第3話 初仕事は「楽な方」で
仮の冒険者証を受け取ってから、俺はギルドの中を少しだけ観察していた。
理由は単純だ。いきなり仕事を受ける前に、この世界の「平均値」を知っておきたかった。
冒険者たちは大きく三種類に分かれている。
声がでかくて酒臭いベテラン。
やる気だけはある若手。
壁際で黙って座っている、たぶん失敗続きの中堅。
共通点がある。
全員、疲れている。
身体的な疲労だけじゃない。判断の遅さ、無駄な動き、同じ失敗の繰り返し。ブラック企業の会議室で見た光景と、驚くほど似ていた。
(……組織が人を削る構造まで一緒なのか)
俺は掲示板に貼られた依頼書に目を向けた。
《薬草採取》
《スライム討伐》
《倉庫整理》
《迷子の猫探し》
最後の一つで、目が止まる。
猫探し。
報酬は少ない。だが、危険度も低い。しかも、失敗しても死なない。
《最適化》が即座に結論を出す。
——初仕事として、最適。
——失敗時の損失、最小。
——成功率、高。
俺は、依頼書を剥がしてカウンターへ向かった。
「こちらの依頼を」
リリアが顔を上げ、依頼書を見て、一瞬だけきょとんとした。
「……猫、ですか?」
「はい」
間が空く。
「……あの、失礼ですが。アルトさんなら、もっと……」
言い淀む。たぶん「すごそうな仕事」という意味だろう。
「楽な方が好きなので」
それは本音だった。
リリアは一瞬黙り、それから小さく笑った。
「分かりました。場所は——」
説明を聞きながら、俺は地図を頭に入れる。市場区画。倉庫街。人通りが多く、路地が多い。猫が隠れるには最適だ。
ギルドを出た瞬間、《最適化》がフル稼働する。
——対象:小型動物。
——行動傾向:安全・静音・高所。
——優先探索地点:日陰、箱、屋根。
俺は走らなかった。急ぐ理由がない。ゆっくり歩きながら、視線だけを動かす。
市場の裏手、空き箱の山。布の隙間。魚屋の屋根。
——いた。
黒と白のまだら模様。小さく丸まって、こちらを警戒している。
問題は、どう捕まえるかだ。
《最適化》は、派手な方法を提示しない。
——餌を投げる:不要。
——追いかける:失敗率高。
——最善手:無視。
俺は、猫を見ないふりをして、その場に腰を下ろした。石畳は冷たい。だが、我慢できる。
数分後。
足元で、何かが動いた。
見下ろすと、猫がいる。俺の靴の先を嗅いでいる。
捕まえた。
あまりにも呆気ない。
ギルドに戻ると、依頼主の女性が涙を浮かべて喜んだ。
「ありがとう、本当に……!」
報酬を受け取り、依頼完了。
周囲の冒険者たちが、妙な顔でこちらを見ている。
「早くないか?」
「もう終わったのか?」
……そんなに珍しいのか。
だが、《最適化》は淡々と警告を出す。
——小成功、注目度上昇。
嫌な予感がした。
案の定だった。
「次の依頼、受けてくれ!」
「こっちも頼む!」
気づけば、俺の周りに人だかりができている。
いや、待って。俺、今来たばかりの新人だぞ。
リリアが慌てて間に入る。
「順番にお願いします! 依頼は——」
その声が、途中で止まった。
冒険者の一人が、血を流して倒れ込んできたからだ。
「おい! 大丈夫か!」
「スライムにやられた!」
周囲が騒然とする。
見ると、脚から血が出ている。だが致命傷じゃない。問題は、止血されていないことだ。
《最適化》が即断する。
——応急処置、可能。
——時間制限、短。
俺は考えるより先に動いていた。
「布、ありますか」
「え?」
「清潔な布!」
誰かが慌てて差し出す。俺はそれを裂き、傷口を押さえた。
「痛い!」
「今だけ我慢してください。血止めます」
圧迫。固定。簡易的だが十分だ。
数十秒後、出血は止まった。
冒険者が、呆然と俺を見る。
「……治癒魔法、使ったのか?」
「使ってません」
「じゃあ、どうやって——」
「普通に」
その一言で、空気が凍った。
リリアが、俺と傷口を交互に見ている。さっきより、明らかに目が見開かれている。
「……応急処置、ですか?」
「はい。時間稼ぎです。あとはちゃんと治療を」
沈黙。
そして、ざわめき。
「魔法じゃない……?」
「それで止まるのか……?」
やめろ。そんな目で見るな。
俺は立ち上がり、手を拭いた。
「じゃあ、俺はこれで」
逃げようとした瞬間、背後から声が飛ぶ。
「待て」
低く、よく通る声。
振り返ると、体格のいい男が立っていた。鎧を着ている。明らかに、ただの冒険者じゃない。
「騎士団だ」
周囲がざわつく。
騎士団。つまり、公的組織。つまり、面倒の塊。
男は俺を見下ろし、腕を組んだ。
「今の、誰に習った」
「誰にも」
「独学か?」
「……必要だったので」
男は、しばらく俺を観察するように黙っていたが、やがて口を開いた。
「名は」
一瞬、迷った。
だが、《最適化》は答えを出す。
——ここで名乗る:不可避。
「アルトです」
男は、ふっと笑った。
「そうか。覚えておこう」
それだけ言って、踵を返す。
去り際、周囲の冒険者たちが一斉に俺を見る。
視線が痛い。
俺は、心の中で叫んだ。
(だから、楽な方を選んだのに……!)
《最適化》が、容赦なく追い打ちをかける。
——初日評価:想定以上。
——静かに生きる計画:破綻。
俺は、深く、深くため息をついた。
どうやらこの異世界では。
「楽をする」という行為そのものが、一番目立つらしい。
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