第20話 答えを出さない責任
小さな問題ほど、後から効いてくる。
地方ギルドの件は、事故でも失態でもなかった。だから大きな会議も開かれず、公式な通達も出ない。ただ、いくつかの書類に静かに記録され、関係者の記憶にだけ残った。
そして、記憶に残るということは――次に判断する時、必ず影響するということだ。
◇
王都ギルドでは、その話題が表に出ることはなかった。
だが、昼下がりの書類室で、エドガーは同じ報告書を三度読み返していた。
《判断保留により、経済的損失(小)》
たった一行。
責任者の名前も、判断理由の詳細も書かれていない。
「……正しい」
そう呟いてから、彼は眉間を押さえた。
正しい。確かに正しい。
だが、もし自分がその場にいたら、同じ判断をしただろうか。
――否。
彼は、違う判断をしたはずだ。
理由は単純だ。
損が出ると分かっていても、動かすべき場面があると知っているからだ。
そして、それは――
「経験だな……」
経験の差は、整理表には書けない。
◇
一方、地方ギルド。
セラ・ミールは、机に向かったまま動けずにいた。
昨日の判断は、誰からも責められていない。むしろ「慎重で良い」と言われた。
だが、その言葉が、逆に彼女を縛っていた。
――また、同じ状況が来たら?
整理表を思い出す。
条件は、当てはまる。
判断材料は、揃っている。
それでも、答えはない。
「……次も、保留?」
口に出した瞬間、自分で首を振った。
それでは、何も変わらない。
セラは、報告書の余白に、小さく書き込んだ。
《損失(小)だが、事前対応があれば防げた可能性あり》
規定外の一文。
だが、事実でもある。
ペンを置いた手が、わずかに震えた。
これは、判断だ。
◇
同じ頃。
宿の部屋で、俺は窓から街を見下ろしていた。
《最適化》が、静かに状況を整理している。
——判断停滞、解消兆候。
——現場側、経験を自覚。
——次の誤解、発生予測。
……次が来るな。
俺は、椅子に腰を下ろし、少しだけ考えた。
答えを出さない、という選択は、楽だ。
だが、それは同時に、
**答えを出す責任から逃げている**とも言える。
今までは、それでよかった。
だが。
「……そろそろ、考え方だけじゃ足りないか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
《最適化》は、即座に警告を出さなかった。
珍しい。
つまり――
複数の“最適”が、同時に存在している。
◇
夕方、リリアが宿を訪ねてきた。
「……地方の職員さんから、問い合わせが来ました」
「直接、ですか」
「いえ。匿名で」
嫌な予感がする。
「“判断材料をどう重みづけるべきか”って」
来た。
答えを求め始めた。
リリアは、不安そうに続ける。
「答えない方がいいのは……分かっています。でも」
「でも?」
「現場が、怖がっています」
その言葉が、胸に刺さった。
失敗が怖いのではない。
**判断すること自体が怖くなっている**。
それは、俺が一番避けたかった状態だ。
《最適化》が、ゆっくりと結論を組み立てる。
——完全沈黙:恐怖増幅。
——直接指示:依存再発。
——中間解:必要。
「……一つだけ、やります」
俺は、そう答えた。
「答えは、出さない。でも」
リリアを見る。
「“失敗の許容範囲”だけ、示します」
「許容……範囲?」
「はい」
判断を誤ったら終わり、ではなく。
どこまでなら、やり直せるか。
そこを示さなければ、人は動けない。
《最適化》が、肯定を出す。
——恐怖低減。
——依存抑制。
——次段階移行。
また、一歩踏み込む。
それが正しいかどうかは、分からない。
だが。
答えを出さない責任を、自覚した以上。
何もしない、という選択肢は、もう取れなかった。
俺は、静かに息を吐いた。
この世界は、思っていたよりずっと、
「判断」を必要としている。
その重さから目を逸らさないことが、
今の俺にできる、唯一の役割だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




