第21話 失敗していい線引き
失敗の許容範囲。
それは、答えよりも扱いが難しい。
答えは外れていれば分かる。だが許容範囲は、「どこまでなら外れていいか」という、極めて曖昧な線だ。その線を引いた瞬間、誰かは安心し、誰かは不安になる。
◇
翌朝、王都ギルドの掲示板に、新しい紙が一枚だけ追加された。
見出しはない。
署名もない。
ただ、短い文が並んでいる。
《即時撤退しても問題にならない状況》
《判断を誤っても再挑戦できる依頼》
《損失が出ても責任を問われない範囲》
その下に、こう続く。
《命・重大障害・恒久的被害が発生しない限り、判断は失敗ではない》
強い言葉だ。
だが、断定ではない。
“失敗ではない”と書いてあるだけで、
“成功”だとは言っていない。
《最適化》が、慎重に評価を出す。
——安心感:上昇。
——誤用リスク:中。
——依存再燃:低。
ぎりぎりだ。
◇
掲示板の前で、冒険者たちが足を止める。
「……ここまでなら、怒られねぇってことか」
「いや、“怒られない”とは書いてねぇぞ」
「でも、切られないって意味だろ」
解釈は、ばらつく。
だが、それでいい。
同じ理解をさせる必要はない。
**動ける余地**を残すことが目的だ。
◇
地方ギルド。
セラ・ミールは、その写しを手にしていた。
震える指で、文字をなぞる。
《命・重大障害・恒久的被害が発生しない限り》
……ここまでなら。
彼女は、深く息を吸った。
依頼書を一枚、取り上げる。
《街道沿いの魔物排除》
《危険度:低》
《補足:地形不安定》
前回と、ほぼ同じ。
だが、今回は違う。
「……条件付きで、出します」
声は、小さいが、はっきりしていた。
「撤退判断は現場に一任。日没前に帰還できない場合は中止」
それは、答えではない。
線引きだ。
◇
数日後。
その依頼は、問題なく終わった。
魔物は想定より多かったが、現場は早めに撤退を選んだ。完全排除はできなかったが、被害も出ていない。
報告書には、こう記されていた。
《成果:限定》
《被害:なし》
《判断:妥当》
誰の名前も、強調されていない。
◇
王都ギルド。
エドガーは、その報告を見て、静かに頷いた。
「……線が、効いている」
彼は、隣に立つハーゼンに言う。
「答えを出さずに、動かした」
ハーゼンは、腕を組んだまま答えた。
「……管理者としては、胃が痛いがな」
「それが、正常だ」
エドガーは、淡々と返した。
「胃が痛まない仕組みは、だいたい壊れている」
◇
その夜。
宿の部屋で、俺はリリアから報告を受けていた。
「地方、動きました」
「被害は?」
「なし。成果は……半分くらい」
「十分です」
リリアは、少しだけ笑った。
「……皆、ほっとしてます」
それなら、成功だ。
《最適化》が、最終評価を出す。
——恐怖低減:達成。
——自律判断:発生。
——次段階課題:責任再配分。
まだ、終わりじゃない。
線引きは、あくまで補助輪だ。
いつかは、外さなければならない。
だが今は。
転ばずに進めることの方が、大切だ。
俺は、椅子に深く腰掛け、息を吐いた。
失敗していい線を引く。
それは、世界を甘やかすことじゃない。
世界に、歩く許可を出すということだ。
そしてその許可は、
ようやく現場に届き始めていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




