第18話 それでも、名前は残る
距離を取ったつもりでも、完全に消えることはできない。
それが、人の社会だ。
ギルドから離れて三日目。俺は、街の外れにある小さな市場にいた。特別な用事があったわけじゃない。人の流れを、外から見る気分になっただけだ。
野菜の値段を交渉する声。
子どもを叱る声。
荷車の軋む音。
世界は、普通に回っている。
だが。
「……アルト式、ってよ」
聞き覚えのある単語が、耳に引っかかった。
立ち止まらず、通り過ぎるふりをする。
「判断材料を並べるだけってやつ」
「答えを言わないのが、逆に楽だって」
……やっぱりか。
《最適化》が、冷静に状況を示す。
——名称化、発生。
——本人不在。
——制御困難。
名前が付いた時点で、それはもう個人の手を離れる。
◇
その日の午後、エドガーから連絡が来た。
直接ではない。宿の主人を通して、「時間があれば顔を出してほしい」という伝言だ。
公式じゃない。だが、無視もできない。
久しぶりにギルドの前に立つと、空気が変わっているのが分かった。
慌ただしさはあるが、昨日までの混乱は薄い。代わりに、ぎこちなさがある。誰もが、慎重だ。
書類室で待っていたのは、エドガーとハーゼンだった。
「……戻ったな」
「一時的にです」
即答する。
「状況共有だ」
ハーゼンが、短く言った。
「君がいない間、いくつかの依頼が保留になった」
「予想どおりです」
「だが」
彼は、少し間を置く。
「事故は、出ていない」
胸の奥が、わずかに緩む。
エドガーが続ける。
「現場が、互いに相談し始めた」
それも、想定内だ。
「……問題は」
彼は、机に一枚の紙を置いた。
見覚えのある文言。
《判断材料を整理する》
《答えは、現場で出す》
その下に、手書きでこう添えられている。
《アルト式》
やめてくれ。
心の中で、そう呟いた。
「誰が書いた?」
「分からない」
エドガーの答えは、正直だった。
「だが、広がり始めている」
《最適化》が、警告を強める。
——神格化リスク:再浮上。
——誤用可能性:中。
「……止められますか」
俺が聞くと、エドガーは首を横に振った。
「無理だ」
即答だった。
「名前が付いた以上、消すほど目立つ」
それも、現実だ。
ハーゼンが、腕を組む。
「君が表に出れば、制御できる」
「できません」
俺は、はっきり言った。
「出た瞬間、“正解を出す人”に戻ります」
沈黙。
エドガーが、低い声で言った。
「……では、どうする」
《最適化》が、ゆっくりと解を組む。
——名称否定:逆効果。
——本人沈黙:不十分。
——別の視点、必要。
「……分散させます」
二人が、こちらを見る。
「俺の名前を、薄める」
「具体的には?」
「“アルト式”じゃないやり方を、並べる」
エドガーが、少しだけ眉を上げた。
「他にも、考え方があると示す」
それなら、名前は一つに集まらない。
「……誰が」
「現場です」
俺は、続ける。
「判断の例を、複数出す。“誰々流”じゃなく、“状況別”で」
《最適化》が、肯定を出す。
——権威分散。
——依存低下。
——摩擦、最小。
ハーゼンが、ゆっくりと頷いた。
「……手間はかかるが」
「事故は、減ります」
しばらくして、エドガーが息を吐いた。
「君は、本当に……」
言葉を探し、諦めたように言う。
「面倒な生き方をする」
「慣れてます」
それは、本音だ。
◇
ギルドを出ると、夕方だった。
完全に距離を取ることは、できない。
だが、近づきすぎる必要もない。
《最適化》が、今日の決断を記録する。
——介入:限定的。
——権威集中:回避行動。
——次段階:価値観拡散。
それでも、名前は残る。
消せないなら、薄めるしかない。
それが、現実的な最善だ。
俺は、夕暮れの街を歩きながら思った。
個人の名前が残る世界は、脆い。
だからこそ、名前に頼らない仕組みが必要だ。
それが完成するまで。
俺は、半歩だけ、関わり続ける。
それ以上でも、それ以下でもなく。
そう決めて、歩き続けた。
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