第17話 空いた席は、すぐには埋まらない
人が一人いなくなったくらいで、世界は止まらない。
だが、止まらないからこそ、空いた席は目立つ。
翌日、俺はギルドに行かなかった。
正確に言えば、行けなかった。足が向かなかったわけでも、怖気づいたわけでもない。ただ、《最適化》がはっきりと「今日は距離を取るべきだ」と告げていた。
宿の部屋で、窓を開ける。
朝の空気は冷たく、澄んでいる。街の音が、いつもより遠い。
……静かだ。
この静けさが、必要だった。
◇
その頃、ギルドでは小さな混乱が起きていた。
——という話を、俺は後で聞くことになる。
誰かが相談に来て、いない。
判断を仰ごうとして、いない。
「いつもの人」が、いない。
最初は、ただの不在だと思われた。
半日。
一日。
そこでようやく、皆が気づく。
——頼れる人が、いない。
◇
昼過ぎ、宿の食堂で簡単な食事を取っていると、見覚えのある顔があった。
昨日まで、ギルドにいた冒険者だ。
彼は俺を見ると、一瞬迷い、それから近づいてきた。
「……来てないんだな」
「はい」
それ以上、説明しない。
「皆、困ってる」
「でしょうね」
冷たいようだが、事実だ。
「整理表を、ずっと見てる」
それは、想定内。
「でも……」
彼は、言葉を探す。
「答えが、書いてない」
俺は、黙って頷いた。
「自分で決めろって、ことか」
「はい」
短く答える。
彼は、しばらく考えてから、苦笑した。
「……きついな」
「慣れます」
きついままでは、終わらない。
◇
夕方。
宿に戻ると、リリアが来ていた。
業務を終えた後らしく、疲れが隠せていない。
「……来ないって、本気だったんですね」
「はい」
「混乱してます」
「想定内です」
リリアは、少しだけ睨むように俺を見た。
「意地悪です」
「そうかもしれません」
否定しなかった。
「でも……」
彼女は、少し声を落とす。
「考え始めてます」
それなら、意味はある。
「エドガーさんが」
「はい」
「現場に、質問を投げてました」
俺は、目を細めた。
「どんな?」
「“君なら、どう判断する?”って」
それを聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなる。
あの人が、ついに動いた。
「……いい傾向です」
リリアは、深く息を吐いた。
「アルトさんがいないと……」
「考える人が、前に出ます」
それが、狙いだ。
◇
夜。
部屋で、静かに座る。
《最適化》が、今日の結果を整理する。
——依存度:低下開始。
——混乱:短期。
——自律兆候:発生。
まだ、不十分だ。
だが、埋めようとして無理に誰かを立てるより、空席のまま考えさせた方がいい。
空いた席は、すぐには埋まらない。
埋まらないからこそ、周囲が成長する。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
ここまで来たなら、もう一歩、距離を取る。
それが、最善だと信じて。
窓の外では、街の灯りが一つ、また一つと灯っていた。
ギルドの灯りも、その中に混じっている。
そこに自分がいなくても、灯りは消えない。
それを確認できただけで、今日は十分だった。
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