に、教える人間がいない。全員が忙しい。新人教育は後回しになる」
それも分かる。
「第三に、事故が起きた場合の責任が不明確だ」
最後が、一番重い。
俺は、少しだけ考えた。
《最適化》は、すぐに解を出すが、それをそのまま口にすると、だいたい話がこじれる。
「……つまり」
言葉を選ぶ。
「やりたい人はいるが、仕組みがない。仕組みを作る余裕も、責任を取る覚悟も、今はない」
バルドは、何も言わなかった。
だが、否定もしない。
「分かりました」
俺は、頷いた。
「なら、今すぐ広めなくていいです」
バルドが、わずかに目を細めた。
「……ほう」
「一つだけ、試してください」
俺は、指を一本立てる。
「“正式訓練”じゃなく、“自主練”にしてください」
「自主練?」
「はい。命令しない。評価もしない。ただ、“やりたい者だけ”やる」
沈黙。
「責任は?」
「本人です。だから、危険なことはやらない。止血と固定だけ。魔法の代わりにはしない」
バルドは、深く息を吐いた。
「それなら……規定の外だ」
「ええ。だから、問題になりにくい」
しばらく、風の音だけが流れた。
「……お前は」
バルドが、ぽつりと言った。
「制度の隙間を突くのが、妙に上手いな」
「慣れてるだけです」
ブラック企業は、だいたい制度の隙間で回っている。
「だが」
バルドが、視線を俺に戻す。
「それでも、すぐには結果は出ない」
「分かってます」
俺は、はっきり答えた。
「結果は、遅れて出ます」
バルドは、少しだけ笑った。
「……面白い」
その笑顔が、嫌だった。
「一つ、条件がある」
「なんでしょう」
「騎士団としては、“公式に関与しない”。だが——」
間を置く。
「成果が出たら、無かったことにはしない」
それは、約束でもあり、脅しでもあった。
「十分です」
俺は、そう答えた。
話は、それで終わった。
ギルドに戻ると、リリアが待っていた。
「……騎士団、でしたよね」
「はい。少しだけ」
少し、という言葉に、彼女は苦笑した。
「何か、決まりましたか?」
「何も、決まりませんでした」
それは嘘じゃない。
「ただ」
俺は、少しだけ言葉を足す。
「やりたい人が、勝手にやる分には、止めないそうです」
リリアは、一瞬きょとんとしたが、すぐに理解したらしい。
「……小さく、始めるんですね」
「はい。小さく、静かに」
彼女は、考え込むように顎に手を当てた。
「それなら……ギルドでも、同じ形が取れそうです」
《最適化》が、静かに肯定する。
——波及、緩やか。
——反発、低。
——効果、遅効性。
悪くない。
「ただし」
俺は、念を押す。
「全部は変わりません。たぶん、ほとんど変わらない」
「……それでも」
リリアは、静かに言った。
「何も変わらないより、いいです」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
完璧じゃなくていい。
一気に変えなくていい。
ただ、壊れにくくなればいい。
ギルドの掲示板の前を通り過ぎると、見慣れない張り紙が増えているのに気づいた。
小さな文字で、こう書かれている。
《応急処置・自主勉強会 参加自由》
……早いな。
リリアが、少し気まずそうに視線を逸らす。
「勝手に、貼りました」
「公式じゃないんですよね」
「はい。なので、目立たない場所に」
俺は、思わず笑ってしまった。
「それで、十分です」
完璧な制度は、作れない。
だが、壊れにくい現場は、作れる。
たぶん。
《最適化》が、最後にこうまとめた。
——成功ではない。
——失敗でもない。
——“進行中”。
俺は、その評価を、悪くないと思った。
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